第10話:王都へ(強制)

『此度の件につき、ライプニッツ公爵家第二公子、レオンハルト・フォン・ライプニッツを王城へ召喚する——第45代イシュタリア王国国王 ウィルヘルム・アダマス・カッセル・イシュタリア』


 これは……王城からの手紙だ。

 それも、国王陛下直筆のサインが付いている。

 つまり、正式な召喚状だという事である。


「マシュー」

「何ですかな?」

「これは王城からの召喚状だ」

「でしょうな」


 流石は長年うちに仕える執事。

 状況的にこの手紙が召喚状であることは予想していたようだ。


「早めに正装を仕立てませんとな」

「そうだな……手配は任せて良いかい?」

「ええ、勿論ですとも」


 エクレシア・エトワールから、王城までは往復で半日ほど。

 夜の段階で恐らく早馬を出し、状況を報告していたのだろう。そうでなければここまで早い連絡は来ない。

 それだけ父が今回の件を重要視したのかもしれないが。


 さて、何度も言うようだが、この年齢で王城に召喚されるなど、通常はあり得ない。

 別に法律で決まってはいないが、慣例上十歳までは出ないのだ。


 まあ、今回は王城で状況説明などを求められる程度だろう。

 とにかく、父が戻ってきたら詳しく相談することにしよう。


 * * *


「父上、お帰りなさいませ」

「おお、レオンか。今日は早いのだな」

「ええ。今日は魔導具ギルドが臨時休業とするらしく、午後には戻っていました」

「そうか……ならば、例の手紙は貰ったか?」

「ええ」


 やはり父は召喚状の件を知っているようだ。

 もしかすると、召喚自体が父の希望だったのかもしれないが。


 夕食後、父に呼ばれて執務室に向かう。


 ——コンコン


 部屋をノックする。


「父上」

「レオンか、入れ」

「失礼します」


 部屋に入ると、父がソファーに座っている。


「まあ、座れ」

「はい」


 父の対面に座ると、父が今回の召喚の件について話してくれた。


「今回の召喚理由だが、基本はこのたびの事件の詳細な報告を、当事者から聞く必要があると宮殿が判断した……という表向きの理由からだ」

「宮殿ですか?」

「ああ。……うん? そうか、違いを話していなかったかな」


 実は「王城」と言う場合、これは王の住まい全体を指しており、「宮殿」というと、政務を行う場所と認識されるらしい。

 場所としての名前か、役割としての名前ということだろう。


「さて宮殿としては、今回の件で公子が巻き込まれたという状況を重く見ている。そしてその原因は、正式に公子として王家が認めていないことにあるのでは、との見方となった」

