16‐3「歴戦の魔法使い」

 恐れていたことが現実になった。黒いローブを纏った魔王が俺は消えると口にしたのだ。一瞬表情が強張り嫌な汗が身体中を伝う。でもそれは本当に一瞬だった。俺達は数日前にその話については済ませたのだから。


「どうした? 余りの事実に声も出ないか? 」


 今初めて聞いたと思ったのだろう。俺達の反応を見た魔王が何も知らずに勝ち誇ったように言う。その様子を見て俺は小さく笑った。余りに隙だらけだったからだ。今回警戒していたことはただ一つ、魔王も使えるであろう『ワープ』だった。逃げられてしまうとどこに行ったのかもわからずどうしようもない。でも、今の魔王は俺が消えているという事実から俺達の戦意を喪失させるという狙いが上手くいったと考えているため隙だらけだ。


「ダイヤ! 騙されるな」


「はい、『シルド』! 」


 彼女が『盾の魔法』を展開して俺達の周囲を覆ったのを見て魔王が笑い出す。


「ハハハ哀れな。我の言っていることは本当だぞ。貴様は消えるのだ。薄々感付いていたのではないか? だが仲間のために黙っていた。仮に貴様はそれで良くても仲間はそれで良いのかな? 」


 流暢に魔王が言う。やはりこの文句は言い慣れているのだろう。


「どういうことだトオハ」


「……説明して。そんな大事なことを黙っていたの? 」


 スペードが俺の鎧に掴みかかりクローバーが俯く、その様子を見て魔王は笑い出した。しかし、実際は真逆だった。全ては想定内の話だ。ダイヤが盾を展開したのは爆発魔法のためでスペードとクローバーが俺に問い詰めているのはダイヤから注意をそらすためだった。


「フハハハハ、それでは4人とも仲良くあの世へ送ってやろう」


 笑いながら魔王が剣を俺達に向けたその瞬間、ダイヤが紅く煌めくオーブを輝かせた杖を魔王に向ける。


「何! ? 」


 魔王が動揺するももう遅い。たった一瞬で呪文を唱えながらある場所を浮かべるなんてことは不可能だ。


「『イクスプロージョン』! 」


 魔王の目の前に現れた球体が大きく爆発し爆音と共に辺りは煙に包まれた。


 ♥♢♤♧

「やったぞダイヤ」


「……うん、これで魔王はやられたはず」


 倒れる彼女を支えながらスペードとクローバーが口にする。


「はい、でもこれで……」


 ダイヤが俺を見る。そうだ、これで俺は消えることになるだろう。でも、これでいいんだ。覚悟をして目を閉じる。

 しかし、俺の身体には何も変化がなかった。焦って前方をみると煙が徐々にはれてきていた。


「……タアハ、もしかして」


「いや、そんなはずはねえだろ。ダイヤの魔法だぞ。あれを喰らって生きているはずが」


「ええ」


 半信半疑の状態で3人も前方を見る。するとどういうことだろうか俺達の目の前には何十人とも言う人が倒れていた。


「なるほど、想定して我の油断を誘っていたか」


 淡々と述べる。


「どうして」


「簡単なことだ、こいつらは我が冥界から呼び出した歴戦の魔法使いたちでな、透明にして万が一の時に備えていたのだが見事だ。全員を以てしても食い止めるのがやっとだったとはな」


 言われて視線を落とすと魔法使いたちはトパーズさんのように液体となって消滅していった。こんな切り札があったなんて。


「残ったのはこの2人だ」


 その言葉と共に背後から斧を持った男と弓を構えた女性が姿を現す。弓使いは長い耳以外はクローバーとそっくりの見た目をしていた。


「……フィーネ」


 クローバーが声を上げる。しかし彼女は何も答えない。


「ほう、知り合いか。だが無駄だ、こいつらは死人の上遂に我は邪魔な自我を取り除くことに成功したのでな、ただの人形だ」


 冷徹な言葉に絶句する。何という非道なことをするのだろう。剣を力を込めて引き抜く。


「さあ、それでどうする? また我から仕掛けてやろうか」


 魔王はそう言うと禍々しいオーラを纏った剣を見せびらかすように押し出す。


「『エンハンス』! トーハさん、スペードさん、クローバーさん。行ってください」


 俺の身体に『強化の魔法』の赤いオーラが纏う。見るとダイヤが横になりながら杖を俺に向けてくれていた。。


「ダイヤ。分かった」


「……援護は任せて」


「3つ数えたら解除します」


 彼女の反応に頷いて返すと俺はスペードに耳打ちをする。


「あの斧の男は見るからに力が強そうだ。だから、俺があいつをやる。スペードは魔王に向かってくれ」


「なるほどな、確かにトオハの方がパワーがあるからな」


 と納得を示すスペード。それとともにダイヤの『盾の魔法』が解除された。スペードが駆け出す。しかし、それは魔王の方向ではなく斧を持った男の方向だった。


「おい、スペード! 」


「バーカ、パワーがあるお前が一番強い魔王に行かなくてどうすんだよ。厄介な盾もあるみたいだしよ」


 彼女はそう言うと一直線に向かっていった。それをみて俺は僅かに遅れて魔王へと駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る