第18話:新年(1)

 正装を作ったり、色々必要な立ち回りを覚えたりリハーサルをすること約一ヶ月。

 遂に新年を迎えることが出来た。


「新年おめでとう、レオン」

「おめでとうございます、父上、母上、兄上、姉上。今年もよろしくお願いします」


 王城内、公宮にて。

 俺は家族と新年の挨拶を交わす。

 どの世界でもやはり新年はおめでたいのである。


 ちなみに現在、午前6時くらいです。

 本音眠いのだが、この後公家から王家への挨拶、そして大聖堂での新年のミサが行われるのだ。

 その後、遂に「新年の儀」が行われる。


 事実、この一ヶ月は忙しかった。

 正装選びはいいとして、やはり立ち回りがかなり細かい。

 マシューが家からきて、手解きをしてくれなかったらと思うと……


 まあ、マリア叔母様は嫌がっていたが。


「流石に今日は、ファティマが現れることはないか……」


 エリーナ付きのメイドなのに、ちょくちょく家に現れる彼女も流石に今日は弁えているようだ。

 流石に今日まで家にいたら叩き出すわ。


 準備している正装は「新年の儀」で使うので、普段宮殿を動く際に着ている服装に着替えて、準備を整える。


 揃ったところで馬車に乗り込み、騎士を引き連れて数分と掛からない王宮に移動する。

 家の騎士もそうだが、普段より少し豪華な鎧や飾りを付けた騎士が出迎えてくれる。


 こういう儀礼的な行事がある際は、王宮の近衛騎士たちは王家の紋章が描かれたカイトシールドを持っている。

 公家の騎士は、公家の紋章の入ったカイトシールドである。


 王宮に入ると、正面に階段があり、その上には大きな扉が設けられている。

 エントランスから階段に向かって歩き始めると、同じタイミングで、正面の扉が開き、よく知る面々が姿を現す。

 俺たちはそのまま階段を上がり、途中の踊り場で止まる。


 すると父上が一歩前に出て、頭を垂れる。

 それに合わせて、自分たちも同じように頭を垂れるのだ。


「国王陛下、新年おめでとうございます。陛下の治世に今年も幸多からんことをお祈り申し上げます」

「うむ、ライプニッツ公爵よ。新年おめでとう。皆もよく来てくれたな」


 そう言って、国王陛下である叔父上が笑いかけてくる。

 実は、この階段での挨拶も一つの儀式である。


 新年の始め、必ず公家がどの貴族よりも先に陛下に対して礼をとる。

 そうするのは、王族といえども立場が違うことと、国への忠誠を示すためである。

 そんな理由から、新年早々朝早くから王宮を訪ねることになるのだが。


 以降、訪れる貴族が陛下に挨拶出来るようになる。

 ちなみに普通の貴族であれば、エントランスで跪く挨拶になる。


「さて」


 ウィル叔父上がそういって一区切り付けると、こちらに手招きしてくる。


「朝食にしよう」

「喜んでご相伴します」


 皆で階段を上がり、「大地の間」に移動してからの朝食である。

 基本的に、新年だからこれを食べるという仕来りはないが、普段よりも作り込まれた朝食であり、目でも美味しいものに仕上がっている。


 朝食を終え、少し食休みをしながら皆で会話していると、パウルスが叔父上に紅茶の入ったカップを差し出しながら今後の予定を教えてくれた。


「陛下、次は大聖堂へ向かいますので、そろそろご準備をいたします」

「そうだな……そんな時間か。準備は大丈夫か?」


 これから大聖堂でのミサである。

 この時は、普段と異なる白い法衣のようなものを着用する。

 ミサには王族だけでなく、他の貴族も同席する。

 既にこの段階から「新年の儀」は始まっているのだ。


 とはいえ、同じ場所ではなく離れた場所で見守る事になるので、俺やエリーナ、アレクのお披露目はやはり宮殿での「新年の儀」でのことになる。



 * * *


 ミサの前半が終了し、一旦退出して控え室に入った。

 ……え、前半の詳細を知りたいって?

