第74話「なんか納骨しました」


 あッ。そうだ。最後にもう一つ。


「まだ何か?」

 相変わらず見下したような話し方。

 エミリィには愛想がいいくせに……。


「あと、これを……」


「??」


 荷物に括りつけておいたズダ袋を、そっと差し出した。


「拝見────ひッ!」



 ガタンと椅子を引いて仰け反るテリス。

 その様子にギルド中が注目し、シンと静まり返る。


「あ、まずかったのか?」


 ビィトとしては普段通りのつもりだったのだが……。

 テリスの反応は意外だった。


「こ、これは……何人分の?」

「さぁ、随分あるよ。名前の分かる遺品とわからないものは──遺骨だけ回収してきた……遺品は買い取ってもらえると嬉しいんだけど」


 遺品そのものにも装備として価値がある。

 もっとも大半はボロボロなのだが……。


「ま、待って頂戴──……人事の担当ッ! 誰でもいいから来て! 不明者名簿と歯型鑑定機をッ」


 バタバタと慌ただしく動き出したギルド職員たち。

 どうやら行方不明者の遺骨回収は早々あるものではないらしい。


 ビィトは「豹の槍パンターランツァ」にいた頃はたまにやっていたけれども……そういえばこれほどの数を回収するのは初めてだ。

 なんせ、ジェイクにせよ、リスティにせよ……この手の回収作業にはいい顔をしなかった。


 リスティに至っては神官職なのを良いことに、簡易的なお祈りだけして、あとは知らんぷり。

 冥福祈るだけで、遺体の回収など目もくれなかった。


「器用────いえ、ビィトさん。行方不明者の捜索──……ありがとうございます」


 そして、


「見つけてくださったんですね……」

 ──テリスは、そっと愛おし気に撫でる。その小さな骨を。


 やや臭うそれは────小柄な人物のそれだと思う。


 多分、あれだ…………、

 グールシューターの下顎だ。


「おかえりなさい……」


 キュっとその骨を抱きしめるテリスに、畏怖と

違和感を感じる。


「えっと、知り合い──なのか?」

 まさか下顎でわかるはず等……。


「…………」


 うっとりと歯型をなぞっている姿にゾゾゾとするものを感じる。

 多分特徴的な歯型か何かなのだろうが……。


 それにしてもちょっと怖い。


「そ、それは多分──グールシューターの骨だ。……廃品の丘で交戦した。……強かったよ」

「でしょうね。……彼女は有望でしたから」


 そこにはテリスと、誰かの物語があるのだろう。


 彼女と言うからには女性なのだろうが……。

 なんとなく、エミリィを贔屓する彼女テリスという人物が分かってきたような気がした。


「……っと、すみません。では──遺品及び遺骨回収手数料を査定します」


 ダンジョンの難易度と、回収状況、そして状態に応じて支払われるらしい。


 当然、全身ないし本人だと分かる方が金額は高くなるが、いずれにしてもそう多くはない。


 まだ、装備品やドロップ品の鑑定は続いているらしく時間がかかりそうだ。


「以上ですか?」

 テリスは先ほどより幾分柔らかくなった口調でビィトに訊ねてきた。

「あ、あぁ、……残りはベンの分さ」


「あーベンの。で? アイツは──」


 バァァン! ともう凄い勢いをつけてギルドのスイングドアを跳ね上げる奴が一人。

 ……言わずと知れたベンだ。


 哀れな冒険者がすっ飛ばされたゴロゴロと床を転がっている。

 抗議しようにも悪名高いベンだと気付き、逆にそそくさとギルドから逃げていった。


 一方のベンは悪びれた様子もなく、ギョロギョロとギルド内を走査すると──そこにいたエミリィ。

 そして、ビィトを見つけた。


「……てめぇ! 器用貧乏! 何を勝手なことを──」


 ズン! と一歩踏み込んだとたん、ベンの全身があらわになり、ギルド中の人間に晒されることになる。


 そう、ゴブリンキングにテゴメにされたベンは今──……。中々愉快な格好をしている。


 パッツンパッツンの革の胸当て。

 腰には毛布を巻き付けているだけ。


 ヒラヒラとそよぐ・・・それは、




 ……禿デブ親父の南国踊り子風──、

 ──INギルド。




 一瞬、ギルドがシンと静まり返り、

 

 ドワァァァァァァァァと沸き返る。



 ギャハハハハハハハハハハハハハッハハ! と転げまわる様に笑い転げる冒険者たちとギルド職員。

 困惑顔をしているのはビィトとエミリィばかり。テリスでさえ、口を押えて笑っている。


「な、何ヨあの格好──! あ、あれで街を歩いてきたの?」

 うふふふふふ、と上品に笑っているも、全身から喜色があるれている。


 他の冒険者に至っては、遠慮などしていない。ゆびを指して大笑い。

 中にはバンバンと膝を叩いている奴もいれば、腹を抑えて呼吸困難になる奴まで。


 調子に乗ったやつなんか「ピューィ♪ ピューィ♪」と口笛を吹いて囃し立てている。


 さぞ、ベンが怒り狂うだろうと思ったが────。


 あら?


