02

 アメリアたちが山道を歩き始めてからしばらく経った。山道は意外にも整備されていて綺麗だ。ところどころに大きな岩があるが、それが妨害になるほどでもない。

「あ、見えた」

 少し離れたところに大きな城が見え、足を止める。

「あれが古城ですか?」

 トーマスも初めて見たのだろう。石造りの大きな城の壁にはつた蔓延はびこっており、お化けが出そうな印象だ。城のすぐ横には壁で大きく覆われた場所があった。

「あの中は、庭園と兵士の修練場になってる」

「クロ、知ってるの?」

「ああ、知り合いと一度だけ来た時がある。それに、ここを舞台にした劇や小説も多い」

「へぇー、そうなんだ?」

 再び足を進めた時、クロノスがアメリアの髪をじゃれるように叩いた。

「アメリア! ストップ! ストップ!」

「え?」

 アメリアが足を止めると、クロノスはフードから降りた。

 そして、数歩だけ前に進むと穴を掘り出した。

「罠があるな……」

 それは落とし穴だった。土の下にはわらとネットが張ってある。穴を覗くと、底が見えないほど深い。あまりにも地面が綺麗だったので、アメリアもトーマスも気づかなかった。

「なんで?」

「んー……もしかしたら、古城に盗賊とかが根城にしてたかもな……アメリア、あれ出せ」

 アメリアはポケットから昨日の水晶を取り出した。そして、しゃがんでクロノスの前に出すと、彼は手を綺麗にしてからぽんと肉球で触る。

 水晶の中で光が回り、それは古城の方角を差していた。

「フローディアが古城にいることは間違いない。第一王子が盗賊を追い出して、罠はそのままって感じか?」

「ど、どうするの?」

 罠だらけなら馬も通れない。別の抜け道を探すことを考えたクロノスは、林を眺めた。

「お、あったあった」

 クロノスが見つけたのは獣道だった。その獣道は急な斜面になっており、一本道のようで奥には光が見えた。

「ここだ、ここ。ついてこい!」

 クロノスの後にトーマス、そしてアメリアが続く。少し急な斜面に、トーマスの手を借りながら登っていくと、すぐに開けた場所が見えた。

 地面にはレンガ畳みになっているが、隙間から雑草が出てしまって歪んでしまっている。首が痛くなるほどの大きな建物が目の前に現れ、アメリアは驚きの声を上げた。

「すごい、大きい……」

「何言ってんだよ。都の城と比べたら、まだまだ小さい方だ」

 呆れたように言ったクロノスは茂みから飛び出していく。

「クロ!」

「俺は中を見てくる。お前たちは周囲を確認してくれ」

 軽い身のこなしでクロノスは木を登って、城の中に入っていった。トーマスは複雑な顔でアメリアの手を引いた。

「行きましょう、アメリアさん」

「あ、はい…………」

 トーマスに支えられながら、アメリアは林の中を探索していく。林の中にはつるや木の枝などを使った鳴子なるこが仕掛けられたものがいくつもあった。

「盗賊や山賊がいたというのは本当みたいですね。ここまで罠を仕掛けているんですから」

 そう言って罠を解除していくトーマスの表情には元気がない。フローディアが連れ去られただけでなく、もっと複雑な感情が彼の中にあるのはアメリアにはわかる。

『私……………本当は結婚したくないんです』

 アリア岬で言ったフローディアの言葉とあのうれい顔を思い出した。

(トーマスさんは、もっと嫌な気持ちなんだろうな……)

 好きな人が、好きでもない相手と無理やり結婚させられる。それを見送るなんて、アメリアには想像がつかない。しかし、貴族はそうでないといけないらしい。

 家族のために、名誉のために意にそぐわない結婚する。そんなことは異国の地で育ったアメリアには分からない。

(もし、自分が同じ立ち場だったら?)