 いや、話したくても、本当に何もなかったんだよ。

 誰か飛び込んでくる訳でもなくつつがなく終わったからね。大体、一時間ほど話を聞いているだけだったからさ。


「……それにしては、疲れたな」

「そうですわね……寝ないようにするので精一杯でしたわ」

「ねむぃ……」


 アレクは船を漕いでしまっている。

 流石に五歳の子供が、一時間もミサで話を聞くというのはきついかもな。

 だが、本番はこれからだ。


 後半の部分で、王族は皆で礼拝を行う。

 この仕来りは、王族がセプティア聖教の信徒であることを示すもの。

 いわばパフォーマンスなのだ。


「とは言っても、これから礼拝だからな。ちゃんと起きておけよアレク」

「うん……」


 駄目だこりゃ。仕方が無いので、アレクの母であるマリア様にお願いし、少しアレクを休ませてもらう。

 その間に、念のため礼拝の手順を復習っておく。


 手順としては基本的に、跪き、祈り、捧げ物をして、また祈り、礼をして終わりだ。

 しかし、所作の美しさが見られるものであるため、かなり気を遣う。

 勿論、普通の五歳であれば親と共に辿々しくも終わらせて、皆がほっこりするというものだろう。


 だが、俺とエリーナはそんなつもりが全くない。

 二人で流れを確認しながら、身体の位置、座り方手の上げる高さなどを入念にチェックしていく。


「(……ベルト、これって結構覚えるの面倒だったと思うんだけど)」

「(奇遇だなハリー。俺もだ)」

「(今更よね)」「(全くうちの弟は……)」


 後ろで兄たちが何か小声で喋っているが、あいにく小さいので聞こえない。

 しばらくエリーナとチェックした後、時間が近づいてきたので椅子に戻る。


 それから数分で、一人の司祭と思われる人物が入ってきて、時間を知らせる。

 すぐに叔父上や父上たちそれぞれの両親が動き始めるので、俺たち子供勢も動き出す。


 アレクの目はどうにか覚めたのか、少なくとも船は漕いでいない。


「さ、いくぞアレク。マリア様から離れるなよ」

「う、うん……」


 何故か起きた頃は俺の服の裾を掴んでいたので、起こすのが俺の役目だった。納得いかん。


 * * *


 大聖堂の祭壇の前に王族が揃うと、祭壇の隣に立っていた大司教と思わしき男性が前に出て礼をする。

 それに叔父上が頷くように返礼をすると、大司教も祭壇に向き直る。


 そのタイミングで、皆跪いて両手を胸の前で組むのだ。


「おお、我らの神々、七柱神よ。ここに集いし者の声を聞き給え……我らの信仰せし貴き神々よ……汝により王冠を賜った王族の言葉を——」

「我らこの世界に生まれ落ちた時より汝の僕、忠実なる信徒なり。我らが命を賜りしは——」


 最初は大司教が祈祷を始めた。

 途中からそれを引き継ぐ形で、叔父上が、父上が、叔母上たちが、母上が祈祷を紡ぐ。

 順序は、男性から女性の順で大人のみが行う。


 さて、俺はエリーナの横で手を組みながら、かつて転生の時と魔法適性を調べた際に現れた七柱神に向かって心の中で祈る。


(どうか、この声を聞いて下さい。私の行くべき道筋を——)

「ほっほっほ、無論聞いておるよ」


 突然、間近で聞こえた声に弾かれたように顔を上げてしまった。

 儀式中に失敗した……と思っていたが、見回すとどうも雰囲気が違う。


 真っ白な空間で、どこまでも近く、どこまでも遠くに感じる世界。

 その真ん中には、円卓のようなものが見えており、その周りを囲むように椅子に座る人型の存在が認識できる。


 その真ん中、最も年齢を重ねたように見える老人が、こちらを見て笑顔で口を開く。


「やあ、儂じゃよ!」

「いや、どちら様ですか」


 そう反射で突っ込んでしまったが、本音俺はなんとなくこの場所を理解出来ていた。

 これまで二度・・、同じ感覚を覚えたことがあるからだ。


 つまりこの目の前の老人は……


「だから儂じゃって……セロウスじゃよ」

「いや、セロウス様はまだ彼に認識されていないだろう。私のことは分かるか?」


 こ、この声は!

 やたら渋くて、某蛇の中の人みたいな声!


