3‐2「大好きなトーハさん」

 しまった、肩が…………………………


 慌てて隠れようとするももう手遅れだ。ならいっそ動かないほうが良い!そうすれば何かの物だと都合よく解釈してくれる可能性も…………………………


 僅かな希望にすがるように息をひそめる。


「お嬢ちゃん、そのバッグの中にゴブリンが潜んでねえか? 」


 ようやく落ち着いたのか御者が見たものを口にした。


「えっ……………………あっ!!! 」


 彼女も御者に指摘され気付いたようだ。


 まずい、バッグにゴブリンのようなものがいると指摘されたらリアクションとしては故意ではないリアクションとしてはまず出さないと不自然だ。そうなるとゴブリンだと判明するのは自明だが、そうして彼女は無関係を装うしかない!逆にここで変に取り繕うとしたら意図的に連れてきたということになってしまう。彼女は森に向かい何らかのことを企んでいてゴブリンを潜ませていたと捉えられるかもしれない!………………………………万事休すか。


 俺が額に冷や汗をかき始めるのとほぼ同時に彼女は意外な行動を取った。


「ち、違うんですこれは! 」


 と慌てながら俺をバッグから取り出し御者に見せつけ続ける


「恥ずかしいのですがご紹介します!私の大好きなゴブリンのぬいぐるみのトーハさんです!!! 」


 それを聞いて御者はあんぐりと口を開ける。正直俺もそうしたいところなのだがぬいぐるみということになっているので瞬きもしないように気を引き締める。目が乾いて限界になる、というときに彼女は俺を引き寄せぎゅうっと抱きしめた。


「確かにゴブリンは恐ろしいモンスターですがトーハさんは別なんです。トーハさんがいたからゴブリンも怖くなくなりました! 」


 突如柔らかい感触が顔全体を襲う、こんな柔らかいものがこの世に存在したのか………………………………?これはこれで幸せだが窒息してしまいそうだ………………………………。


「お嬢ちゃん変わってるなあ…………」


 その様子を見た御者が無理に笑おうとしてひきつった笑いをする。


「良く言われます」


 すっかり顔が真っ赤になった彼女が答える。


「まあ本物のゴブリンだったら暴れだして今頃大変なことになってるよなあ」


 と御者は納得したようで前を向き手綱を握り馬車を再び出発させた。


 彼女のゴブリンのぬいぐるみが好きなことを恥じらう変わっている女の子の演技は名演技だ!と声をあげたくなるもよくよく考えると彼女は身体はゴブリンとはいえ1人の異性を突然胸に押し付けた訳で顔を赤くしているのは演技ではないのかもしれない。


 これは………………………………この後彼女にかける最初の一言を間違えたら恐ろしいことになるのでは?


 今後の信頼関係にも関わることだから気を引き締めようとするも柔らかい胸がそれを遮る。


「トーハさん、ばれてしまいましし一緒に景色を見ましょうか! 」


 やがて、彼女の胸から引き離され彼女の隣に座る形となった。


 ここでの一言が重要だ!格好良く、彼女のフォローをするんだ!そっと柔らかく優しく包み込むようなフォローを……………………そう、彼女の胸のように。


「ダイヤ、お陰で助かったよ。ありがとう」


 ボンッ!という音が実際にしたかのように彼女の顔は再び真っ赤になってしまった。


 台詞は問題はなかったはずだ…………それよりも問題は顔と声だった。顔は「お」で胸を思い出し自分でもわかるほど頬が緩みだし声も正直、自分でもあまりにも間の抜けた声が出て驚いた……………………


 彼女と話せるようになるのは、この馬車での旅がほとんど終わりに差し掛かる時だった。

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