9-3「クローバー・オルティス」

「ご、ゴブリンの人形が喋った! ? 」


 数分の沈黙の後ようやく少女が口を開く。それと同時に彼女は勇ましいことに素早くベッドに置いてあった弓矢を構える。


「貴方は一体、どういうつもり」


 先ほどの驚きはどこへやら弦をギリギリと鳴らせながら睨みつけながらピリピリした声で言う。返答次第では直ぐにでも矢が放たれて頭を貫かれそうだ。


「驚かせるつもりはなかったんだ。あとそれはやめたほうが良い、この場所がどこだかはさっぱり分からないけれど街中ということは確かだろう。そうなればいずれは異臭でゴブリンの死体が街中で見つかるなんて厄介なことになって君も隠れ家を変えざるを得なくなる」


「馬鹿にしないでそうやって油断させたところを狙う作戦だってことは分かってる」


 彼女は冷静だが怒りの籠った声で言う。それを聞いて俺は両手を挙げて見せる。


「こんな小さな体で何が出来る? いや、出来たとしたら君が眠っているときにやっている」


「要求は? 」


 弓を下ろさずに彼女が尋ねる。


「ここから出たい、君も見ただろう? 仲間が待っているんだ」


「仲間ってあの人たちのこと? 」


 俺は彼女に頷いて見せる。すると彼女はため息をついた。


「事情は分かった。でもそれならば今みたいに黙っていれば良かったのに、売られて店にいっても仲間のところには戻れるはず、どうして今喋れることを明かしたの? 」


「店に行けば帰れるってどういうこと? 」


 彼女の問いに眉を吊り上げる。すると彼女はハッと目を見開く。


「そっか、この街に初めて来たんだから知らないんだ。ボクも詳しくは知らないんだけど情報屋がいるらしいんだ」


「情報屋? 」


 突如出てきた物騒なワードに首をかしげる。


「うん、いつもボクが店で売ったものは店長が泥棒から取り返した体で販売しているんだけれど盗まれた旅人が町を出るころにはその人の元に戻っているんだ。それは情報屋が盗まれた品が入荷したってことを教えているからだって噂で聞いた」


「なるほど、じゃあ俺は黙っておけば良かったのか」


 不意に口から出たその言葉を耳にした少女は噴き出した。


「ハハハハハ! なるほど、あの人たちが大事にしている理由が分かった。貴方は面白い、他の国にはこんなに面白いものがあるんだ」


 どうやら彼女は俺をマスコット的な商品だと勘違いしているようだ。


「失敬な、俺はこう見えても人間でゴブリンの姿でも魔法が解けさえすれば身長が成人男性位には……」


 俺はムッとして答えるもすぐに失言だと気が付いた。


「貴方、大きくなるの? 」


 しかし、時すでに遅し、彼女は再び俺を警戒し弓を構える。大きくなられたら不利だと考えたのだろう。


「いや、待った。確かに俺は元はそれくらいにはなるけれど大きくなるタイミングは俺にはコントロールできないダイヤ次第で……」


「なら、そのダイヤって人が探すために今魔法解除する場合もある」


「それはない」


「どうして? 」


「俺がゴブリンだからだ、突然ゴブリンが現れたら町がパニックになるのは彼女も把握していると思う」


「だから貴方は小さくなって町に…………そうまでして貴方は何がしたいの」


「俺は、魔王を倒したい」


「そっか」


 そう呟くと彼女は納得したのか弓を下ろす。この流れは丁度良いかもしれない、俺は彼女に思い切って尋ねてみる。


「君は何がやりたいの? いや、ごめんその前に名前だ。俺は阿藤踏破っていうんだ」


「アタア・タアハ? 」


 彼女が首をかしげる。何か一気に遠くなった気がする……、しかしここでショックを受けていては仕方がない。


「うん、君の名前は? 」


「クローバー」


 彼女は目をそらして答える。


「クローバー・オルティス」


「クローバーって言うんだ」


 彼女は頷いて見せる。


「それで、クローバーがやりたいことは? 」


「やりたいこと…………冒険者になりたい。冒険者になって旅をしてモンスターと戦って、お父さんお母さんを殺したリヴァイアサンを、魔王を倒したい」


「冒険者になりたいのか……」


 そう言って俺は口を閉じた。ここから先は言うべきではない、言えばせっかく開きかけている彼女の心を再び閉じてしまうかもしれない。そうなると、ここから出るのも難しくなる。何も考えずに無関心でここで言葉を切れば今後の会話はスムーズになる……頭ではそう分かっていた、でも…………言わずにはいられなかった。


「冒険者になりたいんだったら、猶更こんなことしていちゃダメじゃないか! それで捕まったらどうする! 一生冒険者にはなれないんだよ! それに盗んだのを返せばいいってことじゃないんだ、盗まれた人はその物が帰ってくるまでずっと悲しい思いをするんだよ! そんなの魔王と同じだ! 」


 辺りは沈黙に包まれる。言ってしまった、なんで俺はいつもこうして……俺が後悔すると同時にすすり泣く声が聞こえる。


「……勝手なこと言わないで」


 小さな声で彼女は言う。


「勝手なこと言わないで! 数か月前にこの町に一緒に来たお父さんとお母さんはリヴァイアサンに殺されて、お金もないうえに何も分からない町で、私のことを誰も知らない町で生きていくにはこうするしかない! 」


 彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。こうなることは分かっていた、まだ幼い彼女がこのような場所でこのような生活していることにはそれ相応の理由があると分かっていた。その理由が知りたいにしても他にも尋ね方はあったはずなのだ。


「ごめん」


 彼女に謝罪の言葉を述べる。


「別に謝ることじゃない、タアハの言ってることは正しい。それにボクも感情的になりすぎた」


 涙を拭いながら彼女が口にした。


「でも私はこの生き方を変えられない、話はこれでおしまい、じゃあ貴方を売りに行く」


 そう言うと彼女は俺の身体を右手で掴みポケットに入れようとする。


「ちょっと待って! 」


 そんな彼女を俺は慌てて彼女を引き留めた。


「何? 」


 彼女がため息をつきながらも動きを止めてくれる。話を聞いてくれるようだ。


「いい話があるんだ、俺達双方が幸せになれる」


 俺はそう切り出すと先ほどの言動での彼女への償いの気持ちと密かに固まったある決意を胸に彼女に俺の考えた双方が幸せになれる方法を語った。

















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