第6話「なんてこった、これ貰っていのかな?」

 ──ハイお兄ちゃん!


 ニコリと笑ったエミリィが、ボロボロの鞄を差し出してきた。

 はみ出しているスクロールは別にして、しっかりと蓋が閉じられていたおかげで中身が零れなかったようだ。


 もっとも……。


「うーん。スクロール以外はほとんど使えそうにないな……」


 ゴーレムに踏まれてペッチャンコになった鞄。

 それをひっくり返すと、色んなものが出てくるもそのほとんどが破損していた。


 ペチャンコでも影響のなさそうな携帯食料の類も、だいぶ古くなっている。


「ポーションの残骸……。乾燥薬草、折れたナイフ、ランタン用の油の残骸……これは干し肉かな?」


 取りあえず選別できそうなものから取り分けていく。

 残骸類はどうやっても使えそうにない。食料も同様。


「スクロールもダメな奴が多いな……」


 ランタンの油や、死体から溢れた腐敗汁を吸ったのだろうか、ボロボロに崩れてしまい、内部にある魔法を発動するための文様が溶けてしまっている。

 使えるか使えないかは不明だが、故障した魔法のスクロールは危険な代物なのだ。

 発動できないくらいならまだいいが、下手をすると暴発する。


 小爆破が超爆破になったり……ね。

 悪魔を呼びだしたなんて噂もある。


「残念だね……」

 いつものようにシュンとするエミリィ。

 どことなく小動物を思わせる仕草にキュンときてしまうのだが──。


 ……可愛いなこん畜生。


「い、いや! 大手柄だよ。ほら、結構使えるものも多い」


 ボウガンの矢×8

 乾燥薬草×5

 塩×一袋

 砂糖×一袋

 スパイス×一袋

 爆破用スクロール×3


 他にも蝋燭やら、油紙やら雑多なものもまだ使えそうだ。

 あとは……。


「あ、お金」


 財布代わりの革袋には銀貨と銅貨が入っていた。

 ゴーレムに踏まれて変形しているが、硬貨としての価値はそう落ちるものではない。

 紙幣と違って硬貨は金属そのものの値段だからだ。

 もっとも、信用もある程度必要ではあるのだが……。


 ダンジョン都市で出回っている硬貨はダンジョン産のものが1割と、都市内で鋳造されたものが4割。

 残りは輸入品だったりする。


「ホントだ? どうするの?」

 エミリィはあまり興味がなさそうに財布を握りしめるビィトの顔を見つめてくる。


 うーーーん……。


 ダンジョンで拾った遺品は拾い主のものになる。

 それは遺族がいたとしても、だ。


 本来なら失われるのが当たり前なのだから文句を言われる筋合いはないということ。

 仮に、遺品を返してほしければ、拾得者にお金を支払って買い戻すしかないのだ。


 だから、この財布のお金はビィトの物なのだが……。


「一応、貰っておこうと思う……だけど、」

 エミリィが拾ってくれた鞄には名前が刻まれていた。


 細かな刺繍で綴られたもので、遺体本人が刺繍したのか、店で仕立てたのか……あるいは家族が縫ってくれたのかはわからない。

 だけど、間違いなく彼(彼女?)という人間がここにいて──命を落としたことをビィトは知ってしまった。


「──街に戻った時、この持ち主がいたら……鞄と一緒に何割か返してあげようと思う」

「??? ……なんで?」


 エミリィは不思議そうな顔だ。


「……いや、その……お金の返却は別に義務ってわけじゃないんだけど、なんていうか……ほら、鞄だけ返すのも、ね」

 いかにもヘタレらしいビィトの意見だ。


 うまく立ち回ってお金を懐に入れてしまえばいいのだ。

 鞄だけでも帰ってくるなら本来でいえば僥倖。それ以上望むのはダンジョンに挑んだ時点で甘すぎるというものだ。


 人を飲み込み続けるダンジョン。

 死ねば骨すら戻って来ないなんて、普通ザラにあることだ。


 だが、ビィトはお人好しで間抜け……。

 ──自分でも少しは自覚しているくらいだ。


「んー……。ダメだよ、お兄ちゃん……。そいうのって付け込まれるよ?」


 上目づかいで覗き込むエミリィの目には猜疑心が浮かんでいる。

 ビィトのあやふやな気持ちを見抜いているのだろう。


「奴隷を解放するために、自分が奴隷になっちゃうお兄ちゃんだもん……心配なのッ。──それに、お金は大事なんでしょ? だったら、こういうのは黙って貰っちゃお?」


 ね?