「しかし、今回の件としては外出中の内容ですし……偶然の不幸、という見方も出来るのでは?」

「まあ、そうだが………本音を言うとな。国王陛下が会いたがっている、というところだ」


 あ、そういう建前って言うことか。

 結局理由を付けて連れてこられないかと考えていたら、ちょうど事件の当事者だし良いタイミングだ、ということらしい。

 まあ、そうでも言わないと官僚が頷かないのだろう。


「さて、今回はうちの家族全員と、マシュー、ミリィが動く。それと、当事者として魔導具ギルドマスターのノエリアもだな」

「結構大所帯ですね」

「まあ、こういう機会でないと、あと5年は会えないからな」


 これに護衛の騎士団が付くわけだ。

 護衛騎士団の2個小隊が付く事になっているそうだ。


 話も特にこれ以上はないので、立ち上がりながら念のための確認をする。


「正装はマシューに頼んでいますが、何か他に必要な物はありますか?」

「うーん……そうだな、お前は剣も持ってこい。念のためだ」

「それは勿論」

「それとだ、出発は11月近くになる。だから年越しは王都で越すことになるからな」

「分かりました。では、お休みなさいませ」


 父の部屋を出て、自室に戻りながら考える。

 王都はどんなところだろう。

 王城はどんなところだろう。

 国王陛下はどんな人だろう。

 友達は出来るだろうか。


 そんな事を考えながら、僕は眠りについた。



 …………

「あ、思い出した。ストレージだ」


 何故か今になって、収納に関係しそうな単語を思い出すのであった。

 明日試してみよう。お休み。



 * * *



 11月。

 まだ冬には入らないが、秋にしては冷え始める季節。

 有り難いことにイシュタリア王国は四季があるのだ。

 色付く木々を見ながら、息を吐く。


「何たそがれてんのよ……」

「姉上」

「ほら、乗り込むわよ」


 姉のセルティに引っ張られ、馬車に連れ込まれる。

 どうもその様子を見られていたらしく、兄のハリーが笑っていた。


「いやー、セルティは最近レオンにべったりじゃない? お兄さんは寂しいよ」

「誰が寂しいのよ。大体レオンが構ってくれないのが悪いんだから」

「……それ、僕の責任ですか?」


 構っていないはずはないのだが。

 朝食だって隣同士。

 家にいる時は、一緒にダンスの訓練をしたり、場合によっては戦闘訓練の相手もする。

 流石に魔法だけは一緒に出来ないが。


 あれから俺は、【ストレージ】というコマンドを見つけ、制限はあるものの収納魔法として使っている。

 これは劣化しないという点で非常に便利だ。だが、テンプレ通り生き物は入れられない。

 それと容量だが、これはどうも魔力量が影響しているらしい。

 現状俺の魔力量は既に母に並び、更に増え続けている。

 そして増えれば増えるほど、入れられる容量が増えるのだ。


 他にも、自分のみだが【プロテクト】という防御魔法を習得できた。

 皮膚が硬質化し、魔法だろうが物理攻撃だろうが、魔力がある限り防ぐことが出来る。

 白属性は不遇属性だったはずだが、意外となんとかなっている。


 あとは【ショックブラスト】かな。

 白属性魔法である【ショック】を強化し、方向指定したものだ。

 【ショック】自体が波動を発生させ、空気振動による衝撃波を発生させているのでは? と考えた俺は、イメージの改善により範囲を限定、かつ距離を伸ばした上で破壊力を増すことが出来た。


