第12話 約束

 馬に跨ったアズランド家の兵達が略奪を働いており応戦する王都軍で混迷を極める。紫苑さんも王都軍の加勢に行こうとしたところを呼び止められた。


「将軍! 天龍将軍」


「モリアヌス! 当主は攻撃命令を下されたのか!?」


「再三に渡って説得を試みましたがバロール将軍とその一派の強行で……! 任を解かれた我々は天龍将軍だけでもお救いしようと動きました」


 中年の将兵と思わしき男性。彼はモリアヌスと呼ばれていた。紫苑さんと同じくアズランド家に仕える軍人。攻撃を行ったことを知り急いで避難経路から侵入し、救援に向かってきてくれたようだった。彼の話す限りではアズランド家ではバロール将軍と呼ばれるアズランド家の次兄の派閥、紫苑さんの派閥に分かれているようだ。ただバロール将軍の派閥でもドラストニアへの攻撃には消極的な考えの人がほとんどだと話す。今回の攻撃も一部の過激な将兵達に焚きつけられたことが引き金となっている。


「そんな……!! 攻撃したくないのにしなきゃいけないなんて」


 軍人である以上命に背くことは許されない。たとえそれが本人の意思とは反するものであったとしても従わねばならない。紫苑さんの境遇と重ねると、彼の頑なな態度も今になって納得できる。


「この少女は?」


 私を指して訊ねるモリアヌスさん。紫苑さんは「命の恩人」だと返す。私へ笑顔を向けてそう答える紫苑さんだけど内心複雑な気持ちだった。何度も助けてもらったのは私の方なのに紫苑さんは私にお礼ばかりをしてくれる。私がしたことと言えば食事を運んだだけ、そしてさっきの平手打ち。少し後ろめたさを感じ、先ほどの失礼な態度のことで紫苑さんに謝ろうとする。そのとき王都で騒動が大きくなる。

 ドラストニアの王都軍、それも精鋭部隊が装備を固め次々と侵入するアズランド軍と応戦。紫苑さんに撤退を促すモリアヌスさん。


「ここは危険です! ドラストニアとの接触は無理でしょう。一時撤退し、その後にドラストニアとの接触を試みましょう」


 紫苑さんはモリアヌスさん率いるアズランド軍にそのまま合流し、撤退するように促される。彼は少し思いつめた表情で戦禍が広がるのを見つめていた。


「アズランドは全軍投入か……」


「既に敵味方混戦の泥沼。ドラストニアに発見されれば我々の命はないでしょう」


「もとより死は恐れていない。しかし……この場を捨て置くわけにもいかない」


 悲痛な彼の表情を見てしまい胸が締め付けられる。そのまま放っておいてしまうと彼がどこか遠くへ行ってしまうような気がしてならない。このまま一人にしてしまったら、きっと自分のことなど構わず無茶をしてしまう。だから心配でたまらなかった。


