第35話「穂村さんのこと」


 ……悪夢を見てしまった。


 暖かい布団が、寝汗でぐっしょり。気持ちが悪い。

 右を向いて今の時間を確認する。

 枕もとのデジタル時計は――部屋が暗くてわからないや。

 てっぺんについている長細いボタンを押して、文字盤を発光させる。「02:30」という文字がぼぅっと青い光とともに浮かんだ。

 ぞくっとした。

 丑の刻とはおそろしや。

 起きた時間が時間だから、変な夢を見ちゃったよ。

 でも、夢の内容は覚えていない。

 とにかく目が冴えてしまった。起きた時間がよろしくないので、怖くて眠ることができない。まいったよ。

 そっと体を起こすと部屋の電気をつけた。

 部屋がぱっと明るくなった後、私のスマフォが震える。上の方がピカピカ点滅して、何かが来たことを伝えていた。

 スマフォを手に取り、画面を見てみると――。


「あっ、穂村さんだ」


 穂村さんと模擬戦闘を行い、1ヶ月。

 事務所の裏手にイチョウの木が何本か植えてあるんだけど、もうすっかり緑色から黄色に変わっちゃった。紅葉狩りの季節になってしまった。

 引継ぎが終わり、大嶽さんから文鳥さんにマネージャーが代わり、私のマネージャーをするようになってから3週間が経過。

 大嶽さんの手を離れ、アイドルヒーローを捨てて、完全にヒーロー1本でやっている。

 主な仕事は、事務所主催のチャリティイベントの裏方をしたり、デスフレアのちっちゃいアジトを壊滅させたりしている。あとは、ベテランヒーローの後方支援や援護などかな。

 非常に充実した日々を過ごしている。

 また、文鳥さんを経由してだけど、穂村さんとメル友になった。

 文鳥さんいわく、


「知っていると思いますけど、穂村さんのお父さんがかなりヤバイんですよね。そのせいか、あの人は友達がいなくって……できれば、その、古部さん、あの人の友達になってもらってもいいですか?」


 いいもなにもない。もちろんだと、二つ返事を返した。

 恥ずかしながら、私も友達がいないので。

 その理由はおいおいとして、穂村さんとのメールは親に内緒でこそこそやっている。


「えぇっと――最近、紅葉がきれいですね。できれば一緒に紅葉狩りでもと言いたいのですが、父がいるから無理ですね。ごめんなさい」


 口に出してみる、穂村さんとのメール。

 返信はこんな感じにしようか。


『そうですね、紅葉がきれいな時期になりましたね。事務所の裏手に植えられているイチョウの葉っぱが黄色くなりました。そろそろ、コートが欠かせなくなる時期になりましたね。風邪をひかないようにお互い、気を付けましょう』



 ――と、これでいいかな?


 お互いに父親が過保護というか。

 やっぱり親がさ、ヒーローをやっているからこそかな? 

 価値観というか、話が合う。

 話をすれば、ものすっごく盛り上がると思うけどできない。

 SNSはあるけど、週1でチェックされるらしい。誰と誰に連絡したのかとか。

 鍵はかけられないそうだ。

 かけていたら、殴ってくるらしい。

 もう20になったんだから、普通は放置されると思うんだけど、過干渉だからキツいって漏らしていたなぁ。

 そろそろ家を出て、好きなことをやりたいって言っていた。

 でも、給料を取り上げられているからできないそうだ。

 月に5000円しかもらえないようで、それでなんとかやりくりしているんだって。お父さんは、完全に逃げられないようにしているみたいだ。

 穂村さんのお母さんはというと、穂村さんのことを放置してどこかにでかけている。


 聞くに堪えない。そんな状況に穂村さんはいた。

 力になると言ったけど、穂村さんは私に愚痴を聞いてもらうだけでいいらしい。

 こちらとしては動きたいんだけどね。穂村さん、今のままじゃ危うい。そんな気がしているので。

 10歳の頃から、今の生活をしてきているらしい。

 お父さんにコントロールされる生活ね。それまでは、そんなことはなかったらしいけど。

 でも今は折檻されているらしい。

 シルバーサンが穂村さんにやっていることは虐待だよなぁ……。

 絶対に許されることじゃあない。こちらで証拠を集めたほうがいい。今は静観するとして、証拠を出したらすぐに警察が踏み込めるように準備を進めよう。穂村さんが、今の状況を何とかしたいって言うなら。

 向こうがどう思っているかはわからないけど、友達だからね。失いたくない。

 文通しているメールには虐待の実情がびっしりと書き込まれている。絶対に削除はできない。証拠になるからね。


 なかでも気になっているのが、穂村さんの妹の存在だ。

 名前は穂村速女さんっていうらしい。


 穂村さんとは違って、異能が発露しなかったそうだ。

 それゆえ、シルバーサンから酷い折檻を受けてきたとか。

 幼少の頃から、酷い目にあわされ続け、速女さんは逃げ出した。やっぱり周りの大人も彼女たちを救おうとした。児童相談所の訪問を何度も受けたらしい。でも、シルバーサンは巧みにかわしてしまった。

 家出していなくなったって聞いた。

 助けたかったけど、怖くってできなかったらしい。影で妹さんを支えていた。家出のときは、なけなしのお金を渡したとか。

 ……シルバーサンというS級ヒーローは、本当にヒーローなのだろうか?

 穂村さんの話を聞いていたら、胸糞悪い。

 明日、父さんにシルバーサンのことを聞いてみるとしよう。今日は仕事で帰ってこられないので、明日の晩御飯の時に聞いてみるとしよう。


 眠ることができなかったので、朝までスマフォを触っていた。

 文鳥さんに勧められたゲームをしていたら、あっという間だ。気が付いたら朝がやってきていた。

 パンをかじりながら朝のニュースをチェックした後、服を着替えて出勤。

 鍵を閉めようとしたとき、思った以上に寒かったのでコートを取りに戻った。


 そういえば、お母さんは元気かな?

 このダッフルコート、お母さんからもらったものなんだよね。大嶽さんにダサいって言われるかもしれないけどさ。

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