海へ、行こう・中編

 「海だねぇ…」

 「海だなぁ…」


 レンタルした浮き輪にお尻の方からすっぽり埋まり、穏やかな海に漂う音乃と、その浮き輪に体を預けて伸びきってるターナのすぐ側で、蒔乃は立ち泳ぎしながら不満を隠さない顔でいた。


 「そりゃ海なんだけどさー、もうちょっとこう、はしゃいで遊ぶとかそーいうのないの?」


 テトラポットで囲まれた海水浴場は、東京近郊のそれとは違って人が多いながらも適度にちりばり、こうして浜から離れてノンビリしていると他に人がいないような気分にもなれる。

 浮き輪の恩恵にたっぷりあずかる二人は、蒔乃が見たこともないようなだらけきった顔でいて、そういえばもう何分こうしているのかと呆れるのだった。


 「…といってもねー…最近いろいろあったから、こういうのって…くつろげるなあ、って思うー…」

 「…だな…どうも溶けてしまいそうだ…」

 「そのいろいろ、ってのに関して話しよーよ。二人ともおばーちゃんみたいだよ」

 「マキ?うちのおばあちゃんここまで緩くないと思うけど」

 「そりゃそうなんだけど…あ、いやあたしが言いたいのはそーいうことじゃなくて…」

 「…まあなんだ。マキノも一緒にだらけてたらどうだ?こういうゆっくりしているのも、たまにはいいだろう?」


 ターナも、普段の活動的でキリッとしたところなどどこへやら。音乃のぼけっとしたところが感染したような緩みきった表情でいる。


 「一緒にすんなっ!もう、二人で勝手にやってればいーじゃん!あたし一人で泳いでくる!」


 そのターナの言葉がきっかけになったのだろう。

 いきり立った蒔乃は、派手に水音を立てながらやけくそ気味の派手なクロールで、浮き輪の二人が水飛沫にまみれるのも構わず一人去っていってしまう。

 後に残された二人は、というと頭からかぶった海水にも動じることなく、むしろ涼しくなったー、みたいな顔を見合わせてくすくすと笑うだけだったが。


 「…悪いことをしたかな」

 「もうちょっと構ってあげればよかったかなー…お昼食べたら三人で泳ごうか?」

 「そうだな。けどそれまでは…ここでもう少しゆっくりしていよう」

 「さんせー。あ、ターナ?」

 「うん?」


 と、音乃は周囲を見回し、誰もこちらを見てないことを確認すると、


 「ん」

 「む…」


 ターナの首の後ろに片手を回して顔を寄せ、唇に軽く触れるだけの口づけをする。


 「…しょっぱい」


 そしてぺろりと自分の唇をひと舐めして、そう感想を述べた。


 「海水の味だろう。それにしても音乃も人目をはばからないやつだな」

 「なによー、ちゃんと確認したじゃない。嬉しくない?」

 「場所を選べ、と言ってるんだ。まあ、音乃から求められるのは…嬉しいけどな」


 ふふ、と笑って今度はターナの方から、浮き輪の上に乗った音乃の二の腕に口づけた。


 「…なんかふつうにキスするより、えっちぃ…」

 「これくらいで我慢しておけ、バカ音乃。いくらなんでもこんなところで盛れるか」

 「さか…って、露骨だなあ、もお」


 やることは同じだろ、と言うや否や、勢いを付けて水面下に潜ったターナは、音乃のお尻を下から押して浮き輪から押し出す。


 「きゃあっ?!」

 「交代だ!今度は私が楽をする!」


 そう言って浮き輪を乗っ取り、今度は自分が立ち泳ぎをする番になった音乃が海水をかけて抗議するのも構わず、あははは、と楽しそうに笑い声をあげるのだった。




 「…二人っきりになった途端にあれかー。あたし単なるお邪魔虫じゃん、これじゃ」


 そんな姉とその恋人の姿を離れたところから見届けると、蒔乃はいじけた気分でそれに背を向けて浜に向かって手足を動かす。

 音乃とターナが顔を寄せるところもしっかり見えてしまったから、自分が知ってるよりもずっと二人の仲が深くなっているのだろう、とは思うが、それにしてもちょっとアレはどうなのだろう、と男の子と付き合ったことのない蒔乃としては、思わざるを得ない。