「将軍、彼女を連れていくことは出来ません」


 兵士の一人が声を掛けてくれる。紫苑さんの部隊の兵士はみんな私のことを心配そうに気遣ってくれていた。


「ドラストニアの司令部まで彼女を送り届ける。モリアヌス、精鋭を数名貸してほしい」


「将軍! いくらなんでも無茶です!! この戦禍の中では双方から狙われます」


「私は途中までだ。すぐに合流する。貴殿はアズランドの後方へと向かってほしい。頼む」


 彼の頼みを受けたモリアヌス。複雑な表情をした後、すぐに全軍を率いて王都を後にする。そして紫苑さんは私と数名の精鋭を連れて再び戦禍の王都を駆ける。


「こんなことに巻き込んでしまい申し訳ございません。あの場に置いていくことも出来ず……私と共にいれば貴女にも危険が及びかねません」


「わ、私は平気です! それより……さっきはその失礼なことしてごめんなさい」


 平手打ちのことを謝ると彼ら大きく笑う。


「女性に殴られたのは初めてです」


「うぅ……ご、ごめんなさい。だってああでもしないと紫苑さんだってずっとその場に留まっていそうでしたし」


「そうですね。あれほどを頂いたので動かないわけにもいきません。死線を掻い潜る際の敵の槍撃や銃弾よりも重たかったです」


「もう言わないでくださいー!!」


 少し意地悪をして笑う紫苑さん。彼自身はもう気にしていないと言ってくれていた。緊張している私の気持ちを和らぐための彼なりの気遣いだったのかもしれない。

 そして自分のすべきことのために覚悟を決めることが出来たとも言い放つ。


 城下町では逃げ惑う王都民、双方の軍が火花を散らしながら激突している。その様相は本当に戦場そのものであった。鉄の音と焼けこげる匂い、そこに混じる鉄の匂いが鼻の中に残る感じ。おぞましくも恐ろしい光景を目の当たりにしながら私たちは駆け抜ける。


「これが……戦争」


 息を呑んでその単語を口にする。これまで実際に目の前で見たこともなかった。テレビや映像越しでしか見たことのない光景。夜風の寒さよりも戦火の熱さの方が勝っているのに、なぜか体は芯から震えていた。震える私の手に紫苑さんの手が重なる。安心させようとしてくれている彼は悲痛な表情でその光景を見ていた。

 逃げ遅れた王都民を追い回すアズランド軍の斥候。紫苑さんは槍を構え一突きに斥候を貫き仕留める。私は恐怖のあまり思わず目を瞑ってしまう。槍が肉を貫き、血が滴る音が生々しく耳に残る。


「王宮の方角へ迎え! 司令部の場所はわかるか!?」


 王都民を助け、避難するように指示しつつ司令部の場所を聞き出す。


「て、天龍将軍!? アズランドである貴方がなぜ……?」


 王都民は驚いていたが彼が味方であることに警戒心は抱いていない様子。彼がそれほどまでに民からも慕われているということが伺える。王都民はすぐ都市の中央に仮設された司令部があると彼に伝え避難。紫苑さんもこれ以上の接近は危険と判断したのか馬の足を止める。


「精鋭含めた全軍投入の奇襲を仕掛けた以上、短期で一気に攻め落とすつもりだろう。動きの速さにドラストニアが対応しきれるかどうか……。だがアズランドももう後には引けない。『必死』そのものだろう」


 議論をしている時間もない。彼はそのまま私を連れてきた精鋭に託し去ろうとする。


「ロゼット殿、彼らに貴女を送らせます。危険な目に遭わせてしまい申し訳ございません」


「え……。そ、そんな」


 私を馬から降ろそうとする彼に思わず強くしがみ付く。強く彼の手を握りしめ、その時見せた寂しそうな表情で嫌な想像をしてしまう。自分のその後のことを考えていないのではと――。もしかしたら死んでしまうんじゃないかという不安に襲われる。


「……紫苑さん、また牢屋の時と同じ顔をしてる」


「同じ?」


「一緒にいないと……死んでしまうじゃないかって心配で」


 紫苑さんは黙って私の言葉に耳を傾けながら見つめる。彼も私の言葉に対して思うことがあったのか言葉を返すことはない。けれどもその眼光は牢獄で見せたものとは違った。心の強さというのだろうか、あの時と同じだ。夢の中に出てきた、単騎で大軍の中をくぐり抜けた時。そして私を密猟者達から救ってくれた時と同じ瞳。それが『覚悟』というものだと、この時の私には感覚的なものでしか理解できなかった。


「貴女から救っていただいた命をここで捨てるつもりはございません」


「命を捨てるなんてそんな言い方しないでください。……それに私は何もしてませんよ」


 私はただ彼に生きてほしい。その一心しかなかった。あんなに一生懸命な紫苑さんの死なんて想像もしたくない。他の誰かが死ぬところだって見たくない。


「貴女の言葉とその曇りのない瞳の強さがあったからこそ、私は自身の出来ることを見出すことが出来ました。だから約束致します」


 必ず生きて再会を果たす。彼は私に誓ってくれた。私は彼の強い言葉を聞き、強く握っていた彼の手を放す。これ以上迷惑をかけるわけにもいかなかい。馬から降ろされて彼の部隊の兵馬に乗せられて司令部へと向かう。名残惜しく見送る彼をずっと見続けながら彼の無事を祈ることしかできなかった。

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