四章 対峙

01

 翌日、クロノス達はウィリアム殿下と共にフローディアの捜索に加わることになった。

「しかし、黒猫の異名を持つ掃除屋が、まさか本当に黒猫になるとは……」

 ウィリアムがそう言って、アメリアの背にいたクロノスをまじまじと見つめた。クロノスはその視線が気に入らないのか、不機嫌そうに金色の目を細めた。

「何か、不都合なことでも?」

 アメリアは王子の馬に乗せてもらっており、フードの中にいるクロノスは王子と顔を突き合わせている態勢になっていた。

 捜索に加わったのはいいが、クロノス達を乗せる馬がなく、三人は徒歩を余儀よぎなくされた。しかし、女性のアメリアを歩かせるわけにはいかないと、ウィリアムが申し出たのだ。

 彼はアメリアを後ろから抱えるように馬の手綱を握っていた。

 まさか王子と同じ馬を乗ることになるとは思わず、ヒドく緊張しする。クロノスがそばについてくれているので、少しは緊張が和らぐと思っていたが、今は別の緊張感が周囲に漂っていた。

「いやいや、まさかその異名とマッチした姿になるとは思わず……しかし、黒猫になる呪いですか。貴殿も大変ですね」

「無暗に魔物を殺し回ったツケがきたんですよ」

 クロノスの言葉に、彼は苦笑しながらも言った。

「もし嫌でなければ、現役時代の話をお聞きしたいものです。たとえば、ドラゴンと対峙した時の話とか」

「…………」

 揺れていたクロノスの尻尾がピタリと止まったのが分かり、アメリアは恐る恐る訊ねた。

「あ、あの……クロはそんなに有名な掃除屋だったんですか?」

 クロノスが現役だった頃のことをアメリアはよく知らない。彼はアメリアと出会ってすぐに引退しまったこともあり、魔物や魔獣と戦う姿を見たのは、この間が初めてだった。

 ウィリアムは、にこやかに笑って答えた。

「ええ、その噂は城にまで聞きおよんでいましたよ。その姿を見た者は、同業者さえも死を呼んでしまう黒猫ってね。こうしてお目に掛かれるとは思いもしませんでした」

 死を呼ぶ黒猫。縁起でもない呼び名にアメリアはクロノスに目を向ける。

「そうなの……?」

 アメリアがそういうと、彼はぷいっと顔を逸らす。

「知らね……誰かがそう勝手に呼んでたんだよ」

 クロノスはそう言って、フードの中に体を沈める。それでも顔を半分だしてウィリアムの顔をじっと見つめていた。

 そんな微妙な空気が流れて、後ろにいたアグロがウィリアムの隣に馬を寄せた。

「殿下、このような者を同じ馬に……」

 アグロが不安そうな顔で言っていたが、ウィリアムは笑顔で首を振った。

「なに、レディをリードするのは紳士の役目だ。そうだろう?」

 クロノスの金色の目が剣呑けんのんな光を宿した。

 ぶちっ、ぶちっ、ぶちっ!

 アメリアの背中で、何やら不穏な音が聞こえた。それはクロノスが前足を動かして爪研ぎをしている音だった。それも、ウィリアムを睨みながら。

「クロノス殿。一体何をされているのですか?」

 フードの中から聞こえてくる音は、アメリアの不安をあおった。

 一体、なんて答えるのだろうとアメリアは黙っている。

「…………日課のふみふみタイムだよ」

(絶対嘘だ…………)

 クロノスのイライラを背中で感じながら、アメリアは内心で冷汗をかく。相手は王子様だ。そんな不敬な態度をとっていいものなのだろうか。

「ふみふみ、とは……?」

「猫が寝るのに居場所を作ったり、休んでいる時に癒しを求めて柔らかいものを踏むんだよ…………いわば、オレの癒しの時間だ」

 クロノスはそういうが、背中で聞こえる音は安らぎとは程遠いものだ。ウィリアムは笑顔を崩さないまま「そうですか」と流してくれた。

「ところで、ベル山の古城にリヴィル令嬢はいるのですか?」

 アメリアたちが目指しているのは、ベル山の山頂。そこには昔、王族の先祖が建てた古城があった。まだ戦争が絶えず続いていた時代、ベル山の古城は見張り台として建設され、今も残っている。

