第36話「デジャビュ」

 一日の終わりとしては、


『特になにもない。すばらしい一日だった』


 そう締めくくられるのがベストなんだけど、その日は違った。


 朝からお昼にかけて、ほんと何にもなかった。

 事務所で待機しているだけ。

 あとはトレーニングルームでずっと走っていた。

 ルームランナーで汗を流した後は、お昼。

 大量のパスタを平らげたあと、7日後に小学校でやるイベントの打ち合わせ。

 それが済んだら、文鳥さんと今後の予定や私の活動方針について話し合う。

 とはいえ、まじめにやるのは最初の10分だけだ。

 あとは、流行りのソーシャルゲームについて話していた。

 ミーティングスペースで、ガチャがどうとか文鳥さんと話している途中だった。


 文鳥さん急に話を切って、こんなことを預言した。


「そろそろ、サイレンがなると思います。会議室に集められて恐ろしいことを聞かされるかもしれません。ですから、古部さん。覚悟しといてください」


 文鳥さんの預言は結構当たる。

 100パーセントというわけじゃないけど、言ったことがほぼ起こる。

 だから、私は預言と言っている。

 預言してから5分後、ジリリリリ……とけたたましく緊急アラートが鳴る。すぐに会議室に行かなくちゃならない。

 でも、その前にひとつ、文鳥さんに聞いておかなきゃならないことがある。


「文鳥さん。どうして未来のことがわかるの?」

「そうですね……」文鳥さんは唇を噛みしめると、「昔から起こることがわかるんですよ。人のピンチとかですね。そのことについて話をしたいのですが、今はそんな時じゃないですね。早く会議室に行ってください」


 返事をしたあと、私は急いで会議室へと向かう。

 廊下を走り、階段を2階登って部屋に入ると父さんや他のヒーローたちが険しい顔をしていた。

 ヒーローたちの厳しい表情は、部屋の中央にあるテレビに向いていた。


『現在……市で大規模な火災が起こっております。原因は依然としては不明ですが、引続き調査を試みる予定であります』


 テレビの向こう側では、何もかもが燃えていた。

 朱色の光に包まれ、もくもくと煙を巻いていた。それに消防隊員が立ち向かっているというヒロイックな画だった。

 ここで何人もの人たちは助けを求めているのだろうか?

 そう考えると、いてもたってもいられなくなる。

 早くここに行かなきゃ。行って、困っている人たちを助けなきゃ。


「緋色、隣のZ市で大火災だ」


 父さんがやってきた。


「そうだね。みんなは……みんな助けなきゃ」

「そうだな。助けなきゃいかん」


 なんだろう?

 父さんの様子が変だ。

 いつもとは違い、動揺しているというか、落ち着きがない。自分の鼻ばかり触ってそわそわしているように見える。


「どうしたの?」

「ん?そうだな。おかしいなと思っているんだよ。あ?おかしいというか、嫌な予感がしている」

「どういうこと?」

「あんだけの火事を起こせるヒーローがあそこに住んでいるんだ。しかも3人」

「3人も? 名前は?」

「ひと月ほど前にお前が戦ったA級ヒーローだ」


 まさか。

 いや、でも穂村さんはそんなことをする人じゃあない。


「違うよ、父さん。穂村さんはそんなことをする人じゃない」


 白焔さんじゃあない。

 きっとシルバーサンだ。

 じゃなかったらゴールドルナがやったんじゃあないかな。穂村さん、おかあさんが浮気しているってこと、知っていたみたいだし。


「ヒーローだからな。そうだな。そんな事はしないよな」父さんは腕を組むと、「でも、ヒーローとはいえ人間だ。完璧じゃないんだよ。魔が差してしまうことだってあるんだ」

「疑っているの?」

「この可能性の一つとして、考えている」


 可能性のって……疑っているんだ。

 父さんは疑っているけど、私は信じている。穂村さんはそんなことをしないって。

 街を燃やしたのは別のヴィランだ。きっと悪い人たちに違いない。絶対にデスフレアのヴィランだと思う。



 心の中で否定をしていたら、所長が入ってきた。

 汗だくでゼイゼイ言っている。

 息を整えると、私たちに語りかけた。


「みなさん、急に集まってもらってすみません。ブリーフィングはじめます。先ほど、わずかながらも情報が集まりました。今見てもらっている大火災はデスフレアの仕業です。声明がありました」