 もし、店が差し押さえられて、自分が知らない相手と結婚することで店を守れるなら自分は結婚できるだろうか。

 ふと、思い浮かんだのはクロノスの怒った顔だった。

「アメリアさん?」

 トーマスに声を掛けられ、アメリアは弾かれたように顔を上げた。

「ボーっとしてると足元をとられますよ?」

「あ、ごめんなさい」

 すっかり考え込んでいたアメリアがそういうと、トーマスはふっと笑う。

 なぜ、笑われたのだろう。きょとんとしてるアメリアにトーマスが言った。

「貴方を見ていると、クロノスさんが貴方を放っておけないのが分かります」

「どういうことですか?」

 それは鈍臭どんくさいという意味だろうか。確かに迷子防止用の髪飾りを渡されたり、それを失くしたら絶交だと言われるほど念押しをされたりしたが、そこまで自分は鈍臭いとは思っていない。

 トーマスは苦笑して言った。

「なんというか、目が離せない感じですね……フローディア様もそうでしたから……」

「え?」

 自分の言葉にハッとしたのか、トーマスは「なんでもないです」と言って、再び罠を探し始めた。

 そんな彼を見て、アメリアはさらに胸の奥で重いものを感じた。

(なんで、こんなに胸の奥が重いんだろう……)

 痛いわけじゃない。しかし、何か押しつぶされるような圧迫感があった。

(もし、私がこの立場だったら……クロと離れたくないな……)

 アメリアがそう考えながら一歩踏み込んだ時だった。

 何かに足が引っかかり、ひゅっと風を切る音がした。それはむちのように飛んできたつただった。枝をしならせて飛んできたそれは、アメリアに足払いをする。

「きゃぁっ!」

 バランスを崩し、倒れたアメリアはズルズルと下へ滑り落ちいく。トーマスが慌てて手を伸ばすが、間に合わなかった。

「いやぁああああああああああっ!」

 まるで雪坂をソリで滑っていく速度で落ちていったアメリアは、山道に転がり出た。ようやく静止したことに、アメリアはホッとした。

 顔を上げると目の前には、すっかりやせたショルダーが転がっており、辺りに中身が散乱している。転がり出た衝撃しょうげきで中身も散らばってしまったのだろう。アメリアは体を起こそうとすると、地面がメリッと軋むような音を立てた。

「え…………」

 動く度に体が沈んでいくのが分かり、さっと血の気が引いた。

(これ、もしかして落とし穴の上……?)

 運よくショルダーバックを落していたおかげで、下に落ちなかったようだ。しかし、身動きが取れず、どうしようもない状況だ。

 上を見るとだいぶ下まで落ちてきたようだ。トーマスが来るまでに時間がかかりそうだった。

「ど、どうしよう……」

 動くに動けない状態にアメリアは、自分の鈍臭さに呆れる。きっとまたクロノスに怒られるだろう。そして、それをネタに茶化してくることまで容易に想像できた。アメリアがしょげて、大人しくトーマスの助けを待つことにした。

「貴方、何をしてるの?」

「へ……?」

 突然話かけられ、首だけその方向へ向ける。そこには一人の女性が立っていた。

 髪を帽子の中にしまい込み、シャツにベストといったどこかの使用人のような格好。手には革の手袋をめ、いかつい編み上げのブーツを履いている。そのブーツは使い込まれているのがアメリアにも分かる。

