第12話 奇妙な空気

 ザイン達は道中に現れる虫型の魔物や、『ディルの泉』に居たようなハナブショウに似た、蔓を操る植物系の魔物を倒しながら進んでいた。

 風神の弓を持つザインによる後方からの射撃と、前衛を務めるプリュスの剣技の凄まじさ。

 二人は現れる魔物を次々と仕留めていき、そのほとんどがプリュスの手によって葬られていく。


「師匠の矢の正確さも凄いですが、プリュスさんの剣技の冴えがとてつもないですね……! 聖騎士認定試験の難関を突破した人……。ぼくなんかとは、何もかもが違いすぎる……!」


 立ち塞がっていた魔物達を全て斬り伏せたプリュスが、剣に付着した魔物の体液を払いながら、フィルの言葉に答える。


「フィル君もこのまま鍛錬を重ねていけば、立派な剣士になる事でしょう。自分は、人を見る目には自信がありますので」

「そう……ですかね。でもぼく、魔物の相手はほとんどお二人に任せきりだし……」


 するとザインは弓を片手に、フィルの背中をポンポンと叩いた。


「お前は俺の弟子なんだから、もっと自信を持って良いんだぞ〜?」

「し、師匠……!」


 フィルはザインの顔を見上げ、そんな弟子に師匠は笑顔を向けて言う。


「露払いは俺達に任せてくれ。姉さんを救うのは……フィル、お前の役目だ」

「それまでフィル君は、体力を温存しておいて下さい。いざという時にスタミナ切れを起こしてしまったら、お姉さんに格好良い所を見せられなくなってかもしれませんよ?」


 ダンジョンでのエル捜索も、『スズランの花園』第三階層まで進んでいる。

 プリュスの情報によれば、このまま進めば第四階層──ダンジョンマスターの待つ最深部に行き着くという。

 それまでにフィルがバテてしまうのは避けるべきである、という二人の判断の下、こうしてザイン達が率先して魔物と戦っていたのだった。


「……そうですよね。ぼくが……ぼくがもっとしっかりしていれば、姉さんはこんな目に遭わずに済んだですから……。せめて、姉さんを助けるのはぼくの手でやるべきですよね!」

「その意気ですよ、フィル君!」

「さあ、このまま一気に第四階層に突入だ!」

「はいっ、師匠!!」


 元気一杯に頷いたフィルの太陽のような笑顔に、ザインとプリュスは安堵した。

 三人はその勢いのまま、宣言通りにエルを探して次なるフロアへと降りていく──が、ザインには一つ引っ掛かるものがあった。


(人質を逃げ場の無いダンジョンに連れ込む……か)


 これとよく似た経験を、ザインは知っている。


 八年前の『ポポイアの森』での事件。


 母ガラッシアの言い付けを破り、兄のディックと二人だけでダンジョン探索に向かったあの日。

 ガラッシアが倉庫に保管していた風神の弓と治癒の短剣を拝借して、その価値に目を付けた大柄な男……ベイガルの口車に乗せられ、共に最深部までダンジョンを突き進んだ。

 そこでベイガルが態度を豹変し、武器を寄越せと言ってきたのだ。


(あの時は俺がディックに助けを呼びに行ってもらったけど、結局ベイガルは取り逃しちゃったんだよな……)


 息子達の救出に駆け付けたガラッシアはベイガルを追い詰めたが、彼は『瞬足』スキルを駆使してダンジョンから逃げ出し、行方をくらませてしまった。

 あの出来事から八年もの歳月が流れた今、あの男がどうなっているのかは分からない。


(何でかな……。妙に胸騒ぎがする)


 ザインは嫌な予感を覚えながら、口元のバンダナ──『マドワシスズラン』の幻惑の花粉を防御するアイテム『マジックバンダナ』を結び直した。


(下層に進むにつれて、飛び散る花粉の量も多くなってきた。エルもこのバンダナを着けてると良いんだけど……)





 ──ザイン達は遂に『スズランの花園』第四階層に到達した。

 ここは最早、花粉の量によって空気の色がおかしくなっていた。


「空気がかなり紫がかってるな……」

「ええ、それも第三階層よりも濃くなっています。自分が以前巡回に来た際には、ここまで花粉が飛ぶような事は無かったのですが……」


 何かしらの異常が発生しているのだろう。

 マドワシスズランが増えすぎたのか、それを操る魔物による意図的な物なのか……。

 いずれにしても、この花粉の大量飛散の異常事態はギルドに報告しておくべきだろう。



 三人は引き続きダンジョンを進んでいき、いよいよ最深部を目前にした安全地帯に到着しようとしていた。

 草花の数が疎らになり、少しずつ木々の本数が増えていく。


(多分、この先にエルが……そして、エルを攫った犯人のリーダー格も居るはずだ)


 フィルとプリュスも、ザインと同様の事を考えていたらしい。

 こちらの声が犯人に聞こえないよう、無言でアイコンタクトを交わす。


 ダンジョンの入り口でのやり取りと同じようにして、まずは巡回を装ってプリュスが先頭を行く。

 残るザインとフィルはというと、気配を悟られずに木々の裏に身を隠しつつ、プリュスと共に左右に別れて全身する。

 いつプリュスに加勢にしても困らないよう、ザインの手には風神の弓、フィルの手には愛剣が握られていた。

 そうしてザイン達は、最深部手前のエリアを視界に捉えた。


 ぐったりとした様子で地面に倒れ伏す、ピンク色の長髪の女性。

 見慣れたローブに身を包んだ彼女を見間違えるはずもない。

 腕を縛られて倒れているのは、どこからどう見てもエルだった。

 そして、彼女の近くに座り込んでいる男を目にしたザインは、ハッと息を飲んだ。

 青いバンダナを巻いた、大柄の男。

 その顔は口元がマジックバンダナで隠されてはいるが、あの目付き……そして体型にも見覚えがある。


(あれは……あの男は、ベイガルだ……‼︎)


 八年前、ダンジョン最深部付近で若い探索者達に似たような強盗行為を何度も働いていたベイガル。

 その男は今も尚犯罪を繰り返し、今度はザインの仲間にまで手を出していたというのか。


(母さんにあれだけ懲らしめられて、それでもまだこんな事を繰り返していたっていうのか……⁉︎)


 ザインは込み上げる怒りに奥歯をギリリと強く噛み締め、今すぐにでも矢を放ちたい衝動と戦っていた。

 ここで下手に動いてしまえば、ベイガルの命を奪いかねない。

 それではベイガルにこれまでの罪を償わせる事が出来ないからだ。


 ──だがザインの心は『あの男を断罪すべきだ』とも訴えている。


(でもそんな事をしたら、俺もあいつと同類だ……!)


 木の陰に隠れ、気配を殺したまま……ザインはどうにか冷静さを取り戻さねばと、怒りを振り払おうとする。

 その間に、剣を鞘に収めたプリュスがベイガルに近付いていた。


「ご休憩中の所、失礼致します。自分は白百合聖騎士団所属、プリュス・サンティマンと申します。ダンジョン内の定期巡回で参ったのですが……そちらの女性は、何故腕を縛られた状態で倒れていらっしゃるのでしょうか?」

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