第38話 二色南中文芸部のダブルデート㊤
その週末の土曜。大雨にも驚異的な粘り腰を見せた桜が、そろそろ散り切ろうとしていた。
「晃陽、ちゃんとおとなしくしてたか?」という黎は、新緑色をしている長袖のカットソーにジーパン姿。
「人を落ち着きのない猫みたいに言うな、黎。言われた通り、今日は“影の街”の外には出ずに、じっとしていた」という晃陽は、Tシャツに綿パンだ。
「時間が経てば、自動的に帰れるかどうかを調べたんですか」
二人の会話に、小柄な身体には大きめなトレーナーパーカーにデニムパンツを履いた明が質問を重ねる。
「ああ。今日みたいに、俺に野暮用があるときはそうしてもらおうと思ってな」
黎が頷く。
「ちゃんと戸締りしても、どこからかスルッと抜け出しちゃいそうですけど」
同級生の女子にまで落ち着きのない猫扱いされている晃陽は、落ち着きなく商店街に出た出店をウロウロとしていた。
今日は二色神社の例祭だった。
「先輩、もう、首輪でも付けたらどうですか」
「大丈夫だって。あいつは、人との約束を破る奴じゃない」
「黎、明、たこ焼き食べるか」
「ああ、貰うぜ」
「……食べる」
変な人だ。明は、晃陽に対して思うところを心の中で述べる。最近眼鏡デビューしたクラスメイトで、部活仲間な男子は、口にソースと青海苔をつけて無邪気な表情を見せていた。
だらしなくてうるさくてガサツ―――って程でもないか。ちゃんといろいろ考えてるし、人に気を遣えない性格じゃない。
むしろ、潜行障害や失踪中の話を氷月先生や小暮先輩から聞いて、人一倍繊細なところがあるってことを知った。
顔も、目力が強すぎて威圧感があったけど、眼鏡で大分軽減されている。それだけじゃなくて、言動の端々に余裕が出てきた気がする。
短い付き合いだけど、彼は変わった。そういう人は、そんなに嫌いじゃない。なのになんか苦手意識が抜けない。あ、たこ焼き思ったより熱い。はふはふ。
「あ、たこ焼き食べてる! ずるいよ、黎~」
熱かったのと、突然晃陽とは別の意味で苦手な人物の声がしたので、思い切りむせてしまった。
「明ちゃん、大丈夫?」
「あ゛い」
背中をトントンと叩きながら心配してくれる
いつも手伝っているときの巫女姿だったが、髪はいつも以上に綺麗に梳かれ、化粧もしている。超美人。なんて、あの
「今日はありがとうね、三人とも。今年は休日が例祭だから、こんな盛大になっちゃって、人手も足りなくて」
夏祭りならぬ春祭りといった様相の商店街を見回しながら言う。多くの出店が立ち並び、
「礼には及ばない。何をすればいいんだ、貴江」
「そうですねぇ」
礼は要らぬと、礼儀を知らぬ晃陽の尊大なタメ口にも、相変わらず貴江は丁寧な言葉で返す。
「晃陽くんは、低学年の子たちのお神輿を見ててください。お母さんたちもいるけど、男の子がいると頼りになりますし」
「任された」
晃陽が脱兎の如く突っ走って行く。「精神年齢が近いから、丁度いいんじゃねぇか」という黎の声は、きっと聞こえなかっただろう。
「明ちゃんも、晃陽くんと一緒にお願い」
「え!?」
子供は苦手。いや、嘘。大体人間全般が苦手。明は、それを知っているはずの貴江から下された指令に狼狽する。
貴江が困り眉を作って言う。
「そんな、病院行く前のワンちゃんみたいな顔しなくても」
「してないです」
「じゃあ、大丈夫だね。いってらっしゃい明ちゃん」
先ほどまで他人を猫扱いしていた自分が、犬呼ばわりされる。やっぱり貴江は強い。いつでもニコニコ問答無用。
「こわくないよ~。がんばって~」
貴江は小さな背中を見送ると、黎に向き直った。
「大丈夫、だよね?」
「最近は、大分打ち解けてきたとは思うんですがね」
「ん? そういうことじゃなくって、明ちゃんのこと。ちゃんと自分の気持ちに素直になれるかって話」
「……どういうことですか?」
「あー、気付いてなかったか。流石黎だね。そういうところは、晃陽くんに負けてるぞぉ?」
頭半分低いところから覗き込む貴江の眼差しに、黎が困惑する。
強かな巫女は、その表情を少し楽しんでから言った。
「明ちゃん、昔からめんどくさいから。欲しい物とか、やりたいことがあってもちゃんと口に出して言えないの」
「そう、ですか」
「でもね、分かりやすいんだよ。いっつも心とは反対のことをするから。だから、晃陽くんみたいな察しのいい人は気付く」
「そうですかね? ―――いや、そうかな。あいつは、気付いても知らない振りができるタイプだし」
「でしょ? だから、あとは、明ちゃん次第ってわけだね。大丈夫かなっていうのは、そういう意味」
そして、目の前にいるこの後輩くんも分かりやすく赤面している。
いや、貴江は思い直す。彼の場合は、もう少し複雑かもしれない。自意識過剰かもしれないけれど、自分にまったく興味が無いわけではないはず。だけど、その目は、どこかもう少し遠くを見ている。
でも、と、貴江は明るい声を出す。
「さ、黎はこっち。私とデートだよっ?」
「デートって、巫女さんとしてどうなんですか、それ」
いいからいいから、と、黎の手を掴み、神社の方へと駆けて行く。いつもよりはしゃいでしまっているけれど、たまにはいいはずだ。何かに言い訳するように、貴江は思った。
※※
子供たちの前でも、晃陽は変わらず晃陽だった。
「あの神社には、この街を覆う邪な影を祓う神秘の結界が張られている。我々でその守りをより一層強くするのだ。行くぞ
おおー! という雄叫びが上がる。
小学生と、頭が小学生以下な中学生が、小さな神輿を担ぎ、商店街を神社に向かって練り歩く。
周りのPTAは大助かりといった表情だが、明だけはげんなりしていた。元気いっぱいなテンションを維持するのと恥ずかしさで今にも卒倒しそう。
あと、なんか気前のいい出店の人から食べ物を貰う。一人のお姉さんからは「楽しい彼氏だね」との言葉を頂戴し、「違います」と真顔で返した。お姉さんは固まってしまったが、本当のことだからしょうがない。また
と、頭の中で想像したら、いた。
「おおーい! 東雲ぇ! 明ぃ!」
「あはは~、子守してる~。が~んばってね~」
「俺が呼んだ。一緒の方が楽しいだろう」
はぁ。―――ってあれ? なんでちょっと残念な気分になってるんだろう。
思わぬデートは、始まる前からご破算になりかけていた。
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