第11話 それは唐突に訪れる

深夜のドラストニア王都の城壁。守備隊の状況確認とアズランド側に動きがないか偵察も兼ねてラインズとセルバンデスは出歩いていた。暖かな昼間とは打って変わり不気味な暗闇が広がる森林地帯、不穏な鳴き声時折響き渡り、襲撃を仕掛けてくるのは何も『人間』ばかりというわけではなかった。薄っすらと霧も出ており、視界は良好とは言えない。近年では都市の発展共に人口も急増傾向にあり、城壁の外にも市街地が形成されつつあった。

 貧困層、いわばちょっとしたスラム街にような街並みとなっており、城壁の拡大工事が現在進行中でもあったからだ。


「予定通りなら数週間の内に完成か」


「急場しのぎですが。無いよりは良いでしょう。彼らも労働者としての生活も手にしております。ただ頑強な城壁となるともうしばらくは時間も掛かりましょう」


 今まさに奇襲なんて仕掛けられては対処も後手に回ってしまう。警備強化を固めさせるように近くの兵に伝えて現状の王都の意見交換を交えながら今後の方針を話し合う二人。


「今後のあの子の扱いはどうする?」


「この際、ハウスキーパーに関しては何も申しませんが、ロゼット様のことはくれぐれも……」


「わかってるって。お嬢を失うわけにもいかないし、学習に関してはお前に一任する」


「王都に育成のために来たとはいえ有識者って肩書にした以上、知識を出すような場面も今後出てくるだろうしな」


 セルバンデスはあくまで先代の意向を汲みロゼットに忠義を尽くし、国家の王として支えるつもりであった。ラインズとしては現状の派閥争いの中ではロゼット自身に及ぶ危機に関して危惧しているようである。


「あいつには言わなかったが、母親が暗殺されたなんて教えられないだろ…」


「しかし御身が危険な状況というのはロゼット様も感づかれております。事実を知られるのも時間の問題でしょう」


「ああ、多分気づいてはいるだろうな」


 ロゼットの母親の死は派閥争いによる暗殺。そしてロゼット自身の正体がいつ明るみに出るかわからないからこその隠遁生活。現在の派閥争いで暗殺を目論む勢力がいないとも限らない。もしくはアズランド家の人間によるものかもしれない中でロゼットが継承者第一位などと公言できない。


「同じ王家で命の奪い合いなんて……馬鹿げてるなホント。権力欲しさに掴んだその座も維持し続けることが一番困難だってことに気づかないのかねぇ」


「ドラストニア近郊と周辺諸国との国交も結ぶために尽力され、現状のパワーバランスを維持し続けたその手腕は過去に前例を見ない名君でした。彼らにとってその血を継ぐロゼット様はいささか危険な存在でもありましょう」


 考え方そのものは同調する二人ではあるもののロゼットの今後の方針に関しては合わない部分もある。ロゼットを国家の頂点に立つ者として育て上げることが急務なのには変わらない。現状足場が不安定な状態であるドラストニアに攻め込んでくる国家が出てきてしまえば対応できるかもわからない。


「アズランドとは禍根かこんを残したままっちまったな。とんだ財産を残してくれたもんだ…」


 ラインズがそう呟くとセルバンデスが足を止めラインズを呼び止める。


「ん? わ、悪かったよセバス。言い過ぎた」


 先代を悪く言われて激怒したのかと思い、すぐさま訂正するがどうやらそうではない様子。僅かにだが甲高く遠方から近づいてくる小さな音に反応したらしい。

 その音に耳を立ててラインズは直ぐにセルバンデスの身を屈めさせる。


「セバス!!」


 ラインズの声と同時に城壁付近にて爆音と共に爆風が巻き起こった。城壁一部は破壊され、煉瓦の破片も飛び散り数名の兵が吹き飛ばされる。火薬の匂いが砂埃に混じる中、ラインズはすぐさま行動に移す。


「敵襲! 応戦!!」


 見張りの兵達に号令を掛け、それに応え敵襲合図を送る鐘を鳴らす。砲撃は次々と繰り出され、静寂な夜を迎えていた城壁は瞬く間に怒号と轟音ごうおんによって戦場へと変わってしまった。


 ◇


「え……? 何……?」


 外の様子が騒がしくなり先程までの眠気によってかき消される。静寂だった夜、虫の声も鳴りを潜めて人々の騒々しい様がロゼットの自室にまで微かに届く。何事かと思い自室の扉を開けると廊下では高官達と兵士が騒いでいる。覚めきっていない頭、外の様相に混乱し何が起こっているのか理解しようとしていたが高官の一人の『攻撃を受けた』という一言で一気に目が覚める。


「まさか…戦争…!?」


 私の頭の中で夢で見た情景が駆け巡る。自室で籠っているわけにもいかないと慌てて会議場を目指すを目指し王宮を駆け回る。


 一瞬の出来事に王宮内は騒然とした雰囲気に変わっていた。高官の人達は慌ただしく書類を持ち出し

 自分たちの私物だけを持って逃げまとっている者もいれば兵士達に号令をかけ、戦場へ赴くために備えている人達もいた。メイドさんたちも自ら訓練用の槍を持ち王族の護衛として動いていた。


