◆豹の槍24◆「なんで、お前が?!」
「助けて……。助けて、ビィト様───」
リズの叫びに、悪鬼のような表情をしたジェイクが、ピクリと頬を歪ませる。
「ああん!?」
いったん刀を置き、「おらぁ!」ガツン!──と、リズの髪を引き掴んで無理やり床から引きはがすと、
「
そうすりゃ、痛くないように
それとも…………、
「肉は叩けば柔らかくなるそうだ。……死ぬほど、ぶん殴ってやろうか?」
あぁ! ごらッ!
ゼロ距離まで顔を近づけてリズを脅すジェイク。
だが、そこにはさっきまで幼子のように泣き叫んでいたリズはもういなかった。
「ジェイク様──────……救助が、」
救助が…………!
ビィト様が来ました──……来てくれました。
「──こいつッッッ!」
ビィトという
「待って──……!」
それを止めたのは、意外にもリスティだった。
「何だ!」
邪魔をするなとばかりに、ギロリと不機嫌そうに睨むジェイク。
だが───。
「この特徴的な魔力の流れ──……覚えが。……いえ、知っているわ──」
この超高度に熟練された魔力の連打は知っている。
知っているのよ────。
私も、ジェイクも、リズも────……。
あぁ、嘘みたい……。
「────兄さん……。本当に来たのね」
「なッ!」
ば、
「馬鹿なッッ!!」
驚愕に目を見開くのはジェイクのみ。
リズはその気配に涙し、
リスティは明らかにホッとしていた。
だが、この男は認めない。
「な、ななな、何かの間違いだ! おい、リスティ! さっさとコイツを捌くぞ」
「ちょ、ちょっと……。ジェイク」
ここにきて態度を一変させたリスティは、そっとリズの拘束を解いた。
「ゴホッ! ゲホッ……。おえええ……」
喉元の圧力がなくなったことで激しくせき込むリズ。
「何をしている! もういい、俺がさっさと絞める────どけ!」
ジェイクはリスティを蹴り剥がすと、リズの首に手をかけ壁に沿ってズルズルと持ち上げていく。
「ぐ、ぐぐぐ…………」
片手で持ち上がるくらい、哀れなほどリズは軽かった。
「ははッ!」
「……ぐぐグ。じぇ、ジェイク様……ご、ぐ────」
まるで、壁に磔にされたかのようにリズが拘束される。
憐れなその姿に、リスティが目を伏せる。
その目の前で、ジェイクが刀の切っ先をリズに向けた。
チャキリ……───。
それは真っ直ぐにリズの首元を狙っており────。
悪く思うなよ……。
「───まずは血抜きしないとな。……なんでも、血のせいで肉が臭くなるそうだ」
ひひひ。
舌なめずりしつつ、ジェイクはリズを貫こうとする。
さきほどまで、生かしておいて、長~く時間をかけて食べると言っていたのにである。
彼の目的は、もはやリズを絞めることに集約していた。
「じぇ、ジェイクやめなって!───も、もうリズを……その、えっと───……。あ、アレしなくも大丈夫なんじゃ?」
「黙れ!」
「ぎゃあ!?」
柄頭で思いっきりリスティを殴り飛ばすと、さぁ、リズを貫く────。
「悪く思うなよ……。せめて、美味しく食べさせてもらう────」
「ェイ……さま───」
純粋で、
美しく、
真っ直ぐで、
無垢な視線がジェイクを見る。
それは、あの恐怖に濁った少女のものではなく。間違いなく、
へへ……。そんなに睨むなよ。
「
ギラリと光る刀────。
諦観し、そしてどこか蔑んだ目をしたリズ。
そして、
「お兄ちゃん! こっちだよ!!」
「エミリィ、慎重に進んで! クッソぉぉお! 奴ら───なんて数だ!!」
ドンッ───!
ズドドドドドドドドオドドドドン!!
すぐ近くで連続した魔法の行使音を確認。
漂う冷気からも、多数の『氷塊』がどこかに撃ち込まれているらしい。
「「「グルゥァァアアアアアア!!!」」」
ズシン、ズシン!!
その音の先では、地鳴りの様に駆けるオーガの足音が続く。
だが、ある一点で奴らは侵攻できないらしい。
「おるぁぁぁあああああ!! 数で押しつぶせると思うなよぉぉぉお!!」
ドンドンドンドオ、ドドドドドドド!
段々と激しくなる冷気と足音。
そして、あの懐かしい間抜けの声!
以前の様な窺う様な声ではなく、精悍さすら溢れ出るが────間違いなく、
「び……ビィト────だとぉ?!」
ここにきて疑いようのない事態。
もはや、これは事実だ。
あの追放した間抜け野郎でクズが───。
なんで……。
なんで!!!!
「────何でここにいるんだ!!」
ビィぃぃぃぃぃいトぉぉおおお!!!
ドサッ……。
頭を掻きむしるジェイク。
唸りとも慟哭ともとれぬ、魂からの叫びがこだまし、それとともにリズを取り落とす。
「あ! り、リズ───はやく!」
すかさずリズに駆け寄り、背中をさするリスティ。
……ホンの数瞬前まで、リズを刺身にして食べようとしていたくせに、この変わり身の早さ。
「だ、大丈夫? ……い、今なら魔法を少しは使えそうだけど──」
ビィトと合流し、物資の援助を受けられるなら──温存した僅かばかりの魔力を回復に回すことも出来る。
そうリスティは考えてジェイクを窺うも、
「あり得ない、あり得ない、あり得ない!」
───あり得んぞぉぉぉおおおお!!!
「ビィぃぃぃぃいト!!! なんで、」
刀を握りしめたまま顔を覆い、ブツブツと呟いている。
なんで、
なんで、
なんで!!!
あ、
あああああ、
「───アイツが来るわけがないんだ! これは幻覚だ!
不規則に揺れる刀に威圧されるように、リスティもジェイクには近づけない。
そして、語り掛けることも出来ない。
今のジェイクがまともだとは誰も思うまい……。
男とは、かくもややこしいのだ。
いち早く切り替えた
そのうちに、外での戦闘音も止み、大量のオーガの気配も失せる。
どうやら、大群との戦いも一段落したらしい。
そして、
「お兄ちゃん……。ここだと思うよ! 弱々しいけど……。うん、人の気配があるよ」
「ほ、ホント!? み、皆───い、生きてるんだよね?!」
声が……。
声が聞こえた。
僅かばかり先、潜伏場所の巨大な暖炉の正面から────。
「うん。大丈夫。皆生きてると思うよ───この中、う…………!」
3人の生存者。
ジェイク、リスティ、リズ────。
それぞれの目が。
──6つの目が、潜伏場所にヒョコっと顔を見せた少女の顔を見る。
「な、何……この匂い────」
そして、すぐに引っ込む。
だけど、見た。
幻覚じゃない。
オーガじゃない。
嘘じゃない。
ジェイクたち以外の冒険者の姿────。
「きゅ、救助……隊?」
リスティが信じられないとばかりに目をしぱたたかせると──。
スッ、と入り口を影が覆い、一人の人物が正面に立つ。
逆光で顔は見えないまでも、
あぁ──────この気配。
この
優しい香りと逞しい体。
知っている。
みんな知っている。
リズは知っている。
リスティも知っている。
そして、
───ジェイクも当然知っている……。
「────ジェイク……?」
「………………ビィト」
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