第156話パーフェクトコピー3


 そんなわけで、そんなことになった。


 公爵に連れられて、僕は屋敷を歩き回って、一つの個室に着いた。


 扉を開けると、年は僕とさほど変わらない一人の幼女が、目に付く。


 ただし、ほっそりとしていた。


 どこか……病的な雰囲気を持つ女の子である。


「あ、お爺様……」


 女の子が公爵を認めると、


「アリス。言われたとおりに連れてきたよ」


 公爵は女の子……アリスに僕を紹介した。


「ミスターパーフェクトコピー……春雉だ」


 そのミスターパーフェクトコピーって僕のことですか?


「ありがと」


 アリスは、目を細めて笑う。


 その感謝が、僕と公爵の、どちらに向けられてるかまではわからなかったけど。


「後は二人でお構いなく。春雉……どうか孫の話を聞いてやって欲しい」


「はあ」


 そうしろと仰るなら、そうしますがね。


「では」


 と、公爵は、部屋を出て行った。


 残されたのは、僕とアリス。


「どうもアリス様。僕は土井春雉って言います」


「知ってるよミスター……なんて呼べば良い?」


「どうにでも」


「じゃあウィータって呼んで良い?」


「ウィータ?」


「『命』って意味」


「まぁ構わないけど……」


 ガシガシと頭を掻く。


「聞くに、君が僕を呼んだの?」


「うん」


「何で?」


「命を与えてくれる人だ……って思ったから」


「アリス様に?」


「アリスで良いよ」


 でっか。


「アリス……もうすぐ死ぬの」


 いきなり強めのボディブローが来た。


「分かるの?」


「うん」


 アリスは、軽く言ってのける。


「テロメア欠損症候群。そんな病気……」


 テロメア欠損症候群。


 細胞の寿命を決めるテロメアに、不全をきたす先天的な病気らしい。


 アリスは、それを患っているとのこと。


 結論として、アリスは細胞分裂が絶望的で、それ故に長く生きられない、と云った。


「はあ」


 と僕。


 困惑するのも当然だ。


 僕は医者じゃない。


 少なくともテロメア欠損症候群を治す術を、僕は知らない。


「ウィータ?」


「何でしょう?」


「ウィータは、クオリアを持つ人工知能を構築できるんだよね」


「まぁ……そうだけど……」


 段々、言いたい事が、分かってきたね。


「ウィータの技術で、アリスのパーフェクトコピーを構築して欲しい」


 やっぱりか。


 パーフェクトコピー。


 即ち『完全なる偽物のアリス』を、人工知能として構築して欲しい……との要望だ。


 電子世界の存在は、今までクオリアを持っていた試しがない。


 僕は僕のチートのために、自身のパーフェクトコピーを創り出した。


 自我変数。


 そう呼ばれる数値が、人工知能の有機無機を決める。


 即ち、一般的な電子存在に自我変数を加えれば、ソレは自我を持つ。


「ま、旅は道連れか」


 諦めて、僕は、視界にイメージコンソールとイメージキーボードを展開する。


「アリスは脳の量コン化はしてる?」


「うん。データの開示にも躊躇いは無いよ?」


「そりゃ重畳。じゃあちょっとアクセスして見せて貰うよ?」


「いつでもどうぞ」


 言われて、僕はアリスの脳データをダウンロードする。


「なるほどね」


 カタカタ、と、イメージキーボードを打ち続ける。


 クオリアの無い一般的な人工知能なら、量コンにコピペするだけで良いのだけど、自我変数を入れると、その限りでは無い。


 カタカタ、と、ピアノを弾くように、キーボードを打ちながら僕は訪ねる。


「でも同一のコピーに対して思うところは無いの?」


 神業で、アリスの脳のデータを把握し、分解および構築しながら、僕は尋ねる。


「どっちにしろ永く生きられないなら、電子世界に、もう一人のアリスを構築するのも面白いかなって」


「でっか」


 そこまでわかってるなら何も言わないけどね。


「報酬は何が良い?」


「別段これくらいで求める物は無いよ。アリスを再構築したら、すぐさま日本に帰りたいくらい」


 虐めを受けている秋子も心配だし。


 というか流れとは言え……何で僕はイギリスに来てるんだ?


「もし報酬を払いたいなら栄養ドリンクをお願い。多分三日ほど徹夜するから」


「ウィータは優しいね」


「そうでもないよ」


「見ず知らずのアリスのために頑張ってくれる」


「ま、世は情けで多生の縁だからね」


「日本語は美しいね。もう一人のアリスが出来たら日本にも遊びに行くよ」


「うん。待ってる」


 苦笑して、イメージキーボードを打ってると、


「ありがと。ウィータ」


 ベッドから身を乗り出したアリスが、僕のほっぺに、チュッ、とキスをした。


「あー……それが報酬?」


「駄目だった?」


 いえいえ。

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