第33話 幕開けへの序曲

 フローゼル王国は騒然としていた。


 目前で王女でもあるイヴを攫われ、王宮内の明かりが消えたことでイヴの生誕を祝う祝砲の花火が打ち上がる。視界を奪われ花火の音にかき消され完全に不意を付かれた状態での誘拐となりグレトン、フローゼル両陣営は反応が出遅れ後手に回りそのまま誘拐犯は馬車で走り去ってしまう。


 グレトンの将兵高官は騒然としオーブ公爵も目の前で誘拐されたことの動揺を隠せない。しかしマンティス大公はこの動きに動揺しておらずむしろ落ち着いて事態を静観しているようにも見える。

 来賓の貴族、商人、投資家達は幸いにも花火のための演出に意識を取られこちらの騒動には気づいていない。


(なるほど…アリアス、それがお前達の答えか――)


 マンティス大公はアリアス国王へと歩み寄り周囲には悟られないよう事態の収束に動く。


「ご心配なくアリアス国王、イヴ王女の祝賀会を狙っての賊の襲撃。想定はされていた事態でしょう。実は我が軍の精鋭騎馬隊をフローゼル国内へ入り込ませておきました。そのようなことをして申し訳ございません」


「ですが入り込ませておいたことが功を奏したようで」


「なんと…軍を我が国内に!?」


ですよ。アリアス殿


 通常ではまずありえない。城塞の関所を越えなければ入り込むことさえ不可能であろうというのにグレトンの騎馬隊がすでに入り込んでいたとするとやはりフローゼル内部にグレトンに通じている人間が存在すると考えられる。


 その様子をシャーナル皇女は静観して事態の進展を待つように優雅にワインを嗜みながら打ち上げられる花火を堪能していた。



 誘拐犯もといラインズとイヴを乗せた馬車は走り出し、その脚でグレトンとの国境付近のフローゼルの城塞へと向かう。


「よう、無事ですかい?王族の旦那にお姫様」


 軽口で声を掛けて来るのはラフィークに馬車を引いているのはケンタウロスのハーフェル。彼らの脚なら迅速に逃走を図ることが可能だと考えロゼットから頼み込まれたことで協力し、今回の『誘拐』に一役買ってもらった。


「けれどこれでグレトンを欺くことができたのでしょうか?」


「いや、無理だな」


 イヴの問いかけに即答するラインズ。その直後左右から急接近してくる影が――


「グレトンの連中待ち伏せしてやがったな。やっぱりこんな子供騙しじゃ誤魔化されないよな」


 追尾してくるのはグレトン公国所属の精鋭騎馬隊。一人の将兵に率いられた少数精鋭部隊で闇討ち、奇襲に長けた存在で相当に厄介だと声を漏らすラインズ。


「おいケンタウロス!!振り切れないか!?」


「これでも全力で走り抜けているつもりだ!」


 ハーフェルは珍しく声を張り上げて答える。ラフィークにとっては二度目の逃走劇だが今回は相手が相手で野盗とは違い訓練された騎馬隊。ロゼット達の時とはまるで状況が違いすぎる上に不慣れな地理、このまま城塞まで定刻までに送り届けなければならないのに彼らに討たれてしまえばそれどころではなくなる。


「お二人さん!!コイツで何とか迎撃してくれ!!」そう叫びながらラフィークは弓を投げ渡す。ラインズとイヴは受け取り迎撃行動に移るが相手の馬術も巧みな上、暗闇の中で視界が限られる中での射撃戦を行なう。


 相手は陣形を組み左右から荷台に向けて槍を刺しに掛かってくる。ラインズとイヴは手持ちの剣に二台に積んでいた剣で応戦。ラフィークも弓で迎撃するがやはり二人と違い素人同然の腕では手応えもない。


 騎馬隊は左右から接近と同時に槍を刺し、すぐに離脱。そして別の騎馬が再び同じ行動を繰り返し行なうことで荷台の屋根の支えが無くなり屋根が崩れ落ち荷台は完全な無防備になる。


 次の槍の襲撃に備え構えるラインズとイヴの二人だが左右から更に急接近してくる二つの影が騎馬隊を強襲する。


 一つは地竜に跨ったアーガストにもう一つは剣歯虎(サーベルタイガー)に跨ったマディソンの二人による援護であった。


「遅れてすまない!これより貴殿らの援護を致す!」


「久しぶりに手応えありそうな戦争が楽しめそうだぜ!」


 左右それぞれから各個掃討に掛かる二人。ラフィークはロゼット達から得た金で彼らを一時的に傭兵として雇い入れ今回の誘拐の際の護衛として頼み込んでいた。


「ドラゴニアンにオークの護衛とはこれ以上に無いくらい心強いな」


「これなら…!いける!」


 ラインズとイヴに見えていた陰りが徐々に晴れていくのがわかるかの如く、護衛二名は鬼神の如く次々と騎馬隊を撃破していく。


 アーガストは地竜を巧みに駆り騎馬隊の槍を容易く往なす。

「腕は良い。だが力及ばず」と発して唸りを上げた得物の一撃で騎馬隊の一人を鎧ごと突き刺し討ち取る。そして次々と騎馬隊を掃滅していく。


 マディソンも両腕の篭手と一体となった盾を用いて、左右から来る相手の槍の刺突攻撃を弾き衝撃を吸収。その後盾から衝撃波を発生させて両脇の騎馬隊を吹き飛ばす。


 たった二人で瞬く間に少数と言えど精鋭騎馬隊十数名を掃滅し、残りは大将のみとなり果敢に挑んでくる大将をマディソンが単騎で応戦。アーガストは控えあくまで一対一でやり合わせるようである。