「セグントス様ですね」

「その通り。今回はきちんと見えているようだな」


 あ、確かに。

 前回までは何も見えずだったから……


「それはきっと、以前よりも精神が強くなったからだわ♪ 彼、しっかり魔法の訓練もしてくれているし♪ おねーさん、嬉しいわ!」


 とても明るく、どこかお茶目な感じを覚えるのは……テルセラ様だったか?

 とにかく、これまで見えなかった七柱神が見えるというのは嬉しいことだな。


「お初にお目にかかります、神様。レオンハルト・フォン・ライプニッツです。この度は……」

「おお、おお。よく出来た子じゃ。だがまずはこちらまで来い。隣の娘と共にな……」


 隣の娘?

 気になって横を見る。と、そこには驚いた表情のエリーナがいた。


「エ、エリーナ!?」

「レ、レオン……今……神って」


 ちょっと目がグルグルした状態のエリーナ。

 自分の置かれている状況に驚きが強すぎたらしい。


 すると、ちょうどセロウス様の横にいた、品の良いお婆さんといった雰囲気の一柱がエリーナの前に現れてエリーナに触れる。


「ほら、心配は要らないわ。貴女も来るべくして来たのだから。さあ、こちらに……」

「は、はいですの……」


 エリーナが立ち直ったのを見て、俺も共に神々の円卓に近付く。

 すると、どこからともなく椅子が現れた。


「ほれ、それに座りなさい。今回は色々話すことがあるのでな」

「はい、失礼いたします」


 そう言って、目の前の老人——セロウス様が笑いながら声を掛けて下さる。

 その言葉に従って、礼を述べてから二人とも椅子に座ると、セロウス様の右側にいた中年くらいの男性——セグントス様から声が掛かる。


「さて……セロウス様が二人を呼んだ理由、それをまず説明しよう」

「はい」


 いや、セロウス様が説明すれば良いのでは?

 そう思ったが、基本的に説明役はセグントス様らしい。


「その前に、まず君たちに聞こう。君たちは洗礼をどんなものと考えているかね?」

「洗礼ですか?」


 洗礼といえば、この世界の誰もが十歳になると教会で受けられるものだ。

 そうすることで、ステータスを見ることが出来るようになり、自分の適性を知ることが出来る。


「そうですね……自分のステータスが閲覧できるようになり、自分の適性に沿って将来を決める指針になる、と聞いています」

「そうか。君はどうだお嬢さん?」

「レオンが言った通りだと思っていますわ。あえて言うならば、ステータスは伸ばすことも出来るということでしょうか? それに、様々な行動により称号も与えられる……と聞いていますわ」


 確かにステータスには称号というものが存在するらしい。

 それはその人の立場、これまでに成し遂げたことなどを知ることが出来る最も簡単な方法と言っても良い。


「なるほど……では、洗礼はどのように行われるかは?」

「確かそれは教会で司祭が儀式を行うと」

「その通り。では、その儀式では一体何をしていると思う?」


 何だろう。やたら質問されるが、セグントス様は何が言いたいのだろうか?


「洗礼の文言を祭壇の前で唱えることで出来ると……」

「よく勉強しているな。さあ、ここからが本題だ」


 導入長いよ。

 とはいえここから本題と言われたことで、俺もエリーナも気を引き締めて姿勢を正した。


「実は、洗礼を祭壇で行うのには理由がある。それは、あの祭壇がステータスを見るためのスキル――いや、『魔術』を与える場所であり、道具だからだ」

「なっ……」


 ステータスを見る「魔術」だって?

 しかも、祭壇というのがその術を与えるための道具だったなんて。

 もしこんな話が知られたら、大問題になるのではなかろうか。


「そう心配するな。聖教の上層部には教えている。そうしなければ祭壇が作れないだろう?」


 心を読まれたようだ。

 だが、確かにその通りである。祭壇が道具――魔導具というならば、その作り方が伝わっていなければ祭壇は作る事が出来ない。つまり新しい教会が建てられない事になってしまう。

 しかし実際には教会は至る所に建っており、新しく建てられる場合だってあるのだ。


「そして十歳という制限も、あくまで精神と術への親和性……つまりどれだけ精神が成熟しており、そして魔力を制御できるかということだが、それを得るための時間が必要という理由から設けている」

「つまり……十分魔力制御が出来れば十歳以下でも洗礼を受けられるということですか?」

「条件を満たせば、だな」

 

 であれば、魔法制御に慣れているエリーナや俺であればどうなのだろう。

 ステータスを見ても問題ないのではなかろうか?


