05

(どうしよう……どうしよう……どうしよう!)

 テントの中にいたアメリアは、手の中にある小石を祈るように握りしめていた。

 クロノスやトーマスはこの休憩地にはいない。今回、アメリアは危険だという理由で数名の兵士と共に待っていることになったのだ。トーマスとクロノスはウィリアムが率いる近衛たちと共に古城へ行ってしまった。

 テントの外では兵士たちの足音がし、アメリアの中で緊張が走る。鼓動こどうの音が、やけに大きく聞こえた。誰も知らないところに残されたのは、ジェシカの店に来てから初めてのことかもしれない。今までは猫の姿のクロノスがそばにいてくれたのだ。

 人見知りの性格もあるが、今まで安心できる人の存在が大きかった分、不安は大きく膨れ上がっていた。

 アメリアは外の動きを探るように耳をませた。ここに残された兵士はアメリアを警護するために残されが、彼らは鎧を着ていなかった。

『守られていても、気を抜くな』

 ここから離れる前に、クロノスがアメリアにそう言っていたことを思い出し、今にも爆発しそうな心臓を抱えるように体を丸めた。

 しんっと辺りが静まり返った。今まで警備していた兵士たちの動きが変わる。

 かすかに聞こえる話し声は何を話しているのか分からないが、アメリアに聞かれたくないものであるのは確かだった。

 兵士たちの足音がテントの前に集まってくる気配を感じながら、小石を握りしめた。

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!)

 半泣きになりそうになりながら、アメリアはクロノスの真っ黒なコートを頭から被り、ひたすら心の中で謝り続けた。

 バッとテントのカーテンが開いた。

 悲鳴を上げそうになった口を押えて、アメリアはコートの下に身をひそめる。

「おい、いないぞ! 荷物もだ!」

「一体どこに行ったんだ! 探せ! 遠くには行ってないはずだ!」

 騒がしくテントの前でアメリアを探す兵士たちを目にやると、短剣や縄が握られているのが見えた。それを見たアメリアはぞっとして、そのまま身動きせずに兵士たちの足音が遠ざかるのを待った。

 人の気配がなくなり、アメリアはコートを被ったままテントの外に顔を出した。誰もいなくなったのを確認したアメリアは、肺に残っていた空気をすべて吐き出す勢いで安堵を漏らした。

「よ、よかったぁあーーーーーーーーっ」

 緊張感で涙がこぼれそうになるのを抑えて、クロノスのコートを握りしめた。

(クロ、守ってくれてありがとう! ありがとう! ありがとう!)

 出て行く前にクロノスがアメリアに渡したのは、自身のコートと魔力を込めた小石だった。このコートには姿を眩ませる魔法が掛けられていた。小石はその補助、そして見つかった時に非常用で使うものだった。最悪の展開も考えていたが、それはなくてホッとしていた。

(でも、クロノスの言う通りだったな……)

 昨夜ウィリアムと合流してから、クロノスはずっと警戒をしていた。おそらく、アメリアが女性だという理由で警護するために離れさせようとするだろう。そう踏んだクロノスはアメリアを傍に置いていたが、今回ばかりは連れていけなかった。

(フローディアのところに行かなくちゃ!)

 アメリアは水晶を取り出すと、フローディアの場所を知らせてくれる。そして、その中には赤く点滅する光もあった。

 その赤い光は兵士たちの印だ。クロノスが手癖の悪さを利用して彼らの位置を特定できるようにもしていた。

(本当、クロってすごい……)

 隠れて魔法を使っていた男はやはり格が違った。相手もこちらが魔法を使えるとは思ってもなかったのだろう。テント内を探されなかったのが幸運だった。

 アメリアは林に入り、獣道に入った。フローディアとの打ち合わせはすでにクロノスがしている。

 偵察から戻ってきたクロノスとの会話をアメリアは思い出した。

「いいか、アメリア。お前はフローディアと合流したらヴェルゼ侯爵こうしゃくの屋敷に逃げ込め」

 黒い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、クロノスはそう言った。

「ヴェルゼ侯爵って、うちの街で一番偉い人だよね?」

「そうだ。ヴェルゼ侯爵は、アルフレッド殿下の従兄弟にあたる。オレもアイツには縁がある。オレの知り合いだっていえば、匿ってくれる。侯爵の屋敷はどこだかわかるな?」

 アメリアは頷くと、クロノスは「ならいい」と尻尾を振った。

「でも、クロはどうするの? トーマスさんも! それに王子は?」

「そういうところは心配すんな。トーマスと殿下はオレが死んでもヴェルゼに連れて帰る」

 クロノスは後ろ脚で首を掻きながら言う。

「でも……」

 それでも不安気に見下ろすアメリアに、クロノスは肩に飛び乗って髪をじゃれるように触った。

「なぁに、オレは死なねぇよ。そういう約束だろ? 忘れたのか?」

 クロノスの真ん丸な目がアメリアを見上げ、猫なりに口元が笑っているようにも見えた。それでもアメリアの表情は曇ったままだった。

「ううん、忘れて…………ない……」

 口ではそう言ったが、それは自分を言い聞かせるようなものだった。

 クロノスがアメリアにコートと石を託した時、「ちゃんと待ってるんだぞ?」と言った言葉も、アメリアは不安しかなかった。

(でも…………)

 クロノスのことは不安だが、誰よりも頼りになる人だ。

(だから、行かないと…………私が行かなくちゃ、フローディアが危ない目に遭っちゃう)

 林の奥で明かりが見える。それはもちろんアメリアを探す兵士たちの姿だ。コートで身を隠しながら、目的まで急いだ。

 山道に出て、大きな石が見える。それはこの山道を守る共鳴石だ。そこにうずくまる人影が見えた。

「フローディア!」

「アメリア!」

 アメリアの声が聞こえたフローディアがこちらに振り向いた。暗い中、一人でいたのが心細かったのか涙を浮かべている。

「よかった、無事で!」

「アメリアこそ、ウィリアム殿下と一緒にいると聞いて心配だったの…………やはり、トーマスやクロノスさんは一緒じゃないのね」

 アメリアが一人で来たこと改めて確認したフローディアの目に翳が差した。

「私、一人では心配かもしれないけど、トーマスさんにはクロがついてる。だから、大丈夫……大丈夫」

 その言葉はまるで自分にも言い聞かせるようだった。フローディアは静かに頷き、アメリアの手を取った。

「行きましょう」

 共鳴石を辿ればヴェルゼに着く。アメリアは教えてもらった通りに次の共鳴石に向かおうとした時だった。

 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 何かの叫び声が山中に轟き、アメリアたちは山頂にある古城を見上げた。

「クロ…………?」




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