第161話零と一の間の初恋2


「ぐじゅぐじゅ」


 家に帰った後も、お邪魔している秋子が、ぐじゅぐじゅと泣きながら、夕餉の準備をしていた。


 理由は言わずもがな。


 僕が、病院の美少女に、惚れたからだ。


 秋子には、天変地異にも等しい現実だろう。


 しかして、あまりに完成された美貌に、一目惚れした僕には、この恋心は止められなかった。


 勢い余って、


「僕と付き合ってください」


 などと言ってしまったのだから。


 三者三様に青天の霹靂だったろう。


 僕自身、自分の口から出た言葉に、戸惑っていた部分もある。


 ともあれ、


「ごめんなさい」


 が返事だった。


 つまりフラれたのだ。


 まぁいきなり告白されて、


「はい」


 と返事できる人間が、そう居るとは、思えないけど。


 それでも、僕は食い下がった。


「何で?」


 と。


「知ったこっちゃないから」


 それが、女子の返事だった。


「名前だけでも教えてくれない? 僕は土井春雉。こっちは紺青秋子」


「……志濃涼子」


 問われたから答えた。


 それ以上の感情を、見つけ出せなかった。


 黒真珠に例えられる瞳は、しかし淀みきっていたのである。


 綺麗ではあるけど、映す光が、深淵の底からの怨嗟のようだ。


 おそらくだけど、






「自身の命に絶望している」






 そんな瞳。


 僕には、見覚えがあった。


 アリス。


 死を身近に感じている人間特有の瞳だ。


 もっともアリスは、もう一人の自分と出会う事で、瞳に光を取り戻したんだけど。


 なにがしかの理由があるのだろう。


 だからといって、僕の心に咲いた恋心は、オーバーヒート。


 オーバーデビルだって倒してみせる!


 という冗談はともあれ、


「とりあえず涼子にアプローチしよう」


 と心に決めた。


 そして夕餉となる。


「…………」


「…………」


 カチャカチャ、と、食器の音が鳴る。


 僕らは、無言で夕餉を片付けた。


「ご馳走様でした」


「お粗末様でした」


 そして、


「秋子」


「何?」


「お茶」


「うん」


 梅こぶ茶を出してくれる秋子。


 視界モニタで、ニュースを見ながら、ダラダラしていると、


「雉ちゃん……」


 と気負いがちに、秋子が問うてくる。


「何でしょう?」


「雉ちゃんは志濃さんが好きなの?」


「うん」


 即答。


 またぐじゅぐじゅと泣く秋子。


「元から君に目は無いでしょ」


「あぅぅぅっ」


 どうしても泣くのね……。


「でもフラれたじゃん……」


「そうだね」


「私ならフラないよ……?」


「…………」


 そう言う問題でも無いような……。


「とりあえずこの恋は本物だ。一度や二度フラれたくらいじゃ諦めないよ僕は」


「そうなの?」


「そうなの」


 コックリと。


 またぐじゅぐじゅ泣き出す秋子。


「雉ちゃんは私を見捨てるの?」


「友情は無償だよ。永遠に友達さ」


「あうぅ」


 さめざめ泣く秋子だった。


 だから僕は、


「いい子いい子」


 と、秋子の頭を、撫でて慰める。


 慰めになっているかは、知らないけど。


 秋子は、いい子だ。


 気が利くし、お世話してくれる。


 子犬のような、愛らしさもある。


 顔立ちも整っていて、容姿だけなら十二分に綺麗な女子と言える。


 もっとも肉体の方が、ソレを盛大に裏切っているのだけど。


 神様も皮肉な事をする。


 もっとも、より皮肉なのは、僕の方だろうけど。


 何だかなぁ。


「袖擦り合うも……」


 とは言うけど、前世で僕は何をした?


 転生論者じゃ無いんだけど。

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