第33話 彼女は、見覚えのある綺麗な髪をした女性だった(8)

「神術の波動を見ればわかります。エレス・・・も、納得していますよ」


 その雰囲気はいつものエレスとは違っていた。子ども特有のほんわかした空気ではなく、もっと幾星霜も歳を重ねた、大人の女性のようだった。

 先程メイルが目を覗き込んだあたりから少しだけ雰囲気が異なっていたのだが、それはラフィアにはわからなかったらしい。


「兄さんの言っていたことは事実だったんですね……。初めまして、アスナーシャ・・・・・・。わたしじゃなくて彼女を器にしていたんですね」

「まあ、この子を守るためにしょうがなくね。やっぱりジーンは気付いていましたか。外法を使える時点で、気付いているとは思いましたが。それで?大バカ者プルートはどこです?あの子も誰かを器にしているのでしょう?」


 その質問に、メイルは答えるか悩む。逡巡して、メイルは十数秒してから口を開いた。


「わからないそうです。兄さんも自分が一番近いだろうけど、知らないと」

「……あの子、まだ記憶を取り戻していないの?」

「断片的には思い出しているそうですよ?ですが……。あの後、プルートとの契約は切られたとか」

「切られた?あの子が?」

「魔導で人を殺した代償だそうです」


 その言葉にエレス――いや、アスナーシャは考え込む。周りの人間が見たら幼い少女が何かを思い悩んでいるようにしか思われないだろう。

 だが事実として、彼女は今世界で唯一とされる神様をその身に降臨させていた。


「アース・ゼロのこと?あんなの、今生きてる人間のせいじゃないでしょう?」

「わたしも詳しくは知りません。誰かさんが勝手に首都に送り飛ばしたみたいですので」

「あら、ごめんなさい。あそこに残ってたら殺されると思ったのよ。または、第二のアース・ゼロの燃料にされるか」

「どうもです」

「感謝の念が篭ってないわね……」


 形式ばかりのお礼にアスナーシャはため息をつく。勝手にやったことにお礼を求めるのもおかしな話だが。


「でも、ならプルートは誰を器にしてるのよ?一度契約を切った人間とはもう契約できないわ。まさか、冥界でふて寝してるんじゃないでしょうね?」

「さあ?そこまでは……。アスナーシャはわからないんです?」

「お互い感知できないようになってるのよ。私たちが揃って全開でぶつかったらアース・ゼロもう一回起こすわよ?そういうのを防ぐためにお互いわからないようにされてるの。必ず器を選ぶ意味もないし」


 こともなげにそう容易く宣う。このことを知れば、アスナーシャ教会は阿鼻叫喚するだろう。いや、そもそもアスナーシャが器を選んでいる時点で、導師として崇める。

 それをジーンが望んでいないので、漏らすことはしないだろうが。


「……そろそろ代わるわ。表に出るのは久しぶりで疲れた」

「あ、疲れるって概念あるんですね」

「もちろんよ。神様でもなく、ただの強力な神術士だもの」


 そう言って雰囲気が変わる。元の、歳相応の少女のものへ変化していった。


「エレスさん、大丈夫?」

「はい……。わたしの中にいたのが、アスナーシャだったんですね。誰かがいるのは知ってましたけど……」

「知らなかったの?」

「だってそう名乗ってくれませんでしたし。アスナーシャ像とか見たら何でか変な顔してましたけど……」


 エレスはいつだってアスナーシャと会話が出来ていた。料理のことや神術のことなど、様々なことを教えてくれた。

 ジーンと初めて会った時、この人は信用できると言ってくれた。いわばもう一人の自分なのである。だから彼女の言葉は全て信じていた。

 時折ではあるが、アスナーシャは表に出ていた。だがそれも数十秒程度。それが器としての限界だったのだ。

 この前のデルファウスの事件の際も、最後に少しだけ出ていたりする。


「このことは兄さんと、あなたとわたしの間での秘密にするから。あなただって導師になんてなりたくないでしょう?」

「はい。……それより兄さんって何ですか?お兄ちゃんはわたしだけのお兄ちゃんです」


 子ども特有の嫉妬心。それが垣間見えた瞬間メイルはニタァと口角を歪ませる。


「あら?独占欲が高いんです?あなたの知らない兄さんのこと知ってますよ?」

「な、な、な……!」

「でも教えてあげませーん。わたしだけの特権でーす」

「お、教えてください!」


 そこで顔をリンゴのように真っ赤にしたエレスと小悪魔的な笑みを浮かべているメイルによるつかみ合いのケンカになるが、体格差からエレスはメイルに一切敵わなかった。

 周りにいた騎士たちはそっくりな女の子同士が戯れているようにしか見えなかった。こんな緊急事態だというのに。


「……こんなに強い力を近くから感じるのに、何もしなくていいんでしょうか?」

「出さないように兄さんに言われてるんですよねえ」

「なら押し通ります!」

「やってみなさいな~」

「というか、本当にお兄ちゃんの匂いがします!今まで何やってたんですか⁉」

「え、ウソ⁉冗談じゃなかったのッ⁉」


 そうして、また小突き合いが続く。

 出動命令が出ていない騎士たちが見た少女たちの図は、髪も瞳もそっくりで、少し歳の離れた姉妹がこんな場違いの場所で仲睦まじくケンカをしているようにしか見えなかった。

 騎士たちも放置でいいか、と考え、ケンカには割り込まない。

 そのためその小突き合いは騒動が収まるまで続き、結局は何も言わなかったメイルの勝ち逃げとなった。

 その間にきちんと教会へ伝達を済ませていたのはさすがである。


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