【番外編】
【番外編2】女剣士ミリスと天才少年
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(ミリス/一人称)
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ショート・アカドリは会った当初から変なヤツだと思った。
まるで牧師のような真っ黒な服を着ている。武器も護衛もなしに魔の森からやってきたという。そしてなによりも言葉の節々からうかがえる世間知らずっぷり。
私が彼をゴボダラの元に案内したのは、確かに幼い奴隷という話に憤りを感じたからだ。だが、同時に警備兵として正体不明すぎるショートを少し見張るべきだと考えたからでもある。ニサンが私の勝手を許したのも、同じような意図があってのことだろう。
いずれにせよ、ショートの言うとおりゴボダラは幼児の兄妹――アレルとフロルを奴隷としていた。少なくとも、ショートが2人を救おうとしていたのは事実らしいと納得し、私は彼への警戒をある程度解いた。
その後、ショートは教会に行きたいと言いだした。
なるほど、彼はやはり教会の関係者だったのか。それならば服装や世間知らずっぷりもわからんではない。
その時はそう納得したのだが、彼が双子とともに冒険者登録をしたことを、翌々日知った。
再び出会ったとき、ショートは暗い表情だった。
初めて受注したという依頼が上手く行かなかったのだろうかと思ったが、そうではなかったらしい。
どうやら彼は、フロルに怪我をさせたことを心の底から悔やんでいるらしかった。
1人の人間として、幼子に優しい彼には好感を持った。
だが、同時に、冒険者としては危うさを感じた。
冒険者とは怪我など日常的な職業である。仲間が怪我をするたびに落ち込んでいては、さらなる悲劇を招きかねない。
彼も冒険者となることを選んだのならば、覚悟を決めるべきだと、そう考えた。
彼に覚悟を付けさせる機会は、存外早くやってきた。
その次の日、彼ら3人が私の受け持つレベル0の冒険者用剣術訓練に参加してきたのだ。
私の訓練では細かい指導は行なわない。
見よう見まねで素振りをさせ、あとは模擬戦で実戦を積ませる。
もっと剣術の『型』を教える講師もいるが、命がけの実戦ではほとんど役に立たないと私は思っている。
実戦というのは、つまるところ最後まで生き残る意思が強かった者が生き残るのだ。
冒険者の戦いはルールの中で戦うスポーツではない。強い者とは生き残った者である。
この日の受講生はショート達3人と、ライトとゴルだった。
ライトは13歳。アレル達ほどではないにしろ冒険者としては若い。
同い年の仲間とパーティーを組んでいるらしいが、その中では1番見どころがある。
ゴルは38歳。実力のほどはこの年でレベル0である時点でおさっしである。
下手に腕力だけはあるから、弱い者イジメは得意。その割に長いものには巻かれろといった情けないタイプだ。
レベルをあげられないのは、そんなゴルの性格が知れ渡っていてパーティーを組めないからでもあるのだが。
案の定、私が道場に入るとゴルがライトやショート達と揉めていた。
小心者のいじめっ子。子どもならともかく40近いオッサンがこれでは、冒険者としてだけでなく、他のどんな職業でも大成はしまい。
ともあれ、ギルド内での揉め事は御法度である。
私は彼らを止めて、とっとと訓練に入ることにした。
木刀を選ばせ、素振りをさせる。
ゴルは相変わらず力任せに木刀を振り回しているだけだ。当たれば強力だろうが、あんな攻撃ツノウサギだって避けるだろう。
ライトはやはり見どころがある。まだまだ力不足だが、剣術だけならばゴルより上だ。おそらく、模擬戦でももうすぐ勝てるようになろう。
ショートはダメだな。へっぴり腰だ。相当鍛えないと剣術は無理だろう。ギルドできいたところだと、彼は魔法を使えるらしい。むしろそちらを鍛えた方がいい気がする。
もっとも、まだ初日だ。さすがに初日に失格の烙印を押すほどではない。
フロルは……一生懸命なのは分かるが、実戦で使える剣術ではないな。5歳なら当然だが。彼女はゆっくりと練習すればいい。
そんななか、私が目を見張ったのはアレルの素振りだった。
自分の背丈より大きな木刀を軽々と操る。私の見よう見まねだけで、剣術の基礎を理解したかのごとき素晴らしい素振りだ。美しくすらある。
この子は剣術の経験があるのか?
だが、仮にそうであったとしても、フロルと同じく5歳児に、ここまで美しい動きができるものだろうか。フロルと違って舌っ足らずな幼児なのに。
だが、彼の異常性はそんなものではなかった。
私は模擬戦でゴルとショートを組ませるつもりだった。
大人同士だからではない。怪我くらいで動揺するショートの根性をたたき直すためだ。冒険者ならば模擬戦でも痛い目に遭うのだと知らしめるつもりだった。
ところが、アレルがショートに変わって模擬戦をすると言い出した。
私は迷う。さすがに乱暴者のゴルと5歳の幼児を戦わせてもいいものかと。
だが、思い直す。フロルが怪我をしたと動揺したショートの根性をたたき直すならば、アレルが怪我をする経験をさせた方がいいのではないか。
少なくとも、モンスター相手の命がけの戦いで致命傷を負うよりは、ここで子ども達が怪我をする経験を、ショートに積ませるのも悪くない。
それに。
正直なところあの素晴らしい素振りを見せるアレルに、ちょっとだけ期待しているところもあったのだ。
だが。
結果を見ればそんな期待とは別次元の強さをアレルはみせた。
あまりのことに、私はショートに詰寄った。
彼は色々とごまかそうとしていたが、最後には口を割った。
曰く、アレルとフロルは未来の勇者、だそうだ。
俄には信じがたい。
そもそも勇者など伝説の中だけの存在だと思っていたし、そうでなくても未来の勇者がなぜ奴隷になっているのか。
だが、一方で妙に辻褄が合っていることも事実だった。
結局私は、勇者云々の事実確認は棚上げし、ショートに忠告した。
「だが、それだけにショート、お前の責任は重大だぞ。あの子ども達――特にアレルはある意味危険だ」
「危険?」
「それはそうだろう。悪い子だとは思わんが、あの無邪気さで『風の太刀』なんぞをおいそれと街中で使われてみろ。それこそ、近所の子どもと喧嘩しただけで相手を殺しかねんぞ」
最初はピンときていなかったようだが、ショートもすぐに危険性を飲み込んだらしい。
アレルの能力は素晴らしいものだが、幼さに反してすごすぎる。
彼が勇者かどうかはともかくとして、その力を間違った方向に使えば、待っているのは破滅的な結末だろう。
事実、アレルはその後、ショートを模擬戦で破ったライトに挑みかかろうとした。
悪気はないのだろうが、自分の力を見せつけようと考えたのだ。
ライトとアレルが模擬戦をしたらどうなるか、1人の剣士としては興味深かったが、私はそれを許さなかった。
戦うことを我慢する必要がある時もあると、彼に教えたかったからだ。
「アレル。確かに君は強いが、簡単に力をつかってはいけない。その力は、本当に大切なものを守るためのものだ。今、ライトと君が戦う必要はない」
「うん、わかったー、ごめんなちゃい。アレル、フロルとごちゅじんちゃまをまもるよぉ」
「そうか、偉いぞ、アレル」
アレルは子どもなりに、私の言葉を理解してくれたと信じたい。
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