「おいおい、二人で一気にやっちまってくれよ」とラフィークはぼやくがラインズとイヴは息を呑んで彼らを見守る。


「一人になっても挑んでくるあんたの勇気は認めてやる!!だが――」


 そう言い放つマディソンは将兵の攻撃を受け止めず躱し、両腕の盾を篭手から一つ外すと盾から柄のような棒が中央から展開され、巨大な戦斧せんぷのような形状に変形。そこから繰り出される強烈な一撃を一振り――。


「相手が悪かったな!」


 敵の将兵は鎧ごと斬られ討ち取られた。片腕で自身のよりも一回りもあろう斧を振り回す様はオークの怪力があってこそであると改めて思い知らされる。


「援護ありがとうございます!あなた方がいなければどうなっていたことか…」


「まだ油断はならぬ。この先にも敵が待ち構えているやもしれん」


 イヴの感謝を受け、二人は護衛を継続し彼らは急ぎ城塞へと向かった。



 ◇



 フローゼル王宮内では祝賀会は終了し、体裁上イヴは体調不良とのことで王室へと戻ったという形となった。しかしグレトンとフローゼルとでは緊張が走っているかと思われるがそのような様子でもない。


 グレトンとしては精鋭を送り込んだ以上彼らがやられたとなっては軍規模での討伐に乗り出す構えを見せるかと思われるが、自軍の精鋭によほど自信があるのかそれとも想定内のことなのか――。


「主役が不在となれば我が軍の吉報を待つだけですね。まずは落ち着いて待ちましょうか」


 自信の表れなのかやけに落ち着き対応するマンティス大公。その冷静さが不気味に思えるフローゼル陣営だがアリアス国王も落ち着いて対応する。


「賊が相手だからこそ尚更慎重にと――。自身の命がないと分かれば娘の命など彼らはなんの躊躇ためらいもなく奪うでしょうし彼らの要求目的が分からぬ以上は下手な行動はできないでしょうな」


 軍に指示だけは促し公にはしない方向でフローゼル、グレトンでの連携という形に『表向き』は決定された。マンティス大公ら一行はフローゼル王宮内ではなく宿泊先の宿舎での寝泊りとなるが、進軍どころか軍の動きそのものがないことに疑問を抱く。


「我が国内に部隊が入り込んでいたことには驚いたが、本当に彼らは進軍を考えているのだろうか」を義疑問を抱くアリアス国王にシャーナル皇女が呆れた様子で答える。


「舐められているということにお気づきになられないのですか?」


 その言葉を聞いて周囲の者がシャーナル皇女に対して「無礼者!」という言葉を投げかけるがアリアス国王が一喝する。思わず身体を強張らせ飛び上がるロゼットに周囲の者も同じ反応をする。


「どういうことでしょうか?」


「彼らはこちらの思惑におそらく気づいておりますよ。その上でこちらの誘いに乗ったということでしょう」とセルバンデスも読んでいる――



 ――宿舎に向かう馬車の中でマンティス大公とオーブ公爵が話し合っている。イヴが誘拐されたことでオーブ公爵はなぜ軍を動かさないと詰め寄るがそれを往なす。


「連中の術中にまともに嵌まるのではない。あの誘拐は狂言、いや虚偽だ。我々を欺くためにおそらくフローゼル側が急場しのぎで用意したであろう子供騙し」


「…我々の進軍を阻止するためですか。わかっていたのならば何故、進軍をチラつかせなかったのです?」


「連中、なんとかして時間を稼ぎたいようでこのような凶行に走ったのだろう。愚かなことをしたな」


 進軍を背景に脅せば、ドラストニアも介入してくるのは必至。連中を出し抜くには自ら術中に嵌まったと思わせ城塞には奇襲をかける形が最善と考える。まさか大公自らが国内にいる状況で進軍などしないと踏んでいるだろう。だからこそ横槍で一挙に押し寄せる。

 そのための伝令は既に送ってあり、明朝に発ちフローゼル内部に入り込ませた別働隊と合流した後城塞に奇襲を仕掛けた本体と合流。


 さきの精鋭騎兵隊の件で仮に失敗したとしても、まだ内部に戦力が入り込んでいるか否か疑心暗鬼に陥らせることにも繋がるため効果は期待できる。


「今からドラストニアに援軍を送っても到底間に合うものではない。こちらもその後ドラストニアとやり合うとなると下手に兵を消耗するよりも奇襲をかけて迅速に制圧となれば城塞の資源も確保できる」


「あれだけの短期間で我が戦力に対抗できうるとは到底…。ならば我々が取るべき行動は――」


「フローゼルの制圧…ですか」


 マンティス大公の問いかけに答えるオーブ公爵だがその表情はどこか曇りがあるようにも見える。オーブ公爵にとっては国の重大な局面と同時に愛する人の国を実質、滅ぼすことになる。


「あんな小娘一人に何を想う―?女など、これから好きなだけ抱く機会はこよう」


 しかしイヴ王女は一人しかいない――。


 それでも父であるマンティス大公の意向に背くことも出来ない故の歯痒さ。己の力不足をかみ締めながらもオーブ公爵も覚悟を決め大公の意志を尊重し、フローゼルとの対決を決意する。



 そして時は流れ――

 フローゼルとグレトン、雌雄を決する戦いが幕を開けることとなった。







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