14‐13「村での攻防」♢
月明かりに照らされながら村の中を上空に浮かぶ吸血鬼をお父さんと2人で追いかける。吸血鬼は一切止まることすらせず迷わずに私達の家を目指しているように思われた。
でも、どうして知っているんだろう?
走りながら思考を張り巡らせる。私は村の情報なら一度アンケートに書いたことはあるけれど家の情報まで書いたことはない。それどころかどうしてお母さんの顔を? 吸血鬼は捕らえたのは私のお母さんであるという確信があるように思われた。どうしてだろう?
「このままでは面白くありませんね、少し余興をしましょう、キキッ……『ファイエア』! 」
吸血鬼が突如私達に顔を向けたかと思うと『炎の魔法』を民家の屋根に向かって放つ。動きのない民家に炎が突き進む。
「何という恐ろしいことを……」
「任せて」
私はお父さんに告げると同時に杖を翳す。
「『シルド』! 」
吸血鬼の放った炎は出現した私の盾に阻まれて消滅する。
「お見事、それではこちらはいかがでしょうか、キキッ……『ファイエア』! 」
吸血鬼が屋根に向かって魔法を放つ。
そんな、家を巻き込まないように『盾の魔法』を展開するという芸当は私にはできない。
「ダイヤ」
諦めて思わず目を閉じそうになった時にお父さんの声がする。みると先を走っていたはずのお父さんはこちらを振り向き屈んだ姿勢で両手を組んでいる。お父さんの考えを瞬時に理解した私はラストスパートをかけるように走る速度を速めてそのままお父さんに近付いて組んでいた両手を思いきり右足で踏む。
「行け、ダイヤ! 」
私が両手を踏む力に負けずお父さんは力を振り絞って手を押し上げるとそのまま持ち上げる。結果、私は高く跳びあがって屋根に飛び乗った。
「『シルド』! 」
屋根に上った私は即座に呪文を唱えて吸血鬼の攻撃を防ぐ。
「キーキッキッキ、お見事お見事素晴らしい親子の連携でしたよ」
吸血鬼がパンパンと拍手をする。その楽しそうな顔を見て先ほどまで考えていた疑問が氷解する。
あの時だ、トパーズ、お兄ちゃんに化けたモンスターは化けた対象の記憶があるというようなことを言っていた、多分その時に吸血鬼は聞き出したんだろう。
「おーっと残念、もうここから先は貴方のお家を除いて何もありませんねえキキッ」
気が付くともう私達は丘の前に来ていたみたいだ。村を見下ろしながら名残惜しそうに口にした吸血鬼はそのまま私の家を目指して飛ぶ。
「これでひと段落だな」
後を追いながらも意外にも冷静にお父さんが告げる。恐らくお母さんが囚われている家に向かったというのに勝ち誇ったように笑うお父さんを見て「どうして? 」と思わず尋ねる。お父さんは立ち止まって意外そうに私に視線を向けた。
「兵士が言うにはトパーズが帰ってきたらしいからな、恐らく今頃家で母さんを守りながら吸血鬼を仕留めているだろう。幾ら魔法を無効にできてもトパーズは剣士だ。剣に関してはどうにもできないだろう。どうした、ダイヤ? 」
絶望が胸いっぱいに広がる。お父さんの様子を見ると多分私は今青い顔をしているだろう。
お兄ちゃんが帰ってきた……? そんなはずはない……
蘇るのはお兄ちゃんに化けたモンスターとの記憶、心なしか息が苦しくなって首に手を当てる。
「違うのお父さん。お兄ちゃんは……」
瞬間、お父さんにお兄ちゃんが死んだと伝えたらどれほどショックを受けるだろうか不安が頭を過る。
でも、伝えなければいけない。このままだとお母さんの命も危ないから。
真実を伝えるために深呼吸をする。
「お兄ちゃんは、殺されたの。あの吸血鬼に」
「ダイヤ……? 何を言っているんだ」
お父さんが突然の知らせに狼狽したその時だった。バン、と勢いよく私達の家のドアが開かれたと思うとお兄ちゃんの姿をしたものがお母さんを抱いて花畑をこちらに向かって歩を進めながら私達に向かって微笑んだ。
「父さん、ダイヤ。無事でよかった」
「トパーズ、良かった。みてごらんダイヤ、母さんをあの吸血鬼から救い出してくれたのか。ありがとう、自慢の息子だ」
お父さんが歩み寄ろうとするのを手を掴んで止める。お兄ちゃん? とはあと10歩程の距離だ。
「何をするんだダイヤ」
「聞いてお父さん、あのお兄ちゃんは偽物なの。私も一度首を絞められて……」
そこまで言いかけて私はあのモンスターの見分け方を思い出して途端に親指を少し齧る。ジワリと指から赤い血が溢れるのを見せつける。
「あのモンスターは血が出ないの。だからお兄ちゃんじゃない」
「ダイヤ……」
お父さんが口にする。お父さんの様子は混乱しているように思えた、いやお父さんからすると私が混乱しているようにみえているのかもしれない。私はお兄ちゃん? に視線を向ける。
「お兄ちゃん、本当にお兄ちゃんなら血を見せて。少しでいいから」
「何を言っているんだ、ダイヤ。この場で母さんを下ろして血を見せろなんて」
「はやくして」
一刻の猶予もない、杖を構える。私の魔法を無効にできる吸血鬼がどこかに潜んでいるであろうこの状況で的確な魔法が浮かんだわけではなくただの脅しだったけれど効果はあったみたいだ。
「分かった、見せるよ」
お兄ちゃんはそう言うとお母さんを地面に寝かすと剣を引き抜く。汚れ一つない綺麗な剣だった。余りにスムーズで本当にお兄ちゃんかもしれないと私の中に希望が芽生えたその時だった。お兄ちゃんの口角が吊り上がり顔が恐ろしいほどに歪む。
「ただし、母さんの血でいいかな」
以前耳にした恐ろしく冷たい声を発しながらお兄ちゃんは横になっているお母さんの喉元に剣を構える。
「ト、トパーズ。止めなさい! 」
お父さんが制止を促す。すると突然パチパチと拍手の音が聞こえる。音のする方向を見ると吸血鬼が空に浮かびながら愉快そうに笑っている。
「お見事、素晴らしい見世物でした。しかし、いよいよそれもフィナーレでございます」
「フィナーレ? 」
どうして吸血鬼はここまで私達を苦しめるのだろう。何がそんなにおかしいんだろう? 怒りを込めて睨みつける。
「ええ、フィナーレですとも」
吸血鬼は動じずに答えるとお父さんを指差す。
「貴方に先ほど申し上げた通り彼女を助けるチャンスを差し上げましょう」
「チャンス……だと、私に何をさせようというのだ」
「なあに、簡単ですよ。愛した奥さんを助けたいのでしたら、そこの娘を殺しなさい」
吸血鬼は今度は私を指差してニヤリと笑いながらそう口にした。
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