「あんな大きなドラゴンが他に身を隠せるような場所が他に思い浮かばない。ましてや、リヴィル令嬢も連れているなら……」

 それを聞いて、アメリアは昨夜に今後のことを話した時のことを思い出した。

「このまま俺たちは第二王子と共にフローディアの捜索に参加する」

「正気ですか?」

 言葉は悪いが、トーマスも二人の身を案じて言ったのはアメリアにも分かった。

「ああ、このままお前らを放っておくのも後味悪いし、帰ってジェシカにどやされる」

 クロノスはそういうと、ポケットから小さな水晶のようなものを取り出した。それはまるで大きめのビー玉のような大きさで、中を覗くと雪のようにキラキラと輝くものが見えた。

「クロ、なにこれ?」

 クロノスは自分の頭を指さしながら、アメリアに向かって手を出す。

「あれを出せ」

 あれと聞いて、ぱっと思いついたアメリアはポケットから髪飾りを出した。

 失くしたら絶交とまで言われてしまったアメリアは、外した後も肌身離さずに持っていたのだ。

「実はこれにはちょっと細工をしてある」

 クロノスが水晶に触れると、中身がキラキラと輝きが増した。

 そして、その光は水晶の中で回り始めると、ある場所を差して止まったのだ。それはアメリアの髪飾りだった。

「これは髪飾りに反応して、場所を教えてくれる。これを同じものをフローディアにも渡しておいた」

 クロノスは水晶を小突くと、再び中身が回転し始める。そして、動きが止まった先は、三人の背後にあるベル山だった。

 それを見て、クロノスとトーマスはベル山の古城にいることを推測し、ウィリアムと行動することになったのだった。

(まさか、髪飾りが迷子用として渡されていたなんて……)

 アメリアはそのことを思い出して、ため息をついた。

 彼にとって自分は子どもも同然なのかもしれない。

 揺れ動く馬の上で憂鬱になっていると、隣にいたアグロと目が合い、アメリアは気まずく視線を少し下に逸らした。

「しかし、殿下。ベル山は魔物避けの石がある山です。本当にアルフレッド殿下がいるのでしょうか?」

 アグロがクロノスに向かって、いぶかに視線を送る。

 彼はアメリアよりもクロノスの動きを厳重に警戒している。彼が闘いに慣れていると分かれば無理もない。

「何、彼は地元民だ。我々よりも土地勘があるだろうし、ましてや掃除屋だったんだ」

 ウィリアムはそういうと、「ねえ、黒猫さん?」とクロノスに微笑みかけた。

「まあな」

 クロノスはそういうと、静かにフードの中に沈んでいった。

 ベル山の山頂まで馬を使えば半日も掛からないだろう。しかし、今回はすぐに古城には向かわない。山頂より少し下で、アメリアたちは一度、馬を休ませた。

 そして、フローディアを連れ戻す為に作戦会議を開始した。

 アルフレッドが古城で警戒をしていることを考えて、黒猫姿であるクロノスと、アメリア、そして、その護衛にトーマスが偵察に行くことになった。

「本当に大丈夫なのですか?」

 ウィリアムはそういうが、武装している彼らより軽装のアメリアやトーマスの方が動きやすく偵察もしやすい。それに猫の姿のクロノスは城内にも入りやすいと判断したのだ。

 しかし、ウィリアムは女性のアメリアを連れていくのは、さすがに気を引けたようだった。

「でも、罠とかあったら……」

 それはトーマスも心配していたが、クロノスはウィリアムたちに任せるよりも自分の傍の方が守れると判断したようだ。

「ドラゴンの姿じゃ罠なんて貼れないから大丈夫ですよ」

 クロノスはそういうと、アメリアも拳を握って「が、がんばります!」と意気込んだ。

 ウィリアムは渋々了承し、三人の古城の偵察が始まった。





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