 そう言ってエミリィに諭される。

 ちょっと意外だった。

 エミリィも少しずつ、奴隷生活の気持ちから抜け出しつつあるのかもしれない。


 ……でも倫理的にはどうなんだろう?


 そう考えるも、実際のところ……世界中を見ても拾った財布でウジウジ考えるのはビィトくらいなものだろう。


 普通は黙って懐にいれる。

 誰に聞いても、それが普通。


 遺品なのだから悪いもクソもない。

 本当にそれが普通なのだ。


「う、うん……で、でも」


 空っぽの鞄を返すときの心境を思うと、ビィトには遺族の目に耐えられそうにない。

 全部というわけにはいかないだろうが、せめてもの慰めに彼の(または彼女の)遺族にお金を返してあげたかった。


 グールシューターの時とは違い、この屍がここの封鎖部隊の物であると知っているだけになおさらだ。


 蟻の巣の封鎖の依頼で来ているわけじゃないので、ギルドに回収してもらうわけにもいかないからね……。


 財布を手に悶々としているビィトに、

「もぉぉぅ……。全部返さない時点で、一枚でも全部でも変わらない気がするよ?」


 エミリィは呆れたような声を出す。

 う、うん……エミリィさんの言うとおりです。


「っていうか、お兄ちゃんて……」


 ジトっとした目でエミリィが睨む。


「な、なに?」

「──ほんッとに、お人好しだね。よく知らない、死んだ人のことまで気にしてどうするの?」


 エミリィのいうとおりだ。


 普通はもっとドライというか……。

 他人のことなんて、そこまで気にするような人間はこの冒険者界隈ではいない。


「私の時だって……」


 ぷぅ~。と頬を膨らませるエミリィは、

「(あの時は……私のために、助けてくれたのかと思ったのに)」

 

 ボソリと何かを零すも、ビィトにははっきりと聞き取れなかった。


「え? ゴメン? なに?」

「──なんでもない! はやく荷物を回収して、先に行こう?」


 エミリィはさっさと鉤棒を収納して、ビィトが選別した拾得物を手に取ると自分の鞄に入る程度の荷物をしまってしまう。

 というか、砂糖を一袋持っていっただけだけど……。

 ──ほんと甘いもの好きだね。


「わかった。エミリィの言うとおりだよ」


 チャリンと澄んだ音を立てるソレ。

 中の金額は今は確かめる気になれなかった。

 やっぱり、罪悪感のようなものがあるのだ。

 ……つくづく、こういった仕事には向いていない難儀な性格である。


「うん! 行こ?」

「わかった。あッ。ボウガンの矢はスリングショットに使えるかも? あと、スクロールの残骸は危険だから近づかないでね」

 意識を切り替えると、途端に面倒見のいい母ちゃんみたいにペラペラと喋り出すビィト。


 キビキビと動くと荷物をまとめてしっかりと仕分けしていく。雑用はお手の物なのだ。


「──はい。普通のベアリング弾よりも威力はあるよ。ただ専用弾じゃないから扱いには気を付けてね」


 スリングショットの弾は非常に多彩で応用が利く。

 その辺の石ころでもいいし、短ければ矢のようなものでも発射可能だ。


 固定具に乗り、指で挟めさえすればどんなものでも発射できるのだ。


 そうして、全ての荷物の分配を終え、遺品の鞄を小さく畳んで荷物の奥に入れると、ビィトはゴーレムの群れに向き合う。


 さて、


「えっと……どうするの?」

「うーーーーん」


 ミッチリ詰まった部屋には隙間がない。

 当然ビィト達も入れないわけで……。


「下は危ないよね?」

 エミリィがしゃがみ込んでゴーレムの足の間を透かし見る。

 身体に対して足には隙間があるので無理をすれば通れないこともないが、


「危ないと思う。体は動かせなくても足は多少動かせそうだしね」


 たしかに、足だけを見れば微妙に動いているようにも見える。

 無理やり足の間をすり抜けようとしても踏みつぶされる気がしてならない。





 ならば……。

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