9‐11「クローバーの旅立ち」♧

 日没後、ボクは酒場の前で立っていた。タアハ達から聞いた酒場だ。考えてみれば酒場だというのにここは一日だけ早く閉店をする。それを縁のないボクは今までは店員も人間なのだから休息は必要だろう位にしか考えていなかったけれどボクが利用していた中古品を扱う店とその閉める日が重なることとダイヤが聞いた話とを考えると話は別だ。


 ギィィィィ


 思い切って足を踏み出し扉に手をかけると扉が開いてボクの入店を知らせる。


「すみません、今日はもう店仕舞いで……」


 聞きなれない声と同時に聞きなれた声がする。


「クローバー……ちゃん」


 そこにはいつも買取をお願いする丸い顔に顎髭がトレードマークの店長さんがいた、驚いたのか口をあんぐりと開けている。遅れて他の2人がボクに気が付いたのか言葉を失った様子でボクを見つめる。


「みなさん、今までありがとう。ボク知らなかった、3人に見守ってもらっていたなんて。それも知らずにボクは1人で生きていけるだなんて自惚れていた」


「知らなかったってことは……どうして」


 3人が誰か話したのかと様子を伺っているみたいだけど誰も分からないようだった。それも当然、ダイヤが潜入したなんてことは誰も知らないから。でも心苦しいけどボクはそれを言うことはできない。それを言ってしまうとダイヤが大変なことになってしまうから、だからボクは嘘をついた。


「実は前に情報屋が気になって後をつけたことがある、その時に全部聞いた」


「そうか、気が付かなかったよ」


 老人に扮していたと思われる黒髪の男性が額に手を当てて言う。


「しかし、どうしたんだいきなり、まるで別れの挨拶みたいじゃないか」


 店長さんが額に汗を浮かべながら口にする。それは予想が外れていて欲しいと願っているみたいだった。でもここでウソをついても仕方がない。ボクは頷いた。


「実は……仲間ができたんだ」


「え」


「ボクも信じられないけど、こんな泥棒のボクと一緒に旅をしたいって言ってくれた人たちがいて」


「そっか、それは寂しくなるけど良かったねクローバーちゃん」


「そうだな、喜ぶべきことだ」


「隠し事しなくていいなんて良い人たちに会ったみたいだな。また、いつでも店に来てな」


 情報屋の男性が、酒場の店員が、中古屋の店長が目に涙を浮かべて言う。皆、そんなにボクのことを考えてくれていたんだ。手に握ったドルチキの小瓶が入った袋を強く握って彼らに差し出す。


「あの、これ! 今までお世話になったお礼に……受け取ってくれないかな」


「これは? 」


「ドルチキ、安心して盗んだものじゃない。屋敷で手に入れたから」


「なんと! あの屋敷を攻略したのか! 」


 酒場の店員が驚きの声を上げる。


「それは新しい仲間と? 」


 情報屋の男性の問いに頷く。すると3人は目配せをすると微笑みながら中古屋の店長が口を開く。


「それは受け取れないな、そんなの買い取る金はないよ」


「いや、買い取ってほしいとかじゃなくてこれは……」


「元々、クローバーちゃんが一人になったのは我々の責任だ。元々子供がいる君の両親にはリヴァイアサンの出現海域を調べてもらうはずだった。ある程度範囲は決まっていて危険はないはずだった」


 そう言って情報屋の男性は言葉を切り生唾を飲み込むと再び口を開く。


「だが、我々はリヴァイアサンを舐めていた。奴は当時の我々が予測していた範囲よりも早く、的確に君の両親たちが乗っていた船を狙った。君の両親が残した情報のおかげでより鮮明にリヴァイアサンの生息海域が判明しそれがとある冒険者たちの討伐に繋がったと思う。しかし、かといって君の御両親は戻ってこない。我々の責任だ」


 彼の言葉を聞いてボクはお父さんお母さんと最後に出会った朝を思い出す。夕方までには戻る、そういって頭をなでてくれたっけ……それを思うと今まで考えつかなかったけれど、両親に依頼したこの町の人を恨むというのもあるのかもしれない。


 そうボクは他人事のように考えた。でも、今のボクにはそのような恨みのような感情よりも彼等への感謝への気持ちのほうが勝っていた。


「でも、ボクはこれを受け取ってほしい」


 気持ちをうまく伝えられずフワフワとした言葉しか出ないことに思わず俯く。そうしたらまた3人はお互いに顔を見合わせてから情報屋の男性が言う。


「分かった、じゃあこうしよう。クローバーちゃんの冒険者としての旅が終わってこの町に来た時に、それを貰うことにするよ」


 そう言って彼らは微笑んだ。


 先のことは分からない、けれどこの場では優しく断りながらもこちらを激励するその答えはズルいのではないだろうか……


「わかった、じゃあ、これで」


 涙が溢れそうだったので慌てて出口のほうへと歩き出す。彼らはそんなボクを引き留めようとしなかった。それを幸いと扉に手をかける。その時だった。


「いってらっしゃい」


 恥じらいかこんなことを言える立場ではないと思いながらもつい口から出てしまったのか、小さな声が聞こえた。


「いってきます」


 ボクは小さく呟くと酒場を後にした。


 ♧♧♧♧


「あっクローバーちゃん奇遇っすね! 」


「ディール……さん」


 涙を乾かそうと街を歩いていると、ディールさんに出くわした。書物を持っている所をみるとショッピングの途中みたいだった。休憩時間なのかな。


「ディールでいいっすよ」


 愛嬌のあるにこやかな笑みを浮かべながら彼女が笑う。ふとボクの顔を見て彼女が不安げな顔をした。


「おや、泣いていたんっすか」


「それは……」


 言葉に詰まる、それを彼女は彼女なりに解釈したみたいで真面目な顔をしながらも優しい励ますような声で言う。


「命がけの旅に出るっていうのは不安っすよね。でも大丈夫っすよ、ゴブリンさん達はこの前だってリヴァイアサンを倒した強い人達っすからね」


「え」


 思わず目を見開く。リヴァイアサンを倒したのってタアハ達だったの?


「だから安心して欲しいっす! 大丈夫っすよ! 」


「うん」


 彼女の言葉に私は強く頷いた。










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