 というより、衝撃波を集中させているので、破壊力は上がるわけだ。

 そのようなわけで俺は、近〜中距離攻撃が十分行えるようになったのである。


 ……なんて思い出していると、確かに時間が取れていない気がするな。

 もう少しゆっくり生きるべきだろうか。


「さ、そろそろ出発かしら?」

「いや、まだ魔導具ギルドのギルドマスターが来られていないらしいね」

「ああ、あの人ね……胸の大きくて、ハリーがチラチラ見てた」

「ぶっ!」


 あー……ハリー兄もそろそろ興味が出てくる頃か……


「兄上……男の子ですね、クールに見えるのに」

「レ、レオン! べ、別に俺は、そんな興味なんて………あ、なんか生暖かい目で見られてる?」

「ええ兄上。分かってます、分かってますから。……今度父上にお伝えしておきます」

「なんか性格悪くなっているよ、レオン!?」


 いや、こういう時でないと弄れないので。

 そんなアホみたいな話をしていたら、ノエリアさんがやってきたようだ。

 馬車から降りて出迎える。


「ノエリアさん」

「あらぁ、レオンくん〜」


 ぎゅ〜っ。

 最近会う度に抱きつかれている気がする。

 嬉しいし、良い匂いなんだが、窒息しそうになるんだよな。


「ノエリアさん、荷物はこっちですよ。さあ、乗ってください」

「ありがとぉ〜」


 そう言って同じ馬車に乗り込む。

 基本的にノエリアさんは平民なのだが、基本的にギルドマスターはそれなりの扱いを受ける。

 しかも母の友人であるから、個人的な移動で同じ馬車に乗ったからといって問題視はされない……らしい。

 勿論これが公式の場であればそんな事は出来ないが。


 さて、ノエリアさんは俺の横、正面に兄と姉が座っている。両親は一台前の馬車だ。

 しばらくすると、父のかけ声で馬車が動き出す。


「さあ、これから約6時間。馬車で王都までの旅ですね」

「そうねぇ〜」

「レオン、鼻の下伸ばさない!」

「痛い! 冤罪ですよ!」


 ノエリアさんがしなだれかかってくる。

 別に鼻の下を伸ばしていないのだが、正面のセルティ姉から脛を蹴られてしまった。

 それは隣のハリー兄にすべきだと思います。


「ノエリアさんのノエリアさんが……レオンに……つぶれてる……」

「姉上!」

「ふんっ!」

「痛い! はっ!?」


 よしよし。怪しい発言になり始めていたハリー兄にセルティ姉のチョップが入った。

 あんな姿、次期当主が見せるものじゃないよ。

 あれはどういうわけか、かなり痛いのだ。絶対魔法で何か強化していると思う。


「ほら、馬鹿なことしてないで、何か出しなさいよ」

「何が良いですか?」

「そりゃ、トランプよ!」


 トランプ。

 有名なカードゲームである。

 これは魔導具ギルドで暇な時に作ったもので、しなりのある木の薄い板で出来ている。

 いつもの4種のマークの各13枚と、「道化師」の模様を焼き印で付け、54枚のカードを作ったのだ。


 といってもまだ販売はせずに、うちと、魔導具ギルド内でのみ遊んでいる。

 いずれは販売したいが、あまり魔導具ギルドばかりに提供していると、色々問題だからな。


「はい、姉上」

「じゃあ、『道化師渡し』するわよ!」


 道化師渡し。

 簡単に言うと、「ババ抜き」である。

 だが、ババ抜きという名前が不評すぎて、変更を余儀なくされたのだ。


「ほらレオン、配りなさいよ」

「はいはい」


 この馬車は中が広く、中央にテーブルが置いてある。

 3人掛けのシートが二つと、従者用の席が二つ。

 この馬車にはミリィも乗り込んでいる。


 テーブルの上でカードを分けながら、皆で遊び始めた。


 * * *


「あーもう! 何で勝てないのよ!?」

「姉上は目線が露骨なんです」

「そうだよセルティ、もう少し腹芸も出来なきゃ。レオンなんて見てごらん、ブラフばっかりだよ?」

「なんか、人のことを悪く言わないでくれません?」


 セルティ姉はトランプが好きだが、道化師渡しババ抜きが本当に弱い。

 スピードみたいな反射神経がゲームは得意なんだけどな。


 ハリー兄は神経衰弱とかみたいに覚えるゲームとかが得意だ。

 あとは、大富豪とかも好きらしい。


「うーん、面白いわねぇ」


 そして意外に侮れないのはノエリアさんである。

 なんか、トップではないけど二番手で損もしないタイプ。

 麻雀とかさせたら強そうだ。


「そろそろお茶にしましょ。休憩休憩」

「ミリィ」

「はい、レオン様」


 基本的に色々な行動力に富む姉が皆を引っ張り、それを楽しむ兄と弟。

 うちの兄弟はこんな感じである。

 そういえば王家はどんな感じなのだろうか。


「兄上」

「何だい?」

「兄上は王都に行かれたのですよね?」

「ああ、あいにく婚約者は決定しなかったけどね」

「それはどうでも良いです。王家には同い年の王子王女は居られましたか?」

「どうでも良いって、お前……ああ、俺と同い年の第一王子、セルティと同い年の第一王女がいたかな。あと、確かレオンと同い年の王子と王女もいたと思うが、長い時間は会えなかったから……」


 同い年がいるのか。

 しかし、あまり話せなかったって、勿体ない。


「兄上は何をしていたんですか?」

「いや、父上に連れられて色々挨拶回りだよ。あと、女の子たちから話しかけられるんだけど、父上があっという間に別のところに連れて行くんだ」

「ああ、それはそうでしょうね……」

「まあ、理由は分かってたんだけどさ。俺だってモテたいじゃないか!」


 ハリー・フォン・ライプニッツ。十歳。

 魂の叫びである。


「兄上、どうせあと数年で、嫌でも婚約者は出来ます。逆に次期公爵になんとかして好かれようとか、側室でも良いからって、無理矢理押し込む馬鹿がいるんですから……今は平和に過ごしてください」

