6.初めての指名依頼

「ショートさん達に指名依頼がきていますよ」


 ある日、エンパレのギルドでミレヌからそう声をかけられた。


 実は冒険者ギルドで受けられる依頼には主に3種類ある。


 1つは一般依頼。一定レベルになれば誰でも受けられる依頼。壁に貼られているヤツだな。

 もう1つは緊急指令。依頼というよりも急を要する指令で、特に事情が無い冒険者は半強制的に招集される。セルアレニの時に発令されたあれだ。

 そして、最後の1つが指名依頼。特定の冒険者を名指しして依頼するものである。


 なお、指名依頼の中にもいくつか種類あって、『その人が断るならば依頼しない』か『その人が断ったら別の冒険者でもいい』という2パターンある。

 それ以外にも『個人名は指名しないが、○○のスキル持ち』みたいな依頼もある。いつぞやのコジャラックスの討伐依頼は『氷系の攻撃魔法が使える冒険者』という指名だった。


 個人名の指名依頼を受けられるのは冒険者として名誉なことだと言われている。何しろ、『是非ともあなた方に依頼したいです』っていう話だからな。

 俺達が指名依頼をもらったのは初めてのこと。レベル2になって、10個ほどの依頼をこなした後だった。今回のは、俺達が受けないならば他の人はいらないという指名だ。


 俺達もけっこう有名なったのかな? 確かに5歳児の冒険者とか目立つし、アレルやフロルの天才ぶりとかも知れ渡り始めたのかも。


「一体誰から、どんな依頼なんですか?」

「こちらです」


 ミレヌさんから依頼書を手渡される。

 俺が目を通し始めると。


「私はすすめんぞ」


 受付嬢姿がだんだん板に付いてきたミリスが、ボソッと言った。

 ミレヌがミリスに注意する。


「だめですよ、ミリスさん。ギルド職員がそういうことを言っては」

「だがなぁ……」


 言い合う2人を横目に、俺は依頼書を読んでいく。

 ミリスがそういう理由はすぐに分かった。


 依頼内容はとある街までの護衛。

 依頼主は――奴隷商人ゴボダラだった。


 ---------------


 ミリスはああ言っていたが、俺はゴボダラからの依頼を受けることにした。

 双子の話や、セルアレニ騒動の時のことなどを考えれば、アイツは悪党かもしれないが、ミリスが考えているほど人間のくずでもない……と思う。


 もちろん、双子が嫌がれば別だったが、アレルもフロルも問題なさそうな反応だった。むしろ、かつての主人に対等な関係であらためてお礼ができると喜んでいるみたいだ。

 ライトとしても、セルアレニ騒動の時の恩が一応あるしで、不満はないらしい。

 ソフィネだけは、奴隷商人というものにあまりいい感情はなさそうだが、だからといって指名依頼を断りたいと思うほどではない様子だ。


 そんなわけで、ゴボダラの店にやってきた俺達。


「よう、ショート、アレル、フロル、久しぶりだな」


 ゴボダラはそう言って、俺達を迎え入れた。


「お久しぶりです。それで、依頼の詳細は?」

「せっかちだな。まあいい。実はアルバカデの貴族に俺の奴隷が1人売れてな。アルバカデまでの護衛を頼みたい」


 アルバカデ。北西の方角の街だったと思う。徒歩で3日ほどだったか。

 道中、魔の森はもちろん、特に治安の悪い場所はなかったはずだ。

 他の街を見てみるという意味でも、あるいは護衛の仕事を経験するという意味でも、悪い話ではない。


「指令書には依頼料は1人金貨3枚ってなっていましたけど、間違いないですか?」

「ああ、合計金貨9枚だな」


 いや、ちょっと待て。


「ゴボダラさん、計算違うでしょ。3×5は15でしょっ!」

「何言ってやがる。俺が指名したのは、ショートとフロルとアレルの3人だぞ。そっちの2人はお前らが勝手に連れてきたんじゃねーか」


 この世界に来た当時の俺なら『そんなもんかな』と納得したかも知れない理屈。だが、今の俺はそうはいかない。こっちの世界でちょっとばっかしスレたんだ。

 以下、俺とゴボダラの価格交渉という名のジャブの打ち合いの記録である。


「そちらこそ、何を言っているんですか。俺達が5人パーティーなのは知っているはずでしょ!?」

「さて、俺は最近ギルドに顔を出してねーからな」

「ブライアンさんが話したって言ってましたよ」

「ちっ、わーったよ。じゃあ、オマケで金貨10枚にしてやる」

「話になりません。とはいえ、指名が3人だったことは事実ですから、金貨14枚でどうですか?」

「おいおい、それはぼったくりだろう。アレルやフロルと違って、そっちの2人は並のレベル1だろうが。金貨10枚と銀貨5枚がせいぜいだ」

「それは少し2人に失礼ですね。ライトはレベル1としてはかなりの腕前の戦士ですし、ソフィネは罠察知、罠解除、鑑定の初級と、解錠の中級まで覚えている優秀なレンジャーですよ。金貨13枚と銀貨5枚」

「解錠やら、鑑定やらが護衛の何の役に立つってんだ。金貨11枚。これが限界だ」

「そもそも、アレルとフロルは天才児ですからね。金貨13枚はもらわないと」

「その天才児を育てたのは俺だろーがっ! 金貨11枚と銀貨5枚。もうこれ以上はねーぞ」

「その2人を売るときに、純粋だった当時の俺にぼったくりまくったのは誰でしたっけね。金貨12枚と銀貨5枚」

「おいおい、本当に成長したな、ショート。わかった。お前の成長っぷりに免じて、金貨12枚で手を打とう。お互いこのあたりが妥協点として丁度いいと思わないか?」

「では、道中の食費はそちら持ちを条件に手を打ちましょう」

「食事の内容はこちらで決めることを条件に飲もう」

「その食事内容が、子ども達に相応しいものであることを条件に同意しましょう」

「育ち盛りだからとかいって、追加注文しまくらないことを条件に同意しようじゃねーか」


 ……と、まあ、こんなかんじの交渉をして、俺達はゴボダラの依頼を受けることになったのだ。

 ちなみに、実は俺も最初から金貨12枚が妥当だと思っていた。ゴボダラもおそらくそうだろう。食費を相手に押しつけられたことで俺は満足したくらいだというのは余談である。


「で、その連れて行かれる奴隷っていうのはどなたなんですか?」

「ああ、彼女だ」


 ゴボダラがそう言うと、現れたのは30歳前後のふくよかな女性奴隷だった。


『マーリャ!』


 アレルとフロルが驚きの声を上げ、彼女――マーリャは2人に微笑みを浮かべたのであった。

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