 旅人だろうか。しかし、旅人にしては少々身軽すぎた。それにこの先は古城しかない。山頂に用事があるのだろうか。

 その女性がこちらに近づいてきたので、アメリアはハッとする。

「だ、だめです! こっちに来たら……!」

「分かってます。そこ、落とし穴ですね。今、助けますので」

 彼女は腰に下げたナイフを取り出すと、茂みから伸びている蔦を切り取った。そして、アメリアの方へ投げる。

「その蔦を腕まで巻き付けるように持ってください」

「は、はい……!」

 言われた通りにすると、女性はそれを見て頷いた。

「では、いきますね」

 そうアメリアに声をかけると、ぐっと力を入れたのがわかった。

「うわっ!」

 一瞬だけ、アメリアの体が宙に浮いた。女性の力とは思えない力で引っ張り、落とし穴の外へ転がり出た。

 その力強さに驚いたが、心の奥底では安心した気持ちの方が強かった。

「あ、ありがとうございます!」

 改めて女性を見上げる。帽子にしまい込まれた髪は紫色をしており、色白の肌をしている。瞳は長い前髪のせいで見えなかった。

 彼女はアメリアの無事が分かると、口元だけ笑って見せた。

「ええ、無事でよかったです」

 さっきまで硬い印象があった声に優しさが帯びて、アメリアもどこかホッとした気分になる。

 彼女は転がっていたアメリアのショルダーを拾い、一緒に中身を拾ってくれた。もう感謝で頭が上がらない。転がり出た荷物のほとんどは食べ物ばかりだ。クロノスの釣り道具も壊れてなく安心した。

「あ、ありがとうございます!」

「いえ、だいじょうぶですよ。ずいぶん、荷物がいっぱいですね。旅の途中ですか?」

「あ、はい!」

「女の子が、一人で?」

 彼女の声が少し硬くなった。表情があまり分からないが、アメリアのような少女が一人で旅をしていたら不思議がられても仕方ない。

「あ、いえ! 違います! ちゃんと保護者がいます! ただ、はぐれちゃって!」

「そうですか。この先は山頂に向かう道しかありません。迷われたなら一度引き返すことを勧めます」

 丁寧に教えてくれた彼女は大きな石を指さした。それは青緑色をしており、アメリアの腰くらいの大きさがある。

「お連れさんを見つけたらあれを頼りに行くといいですよ。あれはヴェルゼと都を繋ぐ山道に設置されてますから」

 そういえば、馬に乗っている時にちらほら見かけていた。表面には何か彫られているが、アメリアには読めない。

「あの石は道標なんですか?」

「いえ、正確には違います。共鳴石きょうめいいしといって魔物が嫌がる音を出している石で、山道を守るお守りのようなものです」

「あ、あれがそうなんですね!」

 ヴェルゼを出る前にクロノスが教えてくれたベル山の由来になった石だ。こんな綺麗な石だとは思わなかった。石をまじまじと見つめるアメリアに、女性は口元を緩ませた。

「無邪気な人ですね…………」

 女性はクスっと笑い、アメリアはきょとんとする。

(あれ……この人…………)

「アメリアさーん!」

 上の方から声がし、アメリアはその声がする方へ目を向けた。

「無事ですか!」

「トーマスさん!」

 茂みから現れたトーマスは慌てて降りてきてくれたのだろう。頭に葉や蜘蛛くもの巣を付けたままやってきてくれた。アメリアが無事なのを見て、ホッとした顔をする。

「よかった! 貴方に何かあったらクロノスさんに合わせる顔がないです」

「じ、実は、そこに落とし穴があって、あの人が助けてくれたんです!」

 アメリアがあわあわして状況を説明し振り返ると、そこにはあの女性の姿がなかった。

「あれ…………」

 あまりの一瞬の出来事にアメリアはぎょっとする。

「え、あれ⁉ どこに行っちゃったの⁉」

 忽然こつぜんと姿を消してしまった女性に、アメリアは辺りをきょろきょろと見回す。トーマスも首を傾げて言った。

「女性……ですか?」

「はい、帽子を被ってて私よりちょっと背が高くて、格好いい人です!」

「格好いい……?」

 さらに首を傾げたトーマスにアメリアは「本当にいたんですよ!」というと、彼は苦笑を浮かべた。

「信じていないわけではありませんが、なぜ女性がこんなところに……まあ、私たちも言えた義理じゃないですが」

 トーマスはそういうと、しげみの方を指さした。

「昔、盗賊が使ってたと思われる抜け道を見つけました。城はあそこから行けそうですね。あとはクロノスさんを待ちましょう」

 アメリアは頷き、さっきまで女性がいたところを見つめたあと、茂みに入っていくトーマスの後を追った。





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