第57話「なんてこった、門番だ(後編)!」

 ──今行くよ、エミリィ!


 エミリィは善戦しているが、火力不足。

 木の矢ではいくら撃ったところで仕留めるには至らないだろう。


 だから、ビィトが援護する。


 ビィトとて、高火力とは言い難いが、手数の多さなら自信がある。

 実際、青鬼も仕留めることができた。


 そして、上手い具合に赤鬼はまだビィトに気付いていない。

 やつらの性質のためか、今の赤鬼はエミリィを仕留めようと躍起になっている。


 オーガは、モンスターの中でもとりわけ短気な性格。

 そのため、冷静さが要求される場面でも怒り狂ったり、戦闘中には視野狭窄となり、戦闘への精彩さを欠いてしまうところがある。


 乱戦になれば、それはそれで脅威なのだが、パーティでもって複数の味方の援護のもと、一体を対処するときは、それは奴らの弱点でしかない。


 囮役と攻撃役で分担するだけで、案外あっさりと倒せるものだ。


 そして、偶然にも現在の状況はそれ。


 エミリィが囮となり赤鬼オーガを翻弄し、ビィトが攻撃オフェンスとなり赤鬼オーガを強襲する。


 これぞ、まさにお手本のような戦いだ。


 そして、ビィトが赤鬼に夜盗のように忍び寄ると────まったく気付かれずに足元にいた。


 奴はあまり動かず、多少軸足を変える程度でブンブンと金棒を振り回しエミリィを叩き潰そうとしているものの──強襲を狙うビィトがそこにいることに、その瞬間まで全く気付いていなかった。


「ぐるぁぁあああ!!」

 ──鬱陶しい!


 ビィトに気付かない赤鬼は、そう言わんばかりに、エミリィを狙う。


 だが、エミリィは違った。

 気配探知に優れる彼女は、少し前に気付いたらしく、ようやく訪れたビィトの援護にホッと胸をなでおろしていた。


 しかし、エミリィの期待を裏切るように、ビィトは即参戦するでもなく、また注意を引くでもなくコソコソと赤鬼の足元に接近する様子を見せた。


 一瞬非難がましい目を向けそうになるエミリィだが、ハッと気付く。


(あっ、そうか───!)


 エミリィは『石工の墓場』で繰り返した連携訓練を思い出し、自分の立ち位置が消極的な遊撃である気付く。


 つまりは、そのまま囮になるということ。


(任せて! お兄ちゃんッ)


 エミリィと目を合わせるだけで意志疎通が可能になった瞬間だ!


 牽制と挑発のため、エミリィの弓矢が赤鬼の顔面を強襲する!


 それを鬱陶し気に振り払う、赤鬼───。


「上出来だよ! エミリィぃぃい!!」


 そして、ビィトの攻撃が炸裂した!


 両手に生み出した高圧縮の水────すなわち「水矢ウォーターアロー」だ!


 その凄まじい切れ味の水流が赤鬼のアキレス腱を狙う──!


「ぐるぁああ?!」


 今さら気付いても遅い!


 シュパァァァアア!────ブチブチブチ!!


「ぐるうぅあああああああ!!!」


 両手で両足をそれぞれ狙い切断しようとしたものの、さすがにぶっとい!

 半ばまで断ち切ったところで奴が大暴れ!


 血を噴き出しながらビィトを踏みつけようと────ブッチィィン……!

 ビィトの目の前で赤鬼の足首から先がブチブチと千切れていき、そのまま仰向けに倒れる。


 エミリィは「うそぉぉ!?」なんて顔をしていたが慌てて退避。


「きゃあああ!!」


 と可愛らしい悲鳴を見せて飛んで逃げる。

 そこにすかさず赤鬼の身体が倒れ込むッッッ!


 ───ずどぉぉぉおおん!!


 グラグラと揺れる区画……。


「ぐぉぉおおお!!!」


 見たか! ありゃ、重傷だぜ!!


「エミリィ! 今ならやれる────トドメをッ」

「え?!」


 尻もちをついたエミリィが「私が?!」って顔で自分を指さす。


「当然だよ! 君の獲物さッ」


 ビィトが腰に据えている、ビィト用のサイドアームである闇骨ナイフをトントンと叩いて見せると、エミリィもようやく合点がいったらしい。

 自らの闇骨ナイフを引き抜くと、低い姿勢で赤鬼に走り寄る。


 足首から先を失った赤鬼はそれでもまだまだ大暴れ、仰向けのまま腕を振り上げ金棒をあちこちに叩きつけまくっているが、それはどう見てもヤケクソだ。


 振りも大きく、動きにも精細さがない。


 ビィトでも難なく躱せるほど。


 そして、ビィト以上に素早いエミリィはことごとくその打撃をすり抜けていき。


 自らの小柄な体型を最大限に活用、赤鬼の胴より低い姿勢を活かして奴の死角を駆け抜けると────……!


「たぁぁぁああ!」


 脇の当たりで跳躍し、飛び上がると──クルンと空中で転がり、回転したまま、赤鬼の胸の上を滑るようにして進む。


 ここで、ようやくエミリィの強襲に気付いた赤鬼が、思いっきり金棒を振り上げて反撃────……!


「遅いよッ!」


 ブシュウ──……。


 エミリィのナイフが赤鬼の喉を薄く切り裂く。


 しかし、そこは急所──人で言うならば、頸動脈だ。


「ぐぉう…………!」


 ブシュウウウウウ……と血煙が立ち昇ると、奴の瞳孔が開いていく。


 間違いない。今のは確実に致命傷だ。


 だが、それであの赤鬼が即死するはずもなく、タフさを生かして金棒を渾身の力で叩きつけてくる!


 エミリィがさっきまでいた胸の上──そして喉元に…………。


 ───グッシャァァァアアアン!!


 エミリィを叩き殺さんとした強打は赤鬼自らに降り注ぎ、怪力でもって自らの胸と喉と顔面を粉砕する。

 「ごぶぅ!」と吐血した赤鬼は、盛大に自爆。


 ────自分で全てを終わらせて、そこで事切れた。


「ふぅ……、ふぅ……、ふぅぅぅぅううう──……」


 一方で、肩で息をしているエミリィは油断なくナイフを構え片時も赤鬼から目をそらさない。


 それをビィトが軽く肩に触れ、落ち着かせる。


「よくやったね! ……大丈夫。もう仕留めたよ」

「ッッ!───ふぅ、ふぅ、ふぅぅう………お、お兄ちゃんかぁ……ビックリしたぁ」


 ドッと力が抜けたのか、エミリィがビィトの腕の中にへたり込む。


 ふわりと漂う甘い香りにビィトは赤面しつつも、軽く抱きしめてやり、ポンポンと背中を叩いてやる。


「ごめんね。無茶を言って──」

「ううん。二人しかいないんだもん……協力しよッ」


 ね?

 

 そう言ってビィトを見上げるエミリィ。

 美しい笑顔が酷く眩しかった。


「そ、そうだね……二人だけのパーティだもんね」

「うん!!」


 そうして、二人は戦闘を重ねるごとに絆と連携を深くしていく。


 ともに経験を積みながら────。



 だが、ここは悪鬼の牙城のまだ入り口…。



 本当の敵・・・・はさらに奥にうじゃうじゃといる……。

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