第2話 田舎令嬢と夜会の誘い

 ようやく鍛錬から解放されたのが朝方、極度の疲労の中溺れ死にかけそうになりながらも風呂に入り、寝室で爆睡しようと思っていたのだが。


「おいアル、親父と兄貴が呼んでるぜ、談話室に来いってさ」


 と二番目の兄ミハエル・ルーデル、ミハ兄に止められてしまった。


「俺朝まで組手やらされたんだけど…」

「知らん!家長命令は絶対だ!」


 がはははと大口を開けて笑う、この野郎、お前は昨日御馳走食べてぐっすり寝てたんだろうが。


 すれ違いざまに肋骨部分に手刀を叩き込んでおく。ふごっ!?といううめき声とともにミハ兄が床に膝をついた、鍛え方が足りないなミハ兄。


 貧乏な田舎貴族ではあるが家はそれなりに大きい、元々ここに住んでいた大地主の家を安く買い取ったものだ。そのため俺の部屋から談話室は遠い。朝からめんどくさいことこの上ない。


「おはよう親父、ケイ兄」


 ぶっきらぼうに朝の挨拶をする、こっちは早く寝たいのだ。


「おはようアル、有意義な稽古だったかい?」


 相変わらずケイ兄はさわやかだ。このさわやかを保つ秘訣はなんなんだろうかとても気になる。


「おはようアルトリア」


 ケイ兄と同じつややかな黒髪をしている髭がダンディーな筋肉質の壮年の男は俺の父親でありこの領地を任されている伯爵、ギニアス・ルーデルその人である。相変わらずすごい筋肉だ。ケイ兄の次はこのような漢らしい男子になりたいものだ。

 …まあこの人生では女なんだけどさ。


「それで一体何の用?昨日の罰ならこってりカイエン師匠にしごかれたよ」

「うむ、それに関してはもういいのだが…」


 ん?あの竹を割ったような性格の親父が言いよどむなんて。なにかあったのか…?


「王都の婚活パーティ―、行ってくれない?」

「…は?」


 何言ってる?婚活?誰が?俺が?


「第2王子のジーク様の婚約者を決めるために顔合わせということで夜会を開くらしい」

「で、でもこんな田舎の辺境伯爵の娘なんて王族は眼中にないのでは…?」


 それ以前に男と結婚とかなんか複雑な気分だし。


「別に玉の輿狙って行けなどは言わん、ただな…」

「ごめんアル、俺のせいなんだ…」


 ケイ兄がバツが悪そうに顔をうつ向かせる。こんなに項垂れてるケイ兄を見たのは初めてかもしれない。


「一体何がどういうわけなんだよ。ケイ兄、親父」

「…身もふたもない話をすると、見栄だな」

「見栄?」

「南方を治めている宰相殿がな、第2王子の派閥なんだ」

「今まで政に興味がなかったジーク様だが第1王子のアインズ様の引きこもり癖がひどくなる一方で王位継承権をジーク様に譲渡するかも知れないんだ」

「そこで宰相殿は自分の娘を嫁がせたいと考えているが他の家の娘を先置いて自分の娘だけ接近させるわけにもいかず…」


 ややこしいなおい。


「…まぁなんとなくわかったよ、早い話夜会に行って邪魔せず突っ立てればいいんだろ?」

「すまん、お前だって本来だったら許嫁や他の貴族との交流をさせてやって婚約を結びつけるのだが…」

「いいっていいって、仕方ないさ、ここかなり田舎だし、貴族様が好き好んでやってくるわけないさ」


 こんなこと言う俺も貴族様なんだがな。


「それに、家のためになるなら歓迎だよ、観光だと思って楽しんでくるさ」

「すまんのアル…ここから王都へは1週間はかかるから急ですまんが明日出発しておくれ、護衛にミハエルをつける」

「うーん俺に護衛なんていらないんだけどなー、ま、いいやミハ兄に伝えてくるねー」


 王都なんて何年ぶりだろう、お小遣いたまっていたはずだしいろいろと面白いもの探さねえと!


