第43話 怪奇、浅井香美奈の消失
「つまり、浅井のやたらお前と一緒に居たがる性格と、家が近い明の要素が絶妙にミックスされて、今の状況が完成したわけだ」
「わけだ、じゃない。何を冷静に分析しているんだ
「今日は小暮先輩がおかしい日なんですか」
「何やら、良からぬことが起こっているようだね」
文芸部部室で、
「つまり、
一通り話を聞いた氷月が、CTに要点をまとめた後、教師の声を出す。
「昨日までこの学校には
「そうだ。信じてもらえないかもしれないが、本当なんだ」
晃陽の懇願するような声に、黎も頷く。
氷月は、軽く目を閉じ、腕を組みながら、こう言った。
「先ほど、晃陽の様子が気になって
うなだれる晃陽に「だが」と、声が続いた。
「君たちは『シャドウ・ワールド』と関わっている。その影響で、消失した少女の記憶が消えなかった可能性は、ある」
「シャドウ・ワールドって、なんだ?―――氷月先生、一体先生は何者なんだ。いい加減、教えてくれないか」
晃陽の声には、
「そうだな。こちらとしても、説明したいのはやまやまなんだが―――」
組んでいた腕を解き、錐のような細面についた眼光を鋭くして、氷月は「まだ、そのときじゃあない」と言った。
「先生」
勢いよく立ち上がった晃陽が詰め寄るが、氷月はそれを視線による一閃で押し留めてしまった。
「君たちには、まだ、普通の中学生でいて欲しいんだ。今回のように、ちょっとした冒険をして、友達を作り、そうしていつか、大人になったときに今日この日を懐かしく、愛おしく思い出してくれるような、ね」
やや険しい顔は、むしろ自らへの戒めのように思えた。晃陽は、矛を収めるようにゆっくりと椅子に座り直した。
「無論、これ以上のところに行ったら、問答無用で話さなければならない。そうなったら、すまないが晃陽、君には少々辛いことになるかもしれない。君のため、などとおためごかしを言うつもりはないが、俺と君の友情に免じて、ここは堪えてくれるか」
「―――分かった。先生の言葉に、嘘はないんだろう。俺は、あなたを信じる」
「ありがとう。黎も、明も、それでいいかな」
話の筋が読めない二人だったが、無言で頷いた。氷月は微笑み―――一瞬、悲しそうにすら見えるその笑みと共に立ち上がった。
「さて、行くかな」
「どこに?」
「大人として、ちょっとした責任を果たすのさ。晃陽、短い間だったが、君と話す日々は楽しかったよ。教師も、なかなかに悪くない経験だった」
「何を?」
言っているのだ、そう問いかける声は続かず、氷月は、まるで風のように動き、部室を出ていった。三人とも、動けなかった。止めることができなかった。
「先生―――わっ」
金縛りから解けた晃陽が、勢いよく出ていく。だが、そこに氷月はおらず、代わりに一人の女子生徒と正面衝突してしまった。
「
「うん。鼻痛いけどな」
涙目になった浅黒い顔の少女を慰めようと、いつかしたように頭を撫でようとしたら「それはだめっ」と禁止された。
「藤岡さん? どうしたの、こんなところに」
いつもなら、ソフトボール部の練習で大声を張り上げている彼女が、今日はユニフォームはおろか、体操着にも着替えず、一足早い夏服という出で立ちだ。
「う? えーっとな……」
明の問いかけに、月菜が最近少し伸ばし始めた髪を指でくるくると回しながら言葉を探す。
「なんかなっ? 分かんないんだけど、すっごく大切なことを忘れてるような気がしてなっ?
自信なさげな月菜の声。だが、その言葉は、明の心のひだに触れ、感情を激しく揺り動かしたらしい。
「うん……私も、分かんないけど、分かる……ありがとうね。ふじお―――月菜」
「明、何で泣いてんだ? あっ! あたしのこと、名前で呼んだっ!」
「藤岡に名前呼び一号、取られちまったな?」
「うるさいぞ、黎。そんなことより、お前たち」
やおら大声を発した晃陽の手には、CTが握られていた。黎・明・月菜は異口同音に「「「また始まった」」」と思ったが、おとなしくしておく。
「先ほど、珍しくあの怠け者な
何故影喰いの仕業だと決めつけるのか。何故影の街にいると言えるのか。そのCTには誰からも着信などなかろうが。などなど、誰が聞いても論理展開がめちゃくちゃな弁舌だったが、久しぶりに見せた晃陽の『何となくそういう雰囲気にさせる能力』に、三人は飲まれた。
かくして、この世から存在を抹消された少女の捜索が始まった。
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