第2話 助け舟

 これからザイン達が調べなくてはならないのは、奴隷オークションの会場となる場所。

 そして、オークションが開催される日時である。

 プリュスが掴んだ情報によれば、もうじきオークションが始まるであろうことは予想出来る。

 けれども詳しい場所までは突き止められなかったのか、それとも情報を得た直後に行方不明になったのか……。

 どちらにしろ、ザイン達にはあまり時間の猶予は無いだろう。

 大勢で賑わうファエルの港町で、さてどこから調べていこうかと考えていたその時だった。


「ねえ、ワタシに考えがあるのだけれど」


 突然そんな事を言い出したカノンに、皆の視線が集まる。

 カノンは不敵な笑みを浮かべて、キョトンとしているザイン達にこう告げた。


「ここはもう、手っ取り早い方法を選ぶべきだと思うのよ。だから……これからワタシ、ちょっと別行動させてもらいたいのよね」

「別行動って……カノン一人でか?」

「危ないですよ! ただでさえ行方不明者が出てるっていうのに、カノン先輩にまで何かあったら……」

「フィルの言う通りです! 単独行動なんて、絶対にさせられません!」


 フィルとの二人行動だったとはいえ、現に連れ攫われた経験のあるエルは、必死にカノンを止めようとする。

 しかし、カノンも皆に反対されるのは想定内だったらしい。


「別に、ワタシ一人でなんて言ってないじゃない。少し必要な物を買ってこなくちゃいけないから、その後でまた落ち合いましょう?」

「それじゃあ、単なる買い出しって事か? それなら俺が付き合うよ」

「分かったわ。それならワタシとザインが買い物に行く間、エル達はこの町のギルドで有力そうな情報が無いか探してきて頂戴。ジルは二人の護衛を宜しくね」

「ワフッ!」

「任せて下さい!」

「では、集合場所もギルド会館で良さそうですね。お二人がいらっしゃる前に、なるべく沢山聞き込みをしておきます」


 エルとフィル、そしてジルはギルドで聞き込み。

 ザインはカノンの買い物に付き合うことになったが……今回の依頼で、カノンは何をしようと計画しているのかまでは掴めないままだった。




 *




 ザインがカノンと共にやって来たのは、大通りからは少し離れた場所にある服飾店だった。

 店の外観からして、高級そうな印象を受ける。

 カノンは堂々と店のドアを開けるとドアベルが鳴り、カランコロンと軽やかに来店を告げる。

 そしてザインの予想通り、そして売られていたのはドレスや靴、アクセサリーといった女性向けの品物ばかり。

 早速商品を見ていくカノンは、そう時間を掛けずにドレスを選ぶ。彼女はすぐに店員に試着を申し出て、着替え用のスペースへと案内されていった。


(それにしても、どうしてオークションの情報を探すのにドレスが必要になるんだ……?)


 ザインが頭を悩ませていると、しばらくしてカノンが奥の部屋から出て来た。

 しかしカノンが着ているのはドレスではなく、普段の防具とホットパンツ姿の状態だった。


「もう試着は済んだから、後はあのドレスに合った靴とアクセサリーを揃えてもらうようにお願いしたわ。ああ、支払いはワタシがするから大丈夫よ」

「あ、ああ。それは助かるけど……どうして急にドレスなんて買いに来たんだ?」

「必要な物だからに決まっているじゃない。まあ、説明はエル達と合流してからね? それに……ドレス以外にも、きちんと収穫はあったから」


 結局何の説明もしてもらえないまま、会計を済ませたカノンと一緒に、探索者ギルド会館を目指すザイン。

 ゴールドランクの探索者であるカノンであれば、ドレスの一着や二着ぐらい買う余裕はあるのだろう。けれども、こんな状況でショッピングがしたかっただけだとは思えない。



 二人でギルド会館へと向かうと、それらしき建物がすぐに見えてきた。会館の横には、いつものようにジルが待機している。

 子供の頃より体格が大きくなったジルを外で待たせるのは、やはりどこか罪悪感を覚えてしまう。後でたっぷり甘やかしてあげようと決めてから、ザインはエル達の姿を探した。

 ピンクと水色の髪の姉弟は、人混みの中でもよく目立つ。

 ザインとカノンはすぐに二人の元へ駆け付け、ひとまず会館内の喫茶スペースに集まることにする。

 人の出入りが激しい受付付近とは異なり、二階に設けられた喫茶スペースは落ち着いた空間だった。

 ザイン達以外にも、探索者パーティーらしい三人組が、離れたテーブルについている。彼らは今後の相談をしているらしく、こちらを気にするそぶりも無さそうだ。

 すると、早速エル達から報告が上がった。


「こちらの方でも色々な方にお話を伺ったのですが、探索者の方々の間では、特に目立った変化は無いようです。ギルドの職員の方からも、数日前から港に大きな客船が停泊しているぐらいで、これといって騒ぎのような事は起こっていないと仰っていました」