 「もしかして、もっと関係が進んでたり…あー、うん。ないない。音乃ちゃんに限ってそれはない」


 もちろん蒔乃もそういうことに興味が無いわけではないが、まだ実体験が無い身では、身内の、それも姉が誰かとそういう関係になっているなどとは想像も付かない、というよりもあまり考えたくもなく、そんな二人の姿が浮かんだ頭を振るって、想像というより妄想を振り払う。

 そうしてあとは一心不乱に浜に向かい泳ぎ、足が砂地についたところで立ち上がった。

 周囲は家族連ればかり。うら若い女子が一人でいるにはなかなか気後れをする場ではあるが、逆にナンパまがいの真似をされる心配はなく、自分たちの荷物を置いたレジャーシートの元へ向かい、そこに座り込んだ。

 ビーチバッグの中はもちろん貴重品など入っておらず、三人分の上衣に蒔乃が自宅から持ち込んだ水筒くらいのものだ。

 レジャーシートの方も、キャンプ用の割と本格的なものだが、荷物を置く場所として確保してるだけなので、折り畳んで小さく使っている。これも蒔乃が持ってきたものに、なる。


 そのシートにひとり座り蒔乃は、後ろで縛っている髪を下ろし、最近伸ばしているそれを指先でつまんで、肩の上から前に引っ張って、眺める。

 明るい茶色系の色なのはもともとなのだが、中学の頃は脱色だか染色しているんじゃないかと、よく学校で注意されたりしたものだ。

 そんなとき、親より先に学校に文句を言いにいってくれた姉の姿は、家に居てボケボケしている時と違って、妹ながらも自慢出来るものだったと思う。


 それからいろいろあって、自分の知らない場所で知らない姿に変わっていく姉。

 時々話したり、自分の方から会いに行ったりと、距離は離れても今までとあまり変わらないように接してきたつもりだったが、自分の失敗と正面から向き合い、それでいつの間にか家族の外に大切なひとを見つけていたり、妹の心配など無用、とばかりに遠ざかっていく気がする。


 「ちょっとはこっちの身にもなれっつーのよ、もう!」


 例え怒鳴っても聞こえそうにない距離ではしゃぐ二人の姿を遠くに見ながら、蒔乃は憤然と立ち上がってビーチバッグを取り上げる。

 別にその二人に投げつけるつもりではなく、風に煽られて体が冷えそうだったので上着を着ようとしたのだったが、狭いレジャーシートが災いして、バッグを持ち上げた途端、シートが風で飛ばされてしまった。


 「あーっ!」


 慌ててそれを取りに行こうとしたのだったが、周りの人が手を伸ばしてくれたにも関わらず、それらの手をすり抜けて飛ばされてしまうのだった。


 「………なんのよう、もお…」


 海で必要になる道具のいくつかは、蒔乃が家から持ってきたものだ。

 去年使う機会が無かったこともあって、それらは家のどこに仕舞ったかも分からず、音乃たちと一緒に行くことが決まってから家人に尋ねてどうにか探し当てたものだ。

 それでも面倒とも思わなかったのだから、蒔乃は蒔乃なりに、音乃とターナと一緒に遊びに行けることを楽しみにしていたわけだ。

 それが、二人は自分を放ったらかしにして楽しんでおり、自分は邪魔なのかと憤慨していたら、風にまであざ笑われるような仕打ちを受ける。泣きたくなるような気分になるのも、無理はなかった。


 「かえろっかな…」


 もうばかばかしくなって、その場に体育座りでへたり込む。

 沖の方では、浮き輪に収まったターナを音乃が引っ張っていて、見るからに楽しそうだ。それに混ざる気にもなれず、きっと口を開けば泣き言しか出てこないだろうから、唇を噛んでじっとそれを睨んでいた蒔乃に、後ろから声がかけられる。