 しかし他の王位継承者たちの姿は見当たらなかった。


「――そういえばセルバンデスさんとラインズさん達は…」


 二人を探そうと王宮を駆け巡るが見つからず、兵士達の会話から城壁前線にて構えていると聞いていたがハウスキーパーの面々と合流し、避難経路の確認を行うこととなった。


「良いですか、これは訓練ではありません。各々訓練通りに且つ迅速な行動を心掛けなさい」


 メイド長が告げると皆一斉に動き出し、私も後に続く形となった。訓練と言っても今日が初めてだったために何もわからず先輩メイド達に続くしかなかったけれど、あの隠し通路を横切り『彼』のことを思い出す。

 どんどんと先に行ってしまう先輩たちに続かなくてはならなかったけれど―……。どうしても彼を放っておくことも出来なかった。ましてや攻撃者がアズランドだった場合は尚更。隠し通路の壁に手をかけて思い切って飛び込んだ。

 牢獄は静かだったけれど、外の騒々しさはこの中にも響いている。紫苑さんも気づいてはいたのだろうけど動く気配は全くなかった。見張りの場所へ行くが誰もおらず、二人の皮肉で聞いていたので改善されていないことに呆れながらも鍵を取る。鉄格子の扉の鍵を外し彼の元へかけ寄って足枷を開錠しようとする。


「紫苑さん! 早く逃げないとここも危険です!」


「アズランドが……まさか攻撃を!?」


「わ、私にもわかりません!! でもとにかく逃げてください!」


 私が彼の手を引いて逃げようとするが、彼は立ち止まる。どうして逃げないのか彼に問い詰めるも彼は静かに自身の境遇と葛藤しているようだった。


「私は行けません」


「なんで…ッ!? こんな時に罪も何もないでしょ!!」


 彼の意志の固さに言葉遣いも普段のものへと変わってしまい、思わず声を荒げてしまう。非常事態にも関わらず罪人であることを主張し、逃げることを頑なに拒もうとする。


「私は……この国によって裁かれるべきなのです」


 紫苑さんが裏切ったわけでもないのに彼まで責任を問われることへの不条理に怒りがこみ上げてくる。そこまでして国のことを思っている人を……。こんなところで死んでしまってはいけない。この人の命を無くしてしまってはならないと――。

 頭で考えながらも体が先に動いてしまう。牢獄の中で渇いた音が響き渡る。私の手の平と彼の左頬が僅かに赤くなっており、思いっきりひっぱたいていたことに気づく。私よりも遥かに屈強な体格の彼も驚き目を丸くして私を顔を見つめる。


「紫苑さんが国を守る刃なら……じゃあ紫苑さんのことは誰が守るんですか!!」


「あなただって軍人である前にこの国の『民』でしょ! それは誰も変わらないじゃない!」


 私の言葉と同時に牢獄の壁から轟音が響き渡り、火が走る。私は紫苑さんに抱えられるように倒れこみ、砂煙と火薬の匂いであたりは充満している。壁には大きな穴が空き、そこから軽装の鎧と銃を装備した兵士たちが続々と入り込んでくる。見たこのない紋章に目をやった紫苑さんの表情でアズランド家が攻め込んできたのだと私でも理解できた。


「『白い鬼』とまで呼ばれた将軍が……まさかドラストニアで本当に鎖に繋がれておられるとは」


 兵達の上官と思しき人物が彼に銃口を向けて嫌みったらしい口調で話す。銃弾が放たれ殺されてしまうという状況にもかかわらず私は両者の間に割り込む。


「待ってください! 紫苑さんはアズランド家の方ですよ!? なのにどうして銃口を向けるんですか!?」


「どけ小娘、そいつは我が『王』に温情を受けて置きながら謀反を企てた罪人。ドラストニアの手に堕ちるくらいならこちらで処断する」


「紫苑さんはあなた達にも……ドラストニアにも背きたくないと言ってずっと牢獄にいたんですよ! それのどこが裏切りだっていうんですか!?」


 私は彼の意志を訴えかけるが上官は一言「それなら好都合だった」と発し、引き金にかけた指が動く。目を閉じて撃たれようしたその刹那であった。銃声よりも先に上官の短い悲鳴が上がり目を開けると彼が吹き飛び倒れこむ。私の目の前には紫苑さんが武器もなく格闘で次々と兵士達を倒していく。しかし格闘だけでは僅かに昏倒させる程度、兵たちが剣を抜いて斬りかかってくるところにドラストニアの正規兵が騒ぎを聞きつけやってくる。


「失礼いたします」


「へっ……?」


 混乱に乗じて紫苑さんは私を抱えてそのまま破壊された壁から外へと脱出。私は抱えられたまま彼にしがみ付くことしか出来ず、彼は颯爽と戦火が降りかかろうとする家々の屋根を駆け抜けていく。まるでドラマのワンシーンのような美しい夜空を背景にしながら、それとは対照的に私たちの眼前に広がるのは戦禍となろうとしている街並みであった。

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