第34話 彼女は、見覚えのある綺麗な髪をした女性だった(9)
「フレンダ、何か変だ」
「神術の暴走ですかね?」
導師用の執務室にいたルフドとフレンダは街が一望できるその場所から窓越しに街の様子を伺っていた。
かなり強力な神術が発動しているのであれば、この二人ならすぐ感知できる。この場所はアスナーシャ教会の本部十四階の一室で、首都の中央区にあるので見事に現場の近くだったのだ。
「人払いの結界かな……?結界自体はケッサリア通りを中心に展開してるみたいだけど、中央区全体に神術の膜が蔓延してる……。これ、デルファウスの現象と同じだよね?」
「たぶんね。で?もしかして僕が行くー、とか言わないでしょう?」
「え?行っちゃダメ?」
「ダメです。まずは聖師団を派遣。それで解決できなければ騎士団と協力が妥当な判断でしょう。導師が直接現場に向かうのはありえないことですよ」
「僕が一番力を持ってるのに?」
ルフドの言葉もあながち間違ってはいない。アスナーシャ教会の中では一番神術が扱える。だが戦闘経験もなく、言ってしまえば象徴でしかない存在だ。そんな人物を枢密院が事件解決のために出陣させるはずがない。
「部下を信じるのも役目の一つですよ」
「信じてないわけじゃないけど……。ジーンさんがオッケーなら僕もいいんじゃない?」
「組織形態が違いすぎます。それにジーン殿は一人で旅も実地調査もする人です。実戦経験を積んでいる人とあなたじゃ雲泥の差です」
「何のために親衛隊がいるのさ?僕の警護でしょ?僕が行くって言うんだからついてこさせてよ。親衛隊隊長さん?」
そう言われてもフレンダは首を縦に振れない。導師の無茶を止めるのが親衛隊の役目であり、導師の言うことに全て頷くことができるわけではない。
導師の行動などの許可や判断を下すのは枢密院だ。その枢密院の許可なく行動はできない。それが組織というものだ。
「なりません。敵は未知数です。もしあなたの力が必要になったら、枢密院から連絡があるでしょう。あなたの使命はアスナーシャを呼び起こすこと。戦うことではありません」
「じゃあ勝手に行くよ?それでもいいの?」
「行かせません。今のあなたは先日の独断行動でただでさえ枢密院を怒らせてるんです。それに、導師の力が必要なら枢密院の方からお呼びがかかりますよ。そういうことは何度かあったでしょう?」
フレンダは親衛隊隊長という立場を一切崩さなかった。
いくら幼なじみとはいえ、承認できないものはできないのだ。親衛隊の役割は導師の補佐・保護であり、危険に晒すものからは極力避ける。
今回の事件がデルファウスと同じだとして、今日突如起きたのであれば、犯人が近くにいる可能性がある。であれば、狙われかねない現場に向かわせるのは反対だった。
「僕が行けばすぐ終わると思うんだけどなあ」
「それは驕りですよ。聞いた話、デルファウスでも最後の良いとこ取りをしただけらしいじゃないですか」
「それはそうだけどさ……。こんな近くで苦しんでる人がいて、それを助けないのは導師としてどうなのさ?」
その苦渋の表情は、導師でありまだ少年であるからこその我が儘を表していた。
神術の実力であればアスナーシャ教会の中で確実にトップだ。そして苦しんでいる人がいる。それを救いに行くのはアスナーシャ教会としても本望であるはずなのに。
ただただ導師という立場だけがそれを拒んでいた。
「では導師殿。老婆心ながら一言。導師は目の前の存在を救う存在ではありません。最終的に世の中を救う存在です。目の前の存在を救うのは聖師団や天の祈りの方々です。アスナーシャをその身に宿すことが結果として世界を救う。そう考えているのが我ら教会です。そこを履き違えないでください」
言っていることは冷たいかもしれない。だが彼女も組織の一員であり、権力や暴力そのものからルフドを守るためだった。
四歳の時に導師に祀り上げられたルフドを守るためにフレンダも教会に入り、親衛隊に入るために訓練を積み、実績を挙げてきた。そして三年前、史上最年少の親衛隊に選ばれたのだ。
幼なじみの少年の苦労を少しでも取り除くために。少年が傷付かないように。
それをあまり理解してくれない導師様には困ったものだが、苦労する分だけ少年が笑っていられるならそれでもいいかと思い、自分を追い詰めても少年を守る。
そんなただの、面倒見のいいお姉さんだった。
「もし枢密院から許可が下りたら必ずついていきますから。今は我慢してください」
「わかったよぅ。じゃあフレンダ。オジサンたちに確認に行ってくれる?」
「他の子に頼みます。あなたから目を離すとまた勝手に行きますから」
「ちぇー」
フレンダは有線の通信機で部下の近衛隊に指示を出す。ぶーたれている導師のために好物のアップルパイも持ってくるようにお願いした。
それからしばらくして。
今日は非番であるはずのメイルから、騎士団の通信機を通して現状の報告が入る。
それでも枢密院は導師の参戦を許可しない。重い腰は、結局上がることはなかった。
その最大の理由は、ルフド以上の神術士が見付かっていないからこそ、これ以上世界に悪感情の種を撒かないためだった。
教会は現状維持、もしくはアスナーシャの降臨。
それ以外に意味は、見出していない。
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