「なんか、レオンって年下なんだけど、その辺り達観してて俺より大人っぽいよね……」


 そんな感じで馬車に揺られる。


「何でぇ、そんなに大人っぽいのかしらねぇ?」

「ノエリアさん、それは秘密ですよ」

「ざぁんねん……」


 ノエリアさんがわざと俺の肩に頭を載せてくる。

 いや、ノエリアさん。それはもう少し大人相手にするべきだと思います。

 ここに母がいないのが救いである。本当に。


「そういえばぁ、このトランプどうするのぉ?」


 ノエリアさんはこのトランプを売らないのか聞いてきた。


「そうですね……はっきり言ってこれ、魔導具ではないですし、娯楽品ですからね……」

「魔導具ギルドとしてはぁ、うちで作りたいけどぉ……あんまりやり過ぎてもねぇ……」

「ただでさえ今回の件で目立ちますからね……」


 今回の件で王都にあるギルド本部は大騒ぎだそうだ。

 魔導具ギルドとしては、新製品発売による利益の恩恵を得られるので、そこまでやっかみとか嫉妬の対象にはならなかったが、道具ギルド本部は複雑な表情だ。


 確かにエクレシア・エトワールの道具ギルド支部には手を焼いていた。

 開発意欲がないわ、値段は高くて宮殿に睨まれるわで、どうしようかと思っていたところだったらしい。


 だが、よりによって魔導具ギルドに出入りしている人物によって強制的に解決されてしまった。

 しかも、魔導具ギルドの新製品のせいで道具ギルドの評判が下がってしまっている。

 そのため利益も右下がりなのだ。


 だからといって、成り立ちからして魔導具ギルドに頭は下げたくない。

 そんな大人たちの思惑とか柵で、混沌としているのだ。


「僕としては、道具ギルドと協力してマジックポットを作りたいんですけどね……」

「あらぁ、そうなのねぇ。ならぁ、ポット自体は道具ギルドで作ってぇ、真空引きをうちでやるっていうことかしらぁ?」

「そういうことです」

「う〜ん、王都のお爺ちゃんたち次第ねぇ」


 中々簡単にはいかないものだな……

 そんな事を考えていると、王都が見えてきた。


 エクレシア・エトワールより更に大きく、立派な城壁。

 中央にそびえ立つ、王城の尖塔。

 そして、門に向かう長蛇の列。


「あらぁ、見えてきたわねぇ——あれがぁ、王都『ベラ・ヴィネストリア』よぉ」



 * * *


 王都「ベラ・ヴィネストリア」。

 イシュタリア王国最大の都市であり、王国すべての中心でもある都市。


 立地的に高所にあるため、攻め込まれにくいというメリットもあるらしい。

 しかも、都市を囲む城壁は古代のアーティファクトと呼ばれる特別な魔導具でもあり、より強固な防御性能を誇る。


 そして多種多様な人々が集い、日々を過ごし、商売をし、生活を楽しむ。

 これは、他の国では見られないイシュタリアの特徴でもある。


 さて、今から向かう王城は、「セイント・ドラグニール城」と呼ばれ、白く美しい荘厳な姿を見せている。


王城周辺は貴族街となっており、貴族たちの王都邸や一見さんお断りの高級店などが連なっており、その一角に、セプティア聖教の大聖堂が存在する……


 と、いうことらしい。

 いや、俺は来たことがないから、あくまで書物の知識である。


「これはこれは……」


 つい言葉と共に溜息が出る。


「ははは、そういう顔は子供らしいな、レオン」

「ええ……流石にこの規模は驚きました」


 兄の言葉に同意する。

 ここからは見えない門に向かう大勢の人々。

 まだ入ってすらいないのに、これほどの人がいることに驚いた。


 王都には二つの門が存在する。

 一般用の「水簾すいれん門」と貴族専用の「星樹せいじゅ門」だ。


 この列の人々は皆が水簾門に向かう。

 対して俺たちは、星樹門へ向かう。

 エクレシア・エトワールからは星樹門の方が近く、ほぼ逆の側に水簾門が存在している。


「星樹門って、初めてだわぁ〜」

「凄く大きくて、立派ですね」


 お上りさんみたいになっているが、ノエリアさんは星樹門から入るのは初めてだし、俺に至っては王都自体が初めてだ。

 興奮しても仕方ないと思う。


 馬車はそのまま門まで進み、門を守る衛兵の手前で止まった。

 公爵家の紋章の入った馬車を見るなり、衛兵達が敬礼をしつつ、声をかけてくる。


「恐れながら、ライプニッツ公爵家の馬車とお見受けします。貴族章のご提示をお願いいたします」


 一人の衛兵が声を掛けてくる。


「王国騎士団、ガイン・フォン・オルセンだ。……これを」


 両親の馬車の横に付いてたガインが、6cm位のメダルに飾り紐の付いたものを取り出し、衛兵に渡す。

 衛兵がそれを確認すると、もう一人横に立っていた衛兵も同じように確認する。


「ありがとうございます。どうぞお通りください」


 そう言って、衛兵達は再度敬礼の姿勢をとった。

 そのまま馬車は王都を進んでいく。


 初めて見る王都。

 俺にとっては、転生して初めての旅行である。




「さあ、どんな出会いが待っているんでしょうかね……」

「親族である王家に会いに来たんだろう?」

「……兄上、無粋です」

「解せぬ…………」

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