 「これ、きみのだろ?飛んできたよ」

 「え?」


 若い男の声だったから、一瞬警戒はしたものの、そういえばレジャーシートが飛ばされてたんだっけ、と思い直して振り返る。


 「ほら。俺らのとこまで飛んできてたよ」

 「…あ、ありがと」


 一応は礼儀だと、立ち上がって受け取ったものは、確かに蒔乃が見失っていた樫宮家のレジャーシートだった。

 手渡してくれたのは見たところ、蒔乃と同い年くらいの少年だ。

 日焼け目立つ上半身は割と鍛えられていて、水泳部かなにかなのだろうか。


 「飛んできたコレに上半身持ってかれかけてたもんなー、リュウは。けっこーいいやつみたいだし、大事にしときなよ」

 「そーそー。あん時のリュウはいい慌てっぷりだったわぁ」


 そのリュウと呼ばれた少年の後ろからも複数の男女の声。見ると、合わせて三組の男女がそれぞれに関係を察せられるほどの距離を保って、立っていた。


 「ほっとけ。まーでもさ、他のひとに当たったりすると危ないからさ、気をつけた方がいいよ。きみ一人?一緒に誰か来てないの?」

 「え?…あ、ええと、姉とその友達と一緒なんだけど…なんかあっちはあっちで勝手にやってて、取り残されてた…じゃなくて」


 なんで初対面の男女の一団にそんなことを言ってしまうのだ。これではとんだ寂しんぼうじゃないか。

 取り繕うように慌てる蒔乃だったが、一団はそんな様子を意に解さないようで、一番前にいたリュウと呼ばれた少年以外は、なんとも仲睦まじくそれぞれに楽しんでいるようではある。


 「…えっと、ぶつけてしまった?ごめん、ケガとかなかった?」

 「ああ、大丈夫大丈夫。こいつらが大げさに言っただけだし。それより荷物番もいないようだったらさ、俺らと荷物まとめといたら?俺ら近くのモンばっかでさ、慣れてるからテキトーに同じとこに置いといてくれりゃいいよ」

 「あ、それより一人だったら一緒に遊ばない?」

 「え?」


 一番手前にいた少年ではなく、その後ろの少女がそんなことを言う。


 「わたしらさー、別に怪しいもんじゃないし。一人でいるとヘンな声かけてくるのがいるかもよ?虫除けだと思ってさ」

 「……んー」


 見たところ、三組のカップルが連れ立って遊びにきている、という具合だ。

 遊び慣れた大学生の群れ、などではなさそうだったから蒔乃もそれほど警戒心は抱かず、どうせあっちはあっちでいちゃいちゃイチャイチャいちゃいちゃイチャイチャしてんだからこっちも勝手にさせてもらおーか、と、特に深く考えず、蒔乃は素直にその誘いにのることにした。




 案の定、彼らは地元の高校生のグループのようで、こういうグループで遊ぶことの多い蒔乃は割とすんなり中に入っていけた。

 長野から来た、というとこの辺りではちょっと珍しいねー、などと言われもしたが、異分子を当たり前のように受け入れる気持ちの良さは、なんとも今日の蒔乃には救われる思いがして、ビーチバレー(風があったのでビーチボールではなく、古びた本物のバレーボールを使った)だのペットボトルを旗に見立てたビーチフラッグスだのといった、浜でする遊びを堪能出来た。


 意外であったのは、三組のうち蒔乃に最初に声をかけた少年にひっついていた少女が妹だった、ということで、若干ブラコン気味の言動に一同微笑ましい笑みやら苦笑いやらを浮かべていたものだ。


 そしてそんな楽しい時間をどれくらい過ごしていただろうか。


 「あ、そういや腹減らね?そろそろ昼にしよーぜ」


 グループのうち、一人だけ腕時計をしていた少年がそう提案する。仲間たちも口々に、そうだなー、とか、お腹空いたー!、などと言い合い、そういう空気になる中、蒔乃は音乃たちのことを思い出して気になっていた。


 「あ、ごめん。あたしおねーちゃん…姉がそろそろ心配してるかもだから、戻るね。ありがと、楽しかった」

 「マッキーなかなかいい動きしてたよー。良かったらお昼も一緒して午後も遊ばない?」


 それは…、と立ち去りかけた足が止まる。

 素直に考えれば、つい一時間前まで名前も知らなかった彼らと遊んだ時間はとても楽しかったのだし、どうせあちらはあちらでいー感じなのだから、放っておいても構うまい。

 けど、あの二人のことだから自分のことなど忘れて楽しくやっていそうではある。連れてきてもらった身ではあるが、それはそれで癪に障るのだし、この際午前中の分を嫌がらせしてやるくらい許されるのでは…?と、悪い顔になった時だった。


 「あ、マキー。こんなとこにいたー…って、どしたの?」

 「マキノ、探したぞ。お昼に…と、済まない、取り込み中だったか?」


 こちらから探すまでも無くやってきた音乃とターナが、先に蒔乃を見つけて声をかけてきたのだ。

 砂浜の端の方の自分をあっさり見つけられる二人の眼はどーなってんの、と思ったのだが実際のところは、探すのを面倒がってターナが自分の力を使って探し当てた、というところだ。

