第8話 背中にクマさん

 マリアーナの日記に反して父親は毎日帰って来ているらしい。

 しかも娘を溺愛しているようだ。


 でもなんでマリアーナはたまにしか帰ってこないと思っていたんだろう?


 あれ? ちょっと待って。

 そう言えば、私も日記を読む前から父親は屋敷にたまにしか帰ってこないと思っていたよね?


 何でだろう?


 誰かがそう言ってたから?

 誰が言ってたんだっけ?


 そうだ! ミリーさんだ。

 確か、母親が亡くなった話の時にそんなことを言っていたような・・・

 何のために?

 あー眠くなってきた。

 日記の続きはまた明日読もう。

 とりあえず、寝よう。





「おはようございます。 マリアお嬢様。どうしてクマをしょっているのでしょうか?」


 ナタリーさんがクマのベリーチェをしょっている私を見て首を傾げる。


 え? だって抱っこしてたら手が使えないもの。

 だから背中に紐でくくりつけてみました。

 あ、リボンを紐代わりに使ったのがまずかった?

 ドレッサーの引き出しに入ってたリボンを8本ほど使っておんぶ紐を作ったんだけど、もしかしてこのリボン高級なものだった?

 シルクっぽい生地だものね。


「いえ、そう言うことを言っているわけではないのですよ。なんのためにクマを背中に括り付けているのかを聞いています」


 なんのため?

 はっ、もしかして宝石入りってこと、みんな知らないのかな?

 うーん、ここは何と言って誤魔化すか。


「記憶が戻らない不安がそのような奇行に走らせるのでしょうね。仕方ないですね。ここは目をつぶりましょう」


 き、奇行?・・・


「早く記憶が戻ると良いですね。ランさんもお嬢様が記憶を取り戻す素振りがあったら一番に報告してほしいと言ってました」


 え? ランさんが?

 私の記憶がいつ戻るのかを気にしてるってこと?。

 そう言えば、事故現場のバルコニーでもランさんに声をかけられたっけ。

 記憶は戻ったかと。


 私に父親はたまにしか屋敷に帰ってこないと言ったのはミリーさんで、私の記憶が戻ったかどうかを気にしているのはランさんか。


 ランさんはマリアーナの記憶が戻るとまずいことがあるのだろうか?


 うーん、この二人怪しいな。

 ミリーさんはわざとマリアーナに父親の愛情を疑わせるようことを言い、ランさんはまるでマリアーナが記憶が戻ると困るような印象を受ける。

 後でノートに『ミリーさん、ランさん、要注意人物』と書き込んでおこう。


 さあ、ご飯ご飯!


 ナタリーさんにワンピースに着替えさせられて朝食のために食堂に行く。

 もちろんクマさんを背中におんぶ。


 アンドレお兄様ったら目を丸くしていたけどナタリーさんに何事か囁かれて頷いていた。

 ナタリーさんや、いったい何と言ったのかね?


 それにしても、ベリーチェを背中にしょっているために椅子に座りにくいな。


 見かねた給仕のお兄さんがクマ殿はこちらにおかけ下さいと隣の椅子を引いてくれた。

 はい、助かります。

 リボンをほどいてベリーチェを椅子に座らせる。

 給仕のお兄さん、目を合わせないのは私を危ない人認定してる訳では無いよね?


「マリア、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」


 あ、クマは見なかったことにしてくれるんですね?


「ランは朝早くに街に行っているようだね。何か要りようなものがあったらナタリーに言うと良いよ。ミリーも居ないようだし」


 え? 二人とも居ないの?

 うーむ。

 要注意人物が二人してお出かけか。

 どこに行ったんだろう?


「うん? ランは薬師の所みたいだよ。ミリーは聞いてないな」


 ふーん。




 アンドレお兄様と和やかに朝食を終えると、私は屋敷の図書室に行った。


 とても一般家庭にあるとは思えない、広々としたまさに図書室だ。

 たくさんの本棚に中央には頑丈そうな机と椅子が6脚。


 ええと、まずはこの国の歴史の本、地理の本、あとは魔法関連の本が必要だね。


 さあ、気合いを入れて読みましょう。


 ほどなくするとアンドレお兄様が入ってきた。


「マリア、ここにいたのか。僕もここで勉強しようと思ってね。おや? 魔法と魔術の本か。どうしたんだい? マリアは10歳の魔力測定の後、魔法の勉強はしないと言ってたのに」


 何でも、この国では10歳になると魔力測定の儀があるらしく、魔力量と属性を調べるという。


 その魔力測定の儀でマリアーナは思ったより魔力量が少なく属性も一つだった事から魔法の勉強はしないという結論にいたったらしい。


 せっかく魔法のある世界に転生したというのに残念だ。


 魔法以外の勉強を頑張りつつ密かに魔法の特訓にもチャレンジしてみよう。


 そんな事を考えていると、アンドレ君が私の背中にしょっているクマさんに目を留めた。


「そのクマを見るとおばあ様を思い出すなあ。あ、マリアは覚えてないと思うけど、クマの目にエメラルドが入っていると知ったときのおばあ様の怒りようは、すごかったよ」


 怒った?


 何でもそんなぬいぐるみを子供に持たせて盗賊に狙われたらどうするんだと父親に詰め寄ったらしい。

 そりゃそうだよね~


 げんに私は盗まれないように背中にしょっていますからね。


「でね、ちょうど母上がそのクマに着せるドレスを出入りの業者に発注してるのをおばあ様が知ってさ。ついでに目を守護の魔石に取り替えたんだよ。もともと入っていたエメラルドはマリアがお嫁に行くまで金庫で保管してるんだ」


 なんですと?

 守護の魔石?


 じゃあ、このクマさんは宝石搭載のお宝クマさんじゃなく、お守りクマさん?


 お守りクマさんをおんぶしている10歳児・・・


 危ない人確定だ。


 もう、マリアーナったら、そう言う情報はちゃんと日記に書いておいてちょうだい。


 そっとベリーチェを背中から降ろしたのは言うまでもない。

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