 こうして俺は結構楽しみしながら王都への旅支度を始めるのだった。





「…いったかケイネスト」

「大丈夫です、アルの鼻歌が聞こえなくなりましたから」


 神妙な顔をして目配せをするケイネストとギニアス、何とも言えぬ緊張感が走る中、二人が同時に口を開いた。


「「アルに結婚なんて早い!!!!!」」

「あいつはあんなに可愛いんだぞ!?王都に行ってバカ貴族のバカ息子がちょっかいをかけてきたらどうする!!!!」

「というか昔にパパと結婚するって言ってたし!ワシのものじゃし!」

「おっと父上、それは聞き捨てなりませんな、アルは私に大きくなったら結婚すると言ってくれたのです、アルの4歳の誕生日、王歴478年4月14日午後6時45分26秒の時にね!」

「はあ~~~~~~~??????ちょっとそこまで正確に時間を覚えているとかわしの息子マジきもいんですけど~というか兄妹とは結婚できないんですぅ~~~~~」

「あんたの言葉づかいのほうが万倍気持ち悪いですし、それを言ったら父親と結婚するほうがまずいでしょうが!」

「お、なんだやんのか優男、息子でもアルへの愛を侮辱する奴は許せんぞ?」

「…いいでしょう、いい加減あなたからすべて引き継いでアルとの幸せな生活を実現するための踏み台にさせていただきましょう」


 剣に手をかけ今にも切りあおうとする二人、このままルーデル家で殺し合いが始まってしまうんすかねー、と申し遅れました。私ケイネスト様の秘書兼メイドを務めている、マリアというっす、よろしくっす。いやーケイ様にお届けする書類を渡しに来たらなんか修羅場ってるっすねー、私生きて帰れるんでしょうか。


 などと思わず虚空に話しかけてしまうほどこの空間の殺気やばいっす。元騎士団副長と剣術大会優勝者のガチバトルとかもうね、膀胱がやばいっす、ちょっとちびった。


「いい加減にしなさい」

「ガッ!?」

「ぬおッ!?」


 あ、奥方様であるリールハルト・ルーデル様が二人を殴って止めました。…あれ思いっきり鳩尾入ってるっすね。しばらく呼吸できなさそうっす。


「あらマリーちゃん、ごめんなさいねうちのバカ亭主とアホ息子が」

「いえいえ、なんかもう慣れてきたんで大丈夫っす」


 ちょっとちびったけど。


「あの子だってそんな浅い男になびくほど馬鹿な子じゃないでしょ?」

「で、ですが母上、もし何かあったらどうするので…」

「その何かを起こさないために頭が弱いとはいえ家で一番強いミハエルを護衛に着けるんでしょうに…それに」

「そ、それに?」


「あの子の性格上、「私が好きなら私を倒すんだな、ガハハハ」とかいうでしょうよ」

「「「…あー」」」


 この家のご息女であるアルトリア・ルーデル様。奥方様と同じ赤みが差した、長く綺麗な茶髪、旦那様やケイ様と同じアメジスト色の瞳、そして誰にでも優しい懐の深さと女の私ですらその可憐さに唾をのんでしまうほどなのですが、性格が、なんていうかその、街中にいる不良と言いますか、ガラが悪いです。

 更に男の子っぽいものが好きで、精神年齢は近所の悪ガキと変わりません。趣味で武術を収めていてその腕は師であるカイエン様の言うところによると


「徒手空拳ならお主(ギニアス)に勝てるぞ」


 とまで言われるほどの実力者、ぶっちゃけ旦那様も人外レベルで強いのでそれに勝てるとか人のレベルを超えているっす。


「…それにあの淑女のしの字もないような娘を他にやるなんて考えられません、少なくとも一般的な貴族の娘として、恥ずかしくないレベルになったら考えてもいいですけどね」


 ちなみに奥方様もアルトリア様のことを溺愛しているのでしばらく先はなさそうっす。


「とりあえず!バカなことしてないでさっさとやることやる!マリアもケイに仕事持ってきたんでしょ」

「はいっす、行くっすよケイ様」


 こんな感じで日々騒がしいけどなかなか楽しい職場っす。

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