 が、蒔乃にはそんな事情は分からないから、つい直前に抱いていたイタズラ心を見透かされたかのように現れた二人に、慌てて「う、ううん?なんでもないよー」と棒読みで誤魔化すしかないのだった。


 「あれ、どしたの、この子たち。一緒に遊んでた?」

 「む、そうか。邪魔したのであれば悪かったな。どうする、マキノ。後で合流するか?」

 「え…?あ、あーそのー…、どうしよ…かな」


 これからの行動について選択を迫られる。

 蒔乃としては元々の予定通り、音乃たちと午後は遊ぶつもりだった。せっかく連れてきてもらったことだし、ターナとこういう形で遊ぶのは楽しみにもしていたところだったからだ。

 …なのだが。


 「「「「「………」」」」」

 「…すげー美人…」


 ターナならまだ分かる。

 白皙の美貌を寄せがたくしないどこか少年っぽい雰囲気に、モデル顔負けのスレンダーボディ。普通の日本人なら高嶺の花でしか無さそうな外見でありながら、こういう場で意外に話しかけやすそうな格好でもあるからだ。

 だが、音乃は…となると。

 確かに美人に入る方だと妹ながら思うのだが、今初めて会ったばかりの高校生の男女両性が唖然とする程の美人か?…と言われると。


 「あ、ちょっと待ってみんな。別にそれほどじゃないってばー、この姉は。ほら、あたし午後も一緒に遊びたいし、どっか行かない?」

 「こーら、マキ。姉に向かってなんてこと言うの。ごめんね、もしうちの妹が失礼なこと言ってたら後で叱っておくから。もし邪魔してるみたいなら連れて行くけど」


 …などと、如才の無い物言いで蒔乃の面子を犠牲にして場を丸く収めようとする辺り、蒔乃の知る姉の姿とはかけ離れている。


 「失礼なのは音乃ちゃんの方だ!もういいから、アッチ行って!ターナも、音乃ちゃんとデートなんでしょ?あたしはこっちの方が楽しいから、ほら音乃ちゃん連れてって!」

 「あ、ああ。悪いな、じゃあ三時頃に海の家で合流しようか?」

 「分かったってば!」


 と、半ばやけっぱちにターナの背中をぐいぐい押すと、二人は一度顔を見合わせて何かしら意志の交換をした後で、


 「…じゃあ、ごめんね、みんな。悪いけど妹と遊んでやって」

 「マキノ、時間忘れるなよ。泊まり先に迷惑かけるからな」

 「いーから早く行けーっ!…あ、音乃ちゃん荷物だけど…」


 一応自分たちの荷物を置いた場所を教えておく。

 分かった、と、これまた愛想よく、手など振りながら去って行く姉の姿は、ビキニの水着などでなかったなら感謝の一つもしたことだろう。残念ながらそうならなかったのは、すぐ近くにいる男子三名が呆然とそれを見送り、その隣にいた女子に何かしら手酷い報いを受けるという、ちょっとした修羅場になっていたからだった。


 「あいててて…遊理のやつ妹のくせしてなんで彼女みてーな反応しやがんだ…」

 「妹的には兄が鼻伸ばしてる姿なんか見たくないんじゃないかなー、って思う」

 「そーいうもん…?」


 リュウ…佐倉隆之介は、この中では一人だけ彼女持ちでなかった、ということで六人の中では一番蒔乃との会話も多かったが、蒔乃も最初に声をかけてくれたこの男の子には、何かと気易く声をかけることが出来ていて、自然会話も多くなっている。