 意外と平然として……というか、もはや諦めた感じでズンズンとビィトに向かってくる。

 

 あ……そうか、あの格好で街中を突っ切ってきたのだ。既に笑いものになっているのだ。

 今さら冒険者連中にゲラゲラ笑われても知った事かと……そんな感じ。


 でも、すっげぇ怒った顔してるけど、ビィトに落ち度はないはずだ。


「おら! てめぇ! 何勝手にギルド行ってんだこの野郎!」


 グィっと胸倉を掴みあげられるが……くそ、もう少しの辛抱だ。


「何って……ドロップ品の換金だよ」

 クィっと、ギルド窓口を指し示す。


「てめぇ! 俺のもんだぞあれは!」

「馬鹿言えッ。お前のには手を付けてない! 俺のドロップ品・・・・・・・を換金しているだけだ」


 そう言い切ると、両手を絞って拘束から逃れる。


「ぐぐぐぐぐ……てめぇぇぇ」


 顔を真っ赤にして怒り狂うベン。

 やっぱり、最後の最後で巻き上げるつもりだったんだろう。そうはいくか。


「ま、まだだ! てめぇの身柄は金貨10枚だぞ! ちょろっとしたドロップ品くらいで返せると思うなよ!」

 そうだ! 舐めやがって──次は容赦しないからなッ! そうのたまうベンだったが、


「お話し、すみましたか?」

 肩を竦めたテリスが割って入る。


「鑑定すみましたよ。査定額です」


 スーッと、盆にのせた金貨と銀貨と銅貨の山をビィトに差し出してくる。


「うぐ!」


 パッと見で結構な量だ。

 小山ができている……が。


 あれ?


「金貨5枚、銀貨98枚……銅貨で23枚です」


 え?

 うそ……そ、そんなもんなの!?


「こちらでよろしいですか? 街へ個別で売ればもう少し高くなるとは思いますが……」


 クッ! ベンがそんなことを認めるわけがない。

 ここから引き揚げた時点で自分のものにするだろう。


 つまり、公的機関での預かりであるこの聖域でのみこの金は通用する。


「な、なんだびびらせやがって……へへ。どうした器用貧乏、半分ほどしか足りてないじゃないか?」

 ニヤニヤと途端に機嫌よくなるベン。


 くそ!


 テリスが持ってきた盆に、さっき入手した金貨と銀貨も合わせる。

 もともとあった、グールシューターの巣で回収した金貨だ。


 その存在を知らなかったベンだが、ざっと金額を確認して、再びニヤリとする。


「へ……た、足りなさそうだな、え~……(ひーふーみー……)」


 チラチラとベンの目が盆の上に乗せられた金貨と…………銀貨の山を泳ぐ。


 そりゃそうだ。

 金貨はぱっと見で8枚。

 子供でも数えられる。

 

 だが、銀貨が200枚あればビィトの身柄は自由となる。


 だから数えているのだろうが……ビィトは知っている。


 ……すでに足りないという事を。




 くそぉぉぉぉぉぉ!!




 怒りに任せて盆を叩きつけたくなる。 


 今回は何とか生き残れたし、次もうまくいくかもしれない。

 稼いだ金もかなりの物だ。


 次で返済できるだろう。





 次で────────。



 次?

 次だって?


 で、

 出来ると思うかッ!?



 ……ベンとて馬鹿ではない。

 ビィトが狡猾にもドロップ品を隠していることに勘付けば、これからは対策をとってくるだろう。


 脱出前に完全に取り上げる事や、単純に命令してもよい。


 全てのドロップ品を拾って渡せと言うだけでいいのだ。無茶な命令は契約に抵触する可能性はあるが、表現をソフトにすればやりようはあるだろう。

 腐っても奴隷使いだ。

 いくらでも裏のやり方があると熟知しているだろう。



 金貨8枚、銀貨168枚、銅貨51枚……………。


 あと銀貨で32枚足りないッ!




 くそぉ!!!!!




「へへっへ。分かったら大人しくそこにいろ……ビビらせやがって」


 ベンにはそう簡単にビィトを手放す気はないのだろう。

 オマケでエミリィがくっ付いてくるのだ。

 お得感というやつか。


 ニチャあ~と笑い、ビィトを押し退けると自分の分の手続きをしようとビィトが運んできたドロップ品やら素材を換金しようとテリスに話しかける。


「よう姉ちゃん──」

「お待ちください。まだ終わっておりませんので、」


「……あん!?」


 手で制されると、イラっとした顔でテリスを睨むベン。

 しかし、流石に受付嬢。全く意にも介さず──、





「こちら、遺骨及び遺品の回収、その報酬です」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る