6.選択(後編)
しばしの沈黙の後、ミリスが口を開いた。
「我々の選択肢はいくつかある。1つは全員で町に戻ること。それならば、我々が死ぬことはまずないだろうし、セルアレニの情報を伝えて討伐隊を組むこともできる」
だが、それは掴まった2人を見捨てるってことだ。
「もうひとつは、全員でセルアレニに挑むこと」
2人を助けられる可能性は残る。だが、全滅の可能性がある。俺達の命の問題だけでなく、セルアレニの情報を伝えることもできず、エンパレの町自体が危険に晒されかねない。
どちらを選んでも問題は残る。
どちらが正しいという話ではない。
少なくとも、今の俺達にはそれを判断する材料が足りない。
そのことはその場にいる全員が理解していたと思う。アレルも含めて。
「3つ目の方法もある」
ミリスが言う。
何か方法があるのか?
ライトが期待に縋るような目でミリスを見た。
「パーティーを二手に分ける。片方はセルアレニと戦い2人の救出を目指す。もう一方は町に情報を伝える」
要するに折衷案だ。
だが、それでは……
俺が言う前に、フロルが問題点を指摘した。
「それじゃあ、さらに戦力が低下するわ」
その通りだ。
マルロはあるいは元から戦力外かもしれないが、マルロ1人を町に戻すってのも無理だ。
彼1人では、他のモンスターにやられてしまう可能性が高い。だからこそ、彼はここに隠れていたのだし。マルロを戻すにしても、他に誰かが付き添う必要がある。
「戦力的に考えれば、私、アレル、ショート、フロルの4人で戦って、ようやくセルアレニの群れを倒せる可能性があるといったところだろう」
つまり、ミリスはこう言っているのだ。ライトがマルロを連れて帰れと。
当然、ライトは反発する。
「だけどっ!」
「セルアレニ相手となれば、足手まといを庇ってはいられれない」
マルロは足手まとい。ミリスははっきりそう判断した。
俺も同感だ。力量もそうだが、そもそも腰が引けてしまっている。とても再び戦える精神状態ではないだろう。
いや、むしろミリスはライトも足でまといと言っているのかもしれない。
そのことに、ライトも気づいたようすだ。
「……俺が行っても、足手まといなんだな?」
「ああ、その通りだ」
ミリスは躊躇なく答えた。
ライトへの遠慮などない。彼の命もかかっているのだから当然だ。
ライトはしばし沈黙。
必死に自分に何かを言い聞かせている様子だ。
だが、最後にはこう言った。
「わかった。俺とマルロは町に戻る」
他に彼に選択肢はなかったのだろう。
「もちろん、ショートやアレル、フロルがそれで納得すればだが」
ミリスは俺達3人を見る。
真っ先に答えたのはアレル。
「アレル、がんばる。じぇったい2人をたしゅける!」
一方、フロルはジッと悩んでいる。
リスクとリターンを天秤にかけているのだろう。
そして、その天秤は、彼女にしてみれば明らかにリスクが大きいはずだ。
なにしろ、血を分けた双子や自分自身の命と、数回会っただけの自業自得の少年2人の命だ。
それでも悩んでいるのは、アレルがやる気だからだろう。
やがてフロルは別視点の問題点を口にした。
「1つ、問題があるでしょう。そもそもライトとマルロだけで町まで帰れるの?」
確かにその通りだ。
ここに来るまで、モンスターに何度も襲われている。
セルアレニほどでないにしろ、ライト1人――いや、ライトとマルロだけで対応できる相手ばかりとは限らない。
ミリスはそのことを認めた。
「確かにな。それも含めて、正しい判断は、きっと全員で町に帰るというものだろう」
そう、それが正しい。正しいと分かっている。
だがそれでも。
「ショート、君はどう思う?」
俺は……
俺の目的は、双子を無事勇者に育てることだ。
その為には、こんなところで必要以上の危険を買って出るべきではないと思う。
だが。
一方でこうも思うのだ。
ここで、逃げ帰って――特に、やる気になっているアレルを無理矢理町まで連れ帰って――それで2人が立派な勇者に育つのだろうかと。
そしてなにより。
助けられるかもしれない者を見捨てる判断が、俺にはできない。
ジッと考え、俺は言った。
「俺は……ライトとフロルとマルロの3人を町に戻すべきかと」
その言葉に、その場の全員が固まる。
「フロルの魔法もあれば、町まで戻れる可能性は増えます。セルアレニとの戦いはさらに苦しくなるかもしれませんが」
折衷案の、さらなる折衷案。
これがベストだとは思わない。だが、他に思いつかない。
もともと、フロルは3人の救出自体、本当のところそこまで乗り気ではなかったのだ。
ミリスが言う。
「確かに、それがいいのかもしれん」
だが、それにさからった者がいる。
「イヤよ。それだけは絶対に嫌。アレルとショート様が残るなら私も残る。2人が戻るなら私も戻る。それは絶対」
「だけどフロル」
「ごめんなさい、ショート様。ショート様の判断の正しさは分かるんです。でもこれは理屈じゃないんです。今、私とアレルは離れてはいけないって、そう思うんです」
理屈じゃない、か。
双子の情か繋がりがそう思わせるのか、あるいは勇者の因子が言わせているのか、それとも……
フロルとアレルに行かせて、俺がライトを町まで……いや、ダメだな。それだとしてもフロルは嫌がるだろう。なにより、フロルは『怪我回復』が使えない。強敵相手の保険としては、フロルより俺の方が有効なのだ。それに2人を探す上で必須の『地域察知』もだ。
ライトが迷う俺達に言った。
「俺とマルロが帰れるかどうかっていうなら、大丈夫だ。いや、絶対大丈夫とはいいきれないけど、たとえ町に着くいたあと力尽きても、セルアレニの情報は届ける。約束する」
いや、ライトに力尽きられても困るんだが。
「フロル、無茶な頼みだってのは分かっている。それでも頼む。俺の仲間を助けるのを手伝ってくれないか」
ライトは自分よりもずっと小さな女の子に、深々と頭を下げた。
フロルはジッと考え、そして言った。
「……わかったわ。但し、私やアレルやショート様の命が本当に危なくなったら、その時は撤退するわよ」
「ああ、それでいい十分だ。俺も、お前達の命だって大切だから」
それから、ライトは自分の剣をアレルに差し出す。
「アレル、この剣を使ってくれ。安物だけど、木刀よりはずっとマシだ」
アレルはちょっと戸惑い、俺とミリスを見た。
俺やミリスはこれまでアレルに本物の剣を持つことを禁止していた。
だが、この状況では……
いや、その判断は俺よりもミリスの方が的確にできるだろう。
「ミリスさん、どうでしょうか?」
「……そうだな、アレル、お前ももう木刀を卒業していいだろう」
その言葉に、アレルはニカッと笑い、ライトの剣を受け取った。
「ライト、アレルにまかせて、絶対2人をたすけてみせるから」
その時のアレルの言葉は、なぜか舌足らずではなくハッキリとした言葉だった。
「ああ、頼むぜアレル!」
「おう!」
そして、ミリスは自分の脇差しをライトに渡す。
「お前も武器がなくては困るだろう。アレルの木刀では町までたどり着けまい。これを持っていけ」
「はい」
ライトはミリスの脇差しを受け取った。
こうして、俺達は二手に分かれることになった。
ライトとマルロは、命がけで町まで情報を届けに。
俺とアレルとフロルとミリスは、命がけで残る2人を助けに。
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