 「もみじ一発で済んでるんだから、先輩らよりましだよー、兄いは。ちゃんと手加減してあげてるでしょ?」


 その妹の佐倉遊理は、口も手もよく出る活発な少女で、なんとなく自分に似たところあるなー、と思い、蒔乃の方は親しみを覚えるところも少なくないのだが、


 「…じゃーいこーか、兄い。マキちゃんもさ、ご飯行こ?」

 「ん」


 仲の良い兄妹らしく、兄の腕をとって先に行く遊理を見ると、どうにもこの子には警戒されてるんじゃないかなー、妙な勘繰りをしてしまう蒔乃だった。



   ・・・・・



 「…あー、恥ずかしかった」

 「どうした?すげー美人」

 「…あのね」


 教えられた場所から自分たちのビーチバッグを回収し、音乃とターナは浜風から身を守るように上着を着て、海の家に向かっていた。


 「別に悪いことじゃないだろう?むしろ恋人が褒められて誇らしい気分だ」

 「こーいう場合、私よりターナの方が注目されそうなんだけどなあ…って、ターナ、力使ってたよね?」

 「何のことだ?」

 「とぼけるなー。どうせ認識換えて自分は注目浴びないよーにしてたんでしょ」


 バレたか、と肩を揺するように笑うターナ。


 「…仕方ないさ。ほとんど習性みたいなものだしな、こういう人の多い場所で目立たないようにするのは」

 「やっぱり初めて日本に来た時の頃からの…?」

 「そうだな…あー、そろそろその辺りの話もした方がいいかもな」

 「今はいーよ。きっと私が怒ったり悲しんだりする話になりそうだし」

 「まあな」


 今まで二人の間では避けていた話題。

 ターナも軽く切り出したが、音乃もどんな内容の話になるのか想像した上で、あっさりとかわす。

 いずれ聞くべき話ではあろうが、今はその時ではない。

 示し合わせるでもなく意見の一致をみるのは不思議でもない。心が通じ、体で繋がり、そしてまた心が繋がった。そのことの意味を理解して、ごく自然に振る舞える。


 「…いいな、こういうのは」

 「そうだね…あ、何食べる?こーいうところの食べ物ってターナの好きそうなもの多いんだよ」

 「ふふ、それは楽しみだ」


 気負いもなく過ぎる時間は、二人にに心地よい休息をもたらしていた。




 「…悪くはないんだが…ちょっと高くないか?」

 「値段のことを言えばこーいうものだと思うケド。味は悪くないでしょ?」

 「まあ、な。だが…どうもこう、味についていてば音乃の料理に慣らされて、基準が高くなっている気がする…」

 「私それほど料理上手いわけじゃないんだけどなあ」


 微妙にお昼の時間を過ぎていたこともあって、海の家の座敷は混んで仕方が無い、というわけでもなく、他の客もいないテーブル席で、音乃は焼きそばを、ターナはカレーライスをそれぞれに頼んでいた。

 結構はしゃいで遊んだ分、お腹も減っていたため、それでは足りないだろうと追加で頼んだから揚げをつつきながら、ターナは考えていたことを口にするように、話し始める。


 「マキノは大丈夫だろうか?」

 「え?ああ、さっきの子たち。んー、マキってどこ行ってもああしてすぐ仲良くなるから、大丈夫でしょ。地元の子たちみたいだし、女の子もいたから問題ないよ。ていうか、調べなかった…よね」

 「まあな。音乃も心配していなさそうだったし、マキノの様子がおかしかったとすれば、むしろわたしたちに遠慮していたからだろうしな」

 「…まったく、変な気を遣うよーになっちゃって、まあ」


 一人前に生意気な、とでも言いたげな苦笑を浮かべて、音乃は最後のから揚げを口の中に放りこんだ。

 それを見て、あっ、と思わず身を乗り出しかけたターナだったが、音乃は「はやいもの勝ちー」などと言う前に呑み込んでしまっていた。


 「…ん。まだ足りなければ何か頼む?」

 「いや、いい。それよりこれからどうする?」

 「そうだねー…まだ一時間ちょっとあるし、ここでのんびりしてる?」


 ターナの返事を待つこともなく、テーブルの上に伸びる音乃。早くもぐーたらする体勢のようだった。


 「お前なあ…若い身でそれはどうなのだ?」

 「だってさ、こうして海で泳いで、お腹もくちくなって、涼しい風が通る場所でのーんびりする。そしてすぐ目の前には誰よりも安心出来る、愛しいひと。これで安らげないわけないじゃない」


 あっけらかんとそう言われ、ターナはゆるみきった音乃の顔を見つめた。

 ここしばらくは、自分にも音乃にも動乱と言っていいくらいの時間を過ごしていた。ならば、こうして緩める時間を楽しむのも悪くない。

 そう考え直すと、ターナも、


 「…ま、それもそうか」


 と、同じように突っ伏す。


 「…ね、ターナ。あっちの隅っこの方で横になってよっか?」


 早くも寝息のような穏やかな呼吸を始めたターナの顔を、同じ高さで見つめながら言うと、返事を待たずに毛布の貸し出しを申込みに立ち上がる音乃だった。

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