「まあ、港町だもんな。船ぐらいは毎日停まってるよな」


 船旅をするなんて、別の大陸や島のダンジョンに向かう探索者が主だろう。

 そうでなければ、旅行目的の一般人ぐらいか。大型客船というからには、それなりに裕福な人物に限られるかもしれないが……。


「カノン先輩の買い物は済んだんですよね? 何を買ってきたんですか?」

「ええ、説明してあげるわ」


 フィルからの問いに、カノンは待ってましたと言わんばかりに語り始める。


「ワタシが買って来たのは、この町で手に入る中で最も上質なドレスと装飾品よ」

「ドレス……ですか? でも、それと今回の事件に何の関係があるのでしょうか」


 エルの言葉に、ザインもフィルも同意して頷く。

 するとカノンは、周囲を気にしながら声量を抑えてこう言った。


「……奴隷を買うような連中なんて、大抵は金持ちのろくでなしばかりでしょう? となれば、そういった連中がよく使うであろう店で情報を集めるのが一番よ」

「そうか……! だからカノンは、あんな高そうな店でわざわざドレスを買ったんだな」

「ふふっ……それだけじゃないわ。さっきエルが言ってたけど、ワタシがあの店の店員に聞いた話によれば、今回例の客船でパーティーがあるらしいのよ」


 どうやらカノンがドレスの試着で別室に移動した際、店員から「今夜のパーティーに出席するのか」と聞かれたらしい。

 カノンは探索者ではあれど、優雅な物腰と恵まれた美貌の持ち主だ。どこかの貴族のお嬢様が、お忍びで買い物に来たと思われても不思議ではない。

 そこでカノンは店員と話を合わせ、今夜のパーティーについて上手く情報を引き出したのだという。


「そのパーティーには、紹介状が無いと入れないそうなの。だけどワタシがドレスアップしてその辺の適当な金持ちにアプローチすれば、誰だって無視出来るはずがないわ」

「まさか、見知らぬ男性を誘惑してパーティーに潜入するつもりなのですか……⁉︎」

「シーッ! 声が大きいわよ……!」

「ご、ごめんなさい……。でも、本当にそんな危険な橋を渡らなくてはならないのですか……?」

「そうでもしなくちゃ、手遅れになるかもしれないでしょう? 助けたいんでしょ、プリュスって聖騎士のこと」

「それは……そう、だけど……」


 カノンに改めて問われて、ザインは思わず口ごもる。

 奴隷というのは、一般人が簡単に手を出せるような額ではないだろう。

 中には叩き売りされている奴隷も居るかもしれないが、その大半は不当に利益を得ようとしている悪徳な商売だ。カノンの言うように、奴隷オークションには多くの富豪が集まるに違いない。

 カノンの潜入作戦が上手くいけば、その金持ちからオークションについての情報だって得られる可能性がある。……ありはするが、カノンが無事に帰って来る保証も無いのだ。


「……申し訳無いけど、素直には頷けないよ。君だけにそんな危険な事はされられない」

「わたしも、ザインさんと同意見です。いくらカノンさんが凄腕の探索者であっても、やはり心配になってしまいますから……」

「やっぱりぼくも、先輩を一人で送り出すのは反対です」

「アナタ達……」


 作戦を説明されても、危険が伴うのは間違い無い。

 聖騎士ですら失敗した調査に、カノンだけで立ち向かえる確率は低いだろう。

 カノン自身はこれでいけると踏んでいたが、三人にこれだけ心配されてしまっては、作戦を強行するのも心苦しい。

 どうしたものかと考えるカノン。

 四人の間に、しばらく無言の時間が続く。


「なあ、ちょっと良いか?」


 最初に口を開いたのは、ザイン……ではない。

 声のした方に振り向くと、先程まで離れたテーブルに集まっていた探索者の三人組。その中の一人の青年が、ザイン達に話し掛けてきたのだ。


「あんた達、港に停泊してる客船に潜入するって言ってたよな?」

「……誰よ、アナタ達」


 こちらの話し声が聞こえない距離と声量だったはずだが、どうやら会話の内容は筒抜けだったらしい。

 カノンは鋭い眼光を向けるが、青年は全く怯まずにいる。


「俺はリド。ヴィート侯爵家の三男だ。俺ならあの胸糞悪いパーティーの招待状を用意出来るが……その代わりに、俺達と取引をしてもらいたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤髪と狼、旅に出る。 〜未知のスキル『オート周回』で(将来的に)ダンジョンを無双する〜 由岐 @yuki3dayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