第58話 最終決戦①巨人型影喰い

 直径五十メートルはあるまるい広間の中央に、巨人が仁王立ちしている。これが影喰いの王であるかは不明だが、この巨人型影喰いの中に、れいは囚われている。それは間違いない。


「まずはお前を助けるぞ、黎」


 晃陽こうようは改めて剣を構え直すと、大広間を飛翔した。


 まだ飛行には慣れていない。ここまでもかなり苦労して飛んできたのだが、この急場にそんなことも言っていられない。この場で成長しろ自分、と心の中で指令を下す。


「行くぞ……飛べっ」


 今度は天井に当たらない程度の高さまで飛び上がり、身体の向きを床と水平にし、黎を取り込み巨大なゴーレムと化した影喰いに突撃していく。


「―――っと」


 だが、すぐに方向転換を余儀なくされる。巨人の全身から黒い触手が何本も伸びて、晃陽を襲ったからだった。


「黎が出すとかっこよかったが、お前がやると気持ち悪いな」


 空中を蛇行し、剣を振るって触手を切り払いながら叫ぶ。黎と、数多あまたの影喰いを取り込んだからか、触手の数は黎が放っていた頃よりも多く、晃陽は防戦一方となってしまう。


「なら……」


 と、晃陽は曲芸飛行のように動いていた触手攻撃エリアから一旦離脱し、巨人から距離を取った。


「デイブレイクス・シュート」


 技名はまだ健在だったようで、床に降り立つと剣を投げつける。真っ直ぐに飛んでいくそれの軌道に、巨人がやや気を取られた瞬間


「戻れ」


 手に剣を戻す。


 今だ。


「はっ!」


 超低空で急加速。エメラルドの床を滑るように飛行し、巨人の股を抜くすれ違いざまに、片足に剣戟けんげきを食らわせる。


『グオオオオオ』


 野太い唸り声とともに、巨人が片膝をつく。


「よし」


 勝機。襲ってくる触手を、壁が迫るまで引きつけてから急旋回。再び影喰いの方向へ突進する。触手は厄介だが、動きは鈍い。


「まだまだだ。デイブレイクス・ライジング」


 なおも追いすがる触手を置いていくスピードで、今度は低空から一気に浮上し、その勢いのまま、影喰いの首に斬撃を食らわせる。


 手応えあり。


「……」


 天井付近に留まり、振り向く。巨人から、首がポロリと取れた。


「やったのか」


 言った瞬間、残された身体から湧いてきた影の触手に全身を絡めとられた。


「言うんじゃなかった」


 この手のお約束を忘れていた。


「くっ……」


 影の触手は、両手両足、首や腰にまで巻き付いており、身動きが取れない。これでは、一旦剣を消してから取り出すといった以前の方法も通用しない。


(どうすればいい。どうすれば黎を助けられる)


 ―――そうか。


 晃陽は、至極単純かつ明快な答えに辿り着いた。そのまま、全身の力を抜いて、影喰いにされるがままにしてやった。巨人に、身体が引き寄せられる。


「そうだ、俺を喰え」


 ずぶずぶと巨人型の身体に取り込まれながら、晃陽はそう呟いた。


※※


 光源の一つも無い、真の闇。

 目を開けているのか閉じているのか。

 なにかを聴いているのか聴こえないのか。

 身体を動かしているのか、止まっているのか。


 生きているのか死んでいるのか。


 何一つ判然とせず、ただ、ここに“居る”ということだけが分かる。


 ―――よ。


 耳鳴りのような沈黙の中から、意味のある声が聞こえ出した。


 これは、あの影喰いの王の声だ。


 いや、自分の声なのか。


 そうか、影無人カゲナシビトと影喰いが一体になること、それが、奴の目的だったな。


 負けてたまるか。何に?


 お前にだ。誰?


 俺私は。

 誰何だ?

 私俺は。

 何誰だ?


 私は―――。


「黎だ。小暮黎。二色南中学校三年生。クラスは、知らない。文芸部の部長の癖して、俺が書いてくる小説に文句しか言わない。なら自分で書いてみろ。だから―――一緒に帰ろう、黎。あかり氷月ひづきが待ってる。ひかりが、待ってる」


 最初に、自分の両手が動いた。次に、足が。


 周囲は変わらぬ暗闇。だが、自分が自分であるという確信、進むべき道を指し示すが、はっきりと見えた。


 曖昧となった自己に、確かな輪郭と、核が与えられる。


 そうだ、俺は。

 俺の帰るべき世界は。

 俺を待ってくれている人たちは。


「晃陽」

「お前が泣いているのを見るのは初めてだな、黎」

「晃陽、ごめん。俺、お前のこと……ずっと……」

「いいよ。……友達だろ」


 感謝を告げたかった。だが、喉がしゃくりあげることを優先してしまい、果たせなかった。


「さぁ、黎。内側からこいつを倒すぞ。一寸法師作戦その二だ」


 その一があったのか。ああ、あの影の二色南中で大蛇型を倒した時か。


「それは良いんだけどな、晃陽」

「なんだ。ネーミングの文句なら受け付けないぞ」

「そうじゃねぇよ。なんでお前、影喰いに全身取り込まれてる状態なのにそんなに意識がはっきりしてんだ?」

「知らん。いや、それは俺が選ばれしも」

「よし、やるか、一寸法師作戦!」

「訊いたならちゃんと最後まで―――ああもういい」


 あっという間に、いつものやり取りだ。


 友情が咲かせた花は、何度でも種を落とし、そこに光と涙が注がれ、何度でも芽吹く。


 晃陽と黎は、背中合わせで互いに剣を構え、影の能力を解放した。


「実はな、黎。意識の話だが、かなりつらい」

「そうかよ。大丈夫だ。俺はもっとつらい」


 ならば、と、二人の意思は一致した。


「「とっとと出るぞ。覚悟しろ、影喰い!!」」


※※


 討ち入りにやってきた少年を食らい、エメラルド色の広間に、じっとたたずんでいた巨人型影喰いの様子が変わった。


『ゴゴゴゴゴ』


 まるで腹でも下したように、身をかがめる。


 直後、影喰いの身体から、幾筋の光が小漏れ出した。


 影が、瓦解していく。少年たちの、光に染まり、砕けていく。


「「うおおおおお!!」」


 内側からの波状攻撃を食らわせた二人の少年が、巨人の腹を破って飛び出した。


「はぁ、はぁ、やった……いや、もうやめとこう」

「……ん、そうだな……」

「黎」

「晃陽」


 いつか聞いたように、影の街―――シャドウ・ワールドに小気味良いハイタッチの音が鳴り響いた。

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