2-19「諦めない!」

 大盗賊パンルと名乗る男の攻撃を一度退けたとはいえ不利なことには変わりがない。




 ………それは悲しいことに俺が一番よくわかっていた。




 先ほどのダイヤのシールドを、俺のカウンターをすり抜けたのをみるに攻撃時のみ実体化するようだ、しかし先ほど何もせず通過したのを見ると部分的に霊体化で攻撃を避けつつ攻撃というのはなさそうだ。その点は救いだろう。


 こちらとしてはカウンターを狙う以上のことはできない、しかしこうしているうちにも火はメラメラと燃えている、今は距離をとっているかそれほど熱くはないが時間の問題だろう。


 それに激情しているうちがチャンスだ、最悪向こうはこちらに手を出さず宙に浮きながらでもこちらが鍵を返すまで浮いていればいいのだから………そういった意味でも時間との勝負でもあった。




「俺が囮になって隙を作るからそのときに攻撃して欲しい。」




 男に悟られないように彼女に囁いた。




「ですが私には攻撃の呪文が…。」




「杖で一発頭部を…」




「何をゴチャゴチャと話している!」




 距離を取り喋らせたらこちらに不利と読んだか再び男が向かってきた。まだ怒りが収まらないようでその動きは直線的だ。俺はすかさず剣で一閃………は当然の如くすり抜けられる。剣は空しく空を切った。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」




 しかし俺はそこで攻撃を止めず何回も敵に斬りかかった!1回…2回…3回………何度も何度も斬り続ける。




「ぷっ……ハッハッハッハッ!何をしている?攻撃は無駄だと分かっているだろう?」




「それはどうかな!こうやって俺が攻撃をしている限り………お前は攻撃ができない!!!」




 懸命に何度も何度も剣を振るもブォンッ!ブォンッ!と空しく空を斬る音が響くだけだ。それをみて男は尻を地面につけ笑い出す。座ったのは僥倖だ!ダイヤが気付かれないようにすばやく男の後ろに移動しているのが見えた。後は奴の気を引き付けてカウンターを狙うだけだ!!




「なかなか…フフ…楽しませてくれるじゃないか!見世物としては愉快だぞゴブリン!」




「バカにするなぁ!!!」




 男の煽りにも負けじと何度も何度も演技では見破られる危険があるので全て全力で剣を振るう、どうせこの策が失敗した後にできることはない、ならばここで全力を出しても構わないという判断だ。




 ゴブリンで力はあるとはいえスタミナには限界があるので剣が重く感じ剣を振るうスピードが徐々に落ちてくる。次第に「ぜぇ…ぜぇ…」と俺の息遣いも本当に荒くなり剣もかなり重く感じる、そのことに気付いた男は立ち上がり杖を構えた。




「なかなか楽しませてもらったぞ、冥土の土産に一撃で楽にしてやろう!」




 奴の刃が俺の頭目掛けて襲ってくる。俺たちの作戦としては当たるギリギリでカウンターという作戦なのだが、もしかしたら刃が頭に刺さった状態で霊体化を解除なんてされたら刃は頭を突き刺したことになるのだろうか?ふと頭に疑問がよぎったが実験するのは御免被りたい。




 俺の頭に刃が迫るその寸前、彼女が男の背後で無言で杖を両手で持ち上げ男の頭部目掛けて思い切り振り下ろした……!




 だが、彼女は空しく空を切りガツンッ!と思い切り床を叩いた音が響く。突如鳴り響いた音を聴き男が後ろを振り返る。




「貴様!いつの間に後ろに!?なるほど…私はまんまと嵌められるところだったというわけか。」




 男は苦々しげに言った。




「ごめんなさい。」




 彼女の元へ即座に移動すると目が合い、両手をこすり合わせながら謝罪する。




「いや、タイミングは完璧だったから君は悪くないよ。それより手は大丈夫?」




「なんとか」、と彼女は答えた。どうやら平気なようだ。しかし彼女に伝えたように本当に刺さる寸前でタイミングは完璧だった。男は気付いていないようだった。何故あたらなかったのだろうか………?


 もしかして本当に刃を頭に当てたところで実体化して仕留めることが可能でそれをするつもりだったのか………?そうだとしたら、今のと同じことをするしかないが一度たった今失敗した方法しか浮かばないがまた不意を突けるかというと無理だろう。それ以前に、俺は敵を倒せるにしてもどちらかを犠牲にするなんて方法はしたくない、それは彼女も同じ気持ちだろう。


 俺が彼女に話しかける間、男から目を離さなかったのだが男は何か俺と同じように考え込んでいるらしく全く動かなかったがしばらくすると何かを思いついたようにスーッと上へと浮いて行った。そして高らかに宣言した。




「相変わらず何をしでかすか分からん連中だ。しかし考えてみれば私は何も無理に力ずくで取り返す必要はない。貴様らが鍵を返すから出してほしい、と根を上げるまでここで待っていればいいのだ。さあ、根競べと行こうじゃないか!」




 タイムリミットか…恐れていたことが現実になってしまった。俺はがっくりと膝を落とした。


 一応この剣を投げるという最後の攻撃はできるがそれもすり抜けられておしまいだろう。もはや打つ手はない………。ゲームオーバー、俺たちの冒険はここで始まる前に終わってしまうのか………。




「トーハさん………。」




「ハッハッハッハッ!もう打つ手はないとみた…いや、それともそれもただの演技かね?」




 彼女も男も俺の様子をみて打つ手なしと悟ったようだった。その様子を見た彼女はしゃがんで俺のほうにカバンを向けた。




「鍵、返しましょう。別に冒険者の資格がなくても冒険はできます!お金は両親からたくさんもらいましたし、他の国に渡るのも船に密航してトーハさんと一緒に見つかったらおしまいのスリリングな旅というのも楽しそうですし…私はまだ手がヒリヒリしますからトーハさんがバッグから取り出して返してください。」




 彼女の顔が見えないが震えていた。それは声から判断すると笑っているようだったが段々と泣き声に変わっていった。ほんの少し前、「2人一緒に鍵を取ろう。」と笑顔で言っていた姿が浮かぶ。彼女はあのときは凄い嬉しかっただけに今は悲しいのだろう。


 俺は「わかった。」と伝え彼女のバッグから鍵を取り出す。そのとき、まだ最後の手が残されていることに気が付いた。可能性は限りなく低いが俺たちに残された最後の手段。まだ諦めるのは早い!だって、俺だって彼女と同じ気持ちなのだから!!




「ようやく観念したか。レディを泣かせるのは趣味ではないのだが今回ばかりは仕方あるまい。さあ、その鍵を棺に納めるのだ。」




 俺が鍵を手にしたのをみて男は勝ち誇ったような声を上げる。それにこたえる代わりに俺は後ろを向き大きく振りかぶった。




「この鍵が欲しけりゃ自分で取ってこい!!!」




 そういって俺は鍵を思いっきりぶん投げた。鍵は高く舞い炎の壁を越えカラン、と遥か向こう側に落ちたのが炎の壁から透けて見えた。




「私の鍵を乱雑に投げるとは貴様、この期に及んで見苦しい真似を!」




 余りの出来事に思考が停止していたらしい男が我に返り怒りの声をあげながら鍵を取りに向かう。半透明な幽霊だけあって悠々と炎の壁をすり抜け浮きながら鍵へ近づいている。やがて男は鍵の近くに辿り着き鍵を拾おうと身をかがめ鍵に手を伸ばした。




 ………今だ!




 俺は持っていた剣を男目掛けて思いっきりぶん投げる。剣は炎の壁を抜け男目掛けて一直線に進んでいった。


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