 デスフレアがやったんだ。

 所長はさらに続ける。


「ブレイブ・フィスト、君のことをつけ狙うスーパーヴィランのシニスター・ザ・マグナム・パンチの姿が確認された。それとメッセージまで送って来ている。君への熱烈な挑戦メッセージだ。読み上げると?”今度こそ、お前をぶち殺してやる”とのことだ。何やるかわからない敵だ。ショックウェーブ君も気をつけたまえ。救助活動は細心の注意を払うように」



 私たちに視線が向く。


 父さんがなかなかヒーロー事務所に就けなかったのは、このたちの悪いヴィランのせいだ。

 このヴィラン『シニスター・ザ・マグナム・パンチ』は非常にたちが悪い。

 このヴィランが戦う目的は父さんだ。

 父さんに勝つために、戦っている。

 いとわない人なので、いろんな人たちは迷惑こうむっている。この男のせいで私たちの家族はバラバラになっちゃったし、いろんな人が悲しい思いをしてきた。

 そのせいで、父さんは孤独だった。

 父さんと一緒にいたら、シニスター・ザ・マグナム・パンチに殺されるかもしれない。そう思ったみんなは父さんから距離を置くようになった。再就職することができず、個人事務所を開こうにも人が集まらなかった。しかたがないので、ずっとボランティアでヒーロー活動をするしかなかった。


「ブレイブ・フィスト、シニスター・ザ・マグナム・パンチとの因縁を終わらせてきてくれ。あいつにわからせてやってくれ、戦うのは無駄だということをね」

「……わかった」


 父さんは深く頷いた。


「他のヒーローは、救助活動。あーでも、今、もうひとり未確認のスーパーヴィランが出現していて、サードアイの白焔が対処しているとのことです」


 えっ、白焔さんが。


「ただ、このヴィラン。シルバーサンとゴールドルナを戦闘不能に追い込みました」


 ウソでしょ?

 そんな……そんな。穂村さんのご両親が。今、どんな状態なのだろうか?


「2人は無事でしょうか?」


 私が思ったことを誰かが聞いた。


「問い合わせたところ、病院に収容されたようですが、回復の兆しはないとのことでした。手を尽くしているようですが、いや、もう本当に……全身まっ黒こげの炭だったんで……いないと思ってください」


 いないと思ってくださいと。しどろもどろに。

 つまりそれは……死んだということだろう。


「S級ヒーロー2人を倒した相手です、気をつけてください。会敵したら、ただちにすぐに逃げてください。逃げなかったら殺されますので……」


 改めて殺されると聞いて、背筋が凍った。

 それでも私達はやらなきちゃいけない。

 みんなを守るために、助けるためにここにいる。

 燃え盛るZ市に行かなくちゃいけないという使命感のおかげで立っていられた。足元は震えていたけれども。

 やらなきゃ。救けなきゃ。

 救助を待つ人たちの元へ行かなくちゃ。


「これで解散です」所長は手を叩くと、「現場は本当に気をつけてください。なにが起こるかわからない状態なんで。逐一、情報報告をお願いします」


 所長がブリーフィングの終わりを告げると、この場にいる30数名のヒーローらはZ市へと向かう。まるで蜘蛛の子を散らすように、事務所から飛び出していった。

 私はその一員に混じり、Z市へと向かった。

 向かおうとした時、


「緋色!」父さんは私を呼び止めると、「あってほしくはないが――ひょっとしたら、そっちにシニスター・ザ・マグナムパンチがいるかもしれない。お前に教えられることは教えたが、敵のほうが圧倒的に強い。会敵したら、すぐに連絡を入れろ。……絶対に助けに行く。俺が行くまで何とか、持ちこたえてくれ」

「うん、わかった」

「それと、ガスマスクは絶対につけろよ。今から向かうところは、火の海だ。お前の仕事は他のヒーローを支援することと、この人災の被災者を助けることだ。お前にできることをちゃんとやれ。どんな仕事でもな。無謀なことは絶対にするなよ」


 どこかで聞いたことがあるような言葉。

 どこでかはわからないけど、


「わかった。精いっぱいやるね。父さんも気を付けてね」

「あぁ、とにかく俺は白焔を助けに行くよ」


 それから、私たちは燃え盛るZ市へと向かうのであった。

 行く途中、ずっと孤独に戦っている穂村さんのことが気になって仕方がなかったよ。

 現場に着いたらすぐ、助けに行きたかった。

 けど、父さんの言葉がつっかえて、胸の中を引っ掻き回していた。

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