第58話ちょっとした深刻な変化1


「ケーツエン! ショーリャクッ! エーモユーエシーッ!」


 目覚ましにかける音楽を間違えた。


 昨夜の僕は何を考えていたんだ。


 いや、わかってはいる。


 久しぶりにフルメタルジャケットを見た影響だろう。


「あう」


 ハートマン軍曹の幻影に急き立てられながら、僕はコロコロ転がってベッドから落ちる。


「きーじーちゃん?」


 ちょうどよく秋子が起こしにやってきた。


 そしてベッドからはみ出した僕を見て、


「なんだ。起きてるんだ。偉い偉い」


 そんなたわごと。


 時間通りに起きて、


「偉い」


 と褒められるのは高校生にも通じるんでしょうか?


 気にすると負けだから意識から除外するけど。


「あう……」


 僕は唸る。


「ほら立って。朝食出来てるよ?」


「ちなみに?」


「御飯と納豆と豆腐の御味噌汁」


「梅干し付けて」


「はいはい」


 某ゲームの影響で、たまに納豆に梅干しを混ぜるのが、僕のアイデンティティ。


 あるでしょ?


 そういう自分ルールって。


 さてさて、


「くあ……」


 欠伸をしてパジャマを脱ぐ。


 そろそろ初夏を感じさせる気温に僕は熱を覚えた。


 明日の目覚ましは茶摘み歌にでもしようかな?


 くだらないことを考えながらダイニングへ。


 朝食の良い香りが鼻孔をくすぐる。


 特に味噌。


 香り立つ匂いは芳醇だ。


 で、


「いただきます」


 とダイニングテーブルについて僕は合掌。


 梅干しを納豆に落として混ぜる。


 梅の香りと納豆の匂いが混じりあって爽やかな演出。


 白米でかきこむ。


 味噌汁を飲む。


 そんなこんなをやってあらかた朝食を片付けると、


「ご馳走様でした」


 一拍。


「お粗末様でした」


 ニコリと秋子が笑う。


「じゃあ寝室に着替え用意してるから」


「毎度ありがと」


「雉ちゃんさえ良ければ着替えを手伝いたいな」


 こら。


「調子に乗らない」


「はいはい。わかってますよ」


 とばかりに秋子は食器の片付けに入った。


「やれやれ」


 僕はのろのろと寝室に逆戻り。


 アイロンをかけてくれたのだろうシャツを着て、パンツ、ブレザーと纏っていく。


 ネクタイも忘れずに。


 それからキッチンへ。


「秋子~」


「なぁに雉ちゃん?」


「コーヒー」


「はいはーい」


 あっさりと言って準備を始める。


「別に量子変換でもいいよ?」


「時間には余裕があるし私がしたいの。駄目?」


「まさか」


 僕は否定する。


「秋子は可愛いね」


 ニッコリと笑みを見せると、


「ふややっ!」


 秋子は簡単に狼狽した。


 うん。


 可愛い可愛い。


 無論動揺したとて手元を狂わす秋子でもなかったけど。


 それから秋子お手製のコーヒーを二人で飲む。


 秋子はねぇ。


 僕の結論は知ってるだろうに。


 勿体ない。


 まぁ秋子に依存している僕が言うことでもないけど。


 まるで、


「秋子は僕のお嫁さんみたいだね」


 コーヒーを飲みながらしみじみと。


「~~~~っ!」


 秋子はコーヒーを喉に詰まらせた。


 無理もない。


「ゲホ! ゴホ! ゲホ!」


 むせる。


「雉ちゃん……!」


「そんな動揺することかなぁ」


 誰が見ても出来の良い大和撫子なんだけど。


 しかも可愛い。


 しかも一途。


 しかも巨乳。


 僕が僕じゃなかったら間違いなく抱いている。


 でも僕は僕で。


 秋子は秋子で。


 だから僕らは混じりあえない。


 何だかなぁ。


 コーヒーを飲んでホッと一息。

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