「でしたら……レオンや私のように、幼い頃から魔法に慣れ親しんでいれば、ステータスを見ても問題ないですの?」

「そうね……二人は精神的にも生憎子供とは言えないでしょうからね……」


 俺が聞く前にエリーナが尋ねた。

 それに対して、先ほどの品の良い老婦人……神が微笑みながら答えてくれた。


「プリメア様の言うとおりだ。――そのような訳で、二人には洗礼を受けてもらう。今ここでな」


 何ですと?

 いや、確かにそれを望んだのは事実だ。

 折角だから、ステータスを見られるようになりたいと思った。

 だが、まさかここでとは……大体、祭壇ないんだが。


「心配するな。結局は我々の術だ。授けることなど容易い」


 ああ、確かに。

 神代の術であれば、当然セグントス様を含め皆使ったり、授けたりは朝飯前だろう。

 ちょっと自分の考えが回らなかったことに悔しさを覚えてしまうな。


「さて、洗礼らしい方が良いかね? それともこのまま授けるだけにするかね?」


 うーん、俺は別に座ったまま授けてもらっても構わないが、エリーナの意見を優先してあげたいな。


「エリーナはどう? 折角ならちゃんとした形を取った方が良いかな?」

「そうですわね……折角神様たちの前なのですから、是非」


 二人で頷くと、それを見た神々皆が優しく微笑んでくださった。

 すぐに円卓が目の前から消え、セロウス様が一歩前に出る。


 それに合わせて、俺とエリーナは跪いた。


「レオンハルト・フォン・ライプニッツ。そして、エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリアよ。七柱神の名の下に汝らに洗礼を授ける。汝らは世界の子、我らの使徒なり。故に、汝らを祝福せん。古の誓約に基づき、ここに我ら宣言す。異存あるや?」


 厳かにセロウス様が祝詞を謳い上げる。

 ん? 使徒って何だ? 古の誓約って?

 少し祝詞の内容に不思議を覚えながらも、セロウス様の最後の問いかけに対して応える。


「「我、誓うが故にここに在り」」

「では、その誓いを認め、ここに洗礼を授ける――さ、目を開けてよいぞ」


 その最後のセロウス様の言葉と共に、身体に対して何かを撃ち込まれた感覚を覚える。

 多分今の感覚が、ステータスの術を与えられた感覚なのだろう。


 セロウス様に促されて目を開けると、周りの七柱神が拍手をして喜んでくれた。

 なんというか、親より先に神々に喜ばれるとは……


「さて、それでは【ステータス】と唱えるがいい。自分のステータスを見ることが出来る」


 セグントス様の言葉に促されて二人で唱えてみる。


「「【ステータス】」」


 すると、自分の目の前にプレートのようなものが浮かび上がった。


「おお……これがステータスか」

「初めて見ますの……」


 ちなみに俺はこんな感じで在る。


=====================================

名前:レオンハルト・フォン・ライプニッツ

性別・年齢:男 5歳

種族:人族

スキル:白属性、ワールドユーザ

称号:ライプニッツ家第二公子、転生者、七柱神の使徒

加護:七柱神の加護

《ステータス》

STR:E

INT魔力:C

DEX技巧:C

CON制御力:A

VIT防御力/体力:E+ 

MEN精神力/耐性:B

=====================================


 下の方に書かれているのが今の俺の体力や魔力である。

 所詮五歳なので、体力とかはこんなものだろう。というか、Eがどの程度なのかが分からんが。

 えらく高いのが、CON制御力MEN精神力/耐性である。


 スキルは……まあ、分かっていた。

 【白属性】ね。これは仕方ない。


 それよりも、【ワールドユーザ】って……なんとなく分かるけどさ。

 この「ユーザ」って書き方。「ユーザー」じゃない時点で、お察しである。

 多分これが俺のパソコンっぽい能力だな。


 そして、もっと気になるのが称号である。

 最初は良いとして、【転生者】が記載されているし、【七柱神の使徒】ってなんぞこれ?


 そんな事を考えていたら、エリーナも自分のステータスを見て驚いているようだ。

 口を開けたまま塞がらない状態である。


「……な、なんですの、これ?」


 一体どうした?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る