第60話「なんてこった、早く捜索しないと!」
手元にあるのは、ズッシリとした重さの通信魔法具。
その重さが、この異様な事態を如実に表しているようで、ビィトの背中に嫌な汗を噴き出させる。
(ジェイク……。お前は、何に巻き込まれてるんだ?───リスティたちは無事なんだよな?!)
手元にある通信魔道具の使い方は分からない。
だが、これがここにあると知り、ハッキリとした異常事態に巻き込まれていることを理解したビィトは、一層気を引き締める。
「お兄ちゃん……」
「……行こうか、エミリィ────ジェイク達を探しに!」
意気込むビィトに、曖昧に頷くエミリィ。
彼女にはまだ事態の異常さは理解できないだろうが、それでもビィトには従順についてきてくれる。
その信頼を糧にビィトは自分を奮い立たせると、巨大な背嚢を担った。
「エミリィには、これを渡しておくね」
「はーい!」
そういって小分けにした荷物を渡した。
その背後には、いくつかの運びきれない物資が放置されている。
勿体ないと思いつつも、こればかりは仕方がない。
いくら身体強化の魔法で大量の荷物を運べるとはいえ、人間である以上自ずと限界はある。
だから、取捨選択し、必要性なものだけを運ぶのだ。つまり……。
ジェイク達の状況を考えると、いまはドロップ品や金銭よりも糧食の方が重要だろう。
金目のものを全部捨てていくことはできないが、やはり嵩張るものは諦めるしかない。
名残惜しそうにビィトは残置した荷物を振り返るも、エミリィは屈託なく笑う。
彼女は、金銭にたいしてあまり執着がないので、実に爽やかな笑顔だった。
「探知なら任せて!」
「うん。エミリィには、物凄く負担をかけるけど……──」
「うん! 大丈夫だよ!───私が先導すればいいんだね?」
「頼むよ、エミリィ!」
ビィトは、この場所に多少なりとも知見があるが、それは今さほど重要ではない。
ジェイク達が何処にいるか分からない以上、しらみつぶしに探すしかないのだ。
それならば探知に優れたエミリィが先行した方が良い。
「任せて! 取りあえず、オーガを避けつつ行くね」
「そうだね。ジェイク達が隠れていそうな場所は、いくつかあたりはあるけど……まずは敵に見つからないようにいかないとね」
ジェイクのことだ。
オーガが比較的少ない区画に潜んでいるだろう。
ならば通路部にいるとは考えにくい。
どこかの部屋。
それも目立たない場所で、かつ───そこの隙間や煙突のような、オーガどもが通常入り込まない場所に隠れているだろう。
そういった場所は多数あるが、やみくもに探すよりはいい。
そのため、ビィトは大雑把な方向だけ伝えてエミリィの探知に任せることにした。
どの道、ビィトだけで探せるわけもないのだ。こういったときはプロに任せるべきだろう。
「──うん……。少なくとも、近くにオーガ以外の気配はないよ。3人もいればすぐに見つけられそうだけど……」
「リズは
「
「へ~……リズさんっていうんだ。随分仲良かったんだね!」
「え? ……どうだろ。ほとんど会話らしい会話したことなかったけど?───まぁ少しは話すくらいかな」
だってあの子、無口だもん。
「ふ~ん……その割には色々知ってるふうだけどー」
「いやいや。元はパーティだよ。仲間の能力くらい把握してるよ」
「ふ~ん……ほ~ん……──へ~……」
何この子?
おむずかり?
「どうしたの?……とりあえず、牙城の厨房に行ってみようか。あそこは隠れる場所が多いし」
「はいは~い」
プイスとそっぽを向いたエミリィはさっさと歩きだしてしまう。
事前情報として罠がないダンジョンだと伝えていたため、エミリィも敵の探知にだけ気をつかえばいいようなので、どこか緊張感がない。
門番戦のように避けられない戦いと違って、探知可能な距離にいる敵ならエミリィからすればあまり脅威に感じないのかもしれない。
「油断しないでね……ここも相当に凶悪な場所だから」
そうとも。
一見すると、脳筋でオツムの足りない馬鹿なオーガだけがいるように見えるダンジョンだが、未だ攻略されていないのはそれなりに理由もある。
場所の遠さもさることながら、オーガ自体の強さ。
そして、何より奴らが集団で襲って来るということ。
連中の波状攻撃を受けたならば、火力で捌ききれないパーティでは対処しきれなくなる。
しかも、オーガサイズの牙城はオーガにとって庭の様なもの。
だが、人間にとってはバカでかい牙城は実に入り組んでおり、そして隠れる場所も限られる。
トイレや竈の中でさえオーガサイズ。
場所を特定されればガリガリと爪で掻き出されて食われてしまう。
そうしていくつものパーティがこのダンジョンで消えたのだ。
あたりに散乱しているボロボロの骨片はそのなれの果て───。
「わ、わかった……」
ビィトの真剣な声を聞いてエミリィも表情を引き締める。
未だ攻略されていないということで、『嘆きの谷』以上の派生ダンジョンだと気付いたらしい。
「うん……。もし、戦闘になったらかなり厳しい戦いになるよ」
「そ、そうだね……!」
門番はジャイアントオーガの亜種で、この牙城をうろつく連中よりは強い。
だから、アレが倒せるなら他のオーガに後れを取ることはないものの、────なんたって、オーガは集団で来るのだ!
一撃で倒すか力か、攻撃を防ぎきる
そして……人間の何倍もの巨大さゆえ、連中は速いッ!
「だから、基本は戦わない。隠れて進むよ」
「はーい!」
ピョンと手を上げるエミリィ。
……可愛い。
「あと当分……保存食だね」
元の背嚢を破壊されたため、ビィトが持ち込んだものはほとんど失われてしまった。
多少なりとも残っただけでも僥倖と思わなければならないだろう。
「え……そんなぁ」
しゅ~んと意気消沈するエミリィ。
……可愛い。
「ごめんね。オーガは嗅覚もすぐれているから……料理どころか、火の匂いでも勘付かれるんだ。……できるだけの努力はしてみるけど、ね」
慣れないウィンクをしておどけるビィト。
ここに来るまでにビィト料理を振る舞っていたらすっかりお気に入りになったらしい。
兎のスープ。
簡単ピザ。
ニンニク黒焼き。
オニオンサラダ。
ハチミツ入りの
(うん……俺も食べたい)
作ってきた数々の料理を思い出しつつ、ジェイク達の状況を思えば、ちょっとバツが悪い。
それにエミリィのションボリっぷりは中々見るに堪えない。
「うん……わかった~」
明らかに士気低下。……やってしまった。
でも、食事時にバレるよりはいいかもと思い直す。
ビィトとしても味気ない保存食ばかりでは身が持たないので、それなりに工夫するつもりでもいる。
(なんだか、エミリィちゃんってば、……食いしん坊になりそうだな)
トボトボ歩くエミリィの背中を見つつ、頭を掻くビィト。
ダンジョンは、美味しいものを食べる場所と勘違いしていないか心配……。
ほんと、食材が新鮮なうちだけなんだよ? エミリィちゃん──。
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