08

「兄上の結婚式がそろそろだったので、一言でも祝いの言葉を言いたかったんです」

 少なからず、アルフレッドとウィリアムとの間に確執かくしつがあった。兄であるアルフレッドがウィリアムより勝っているのは血筋だけではない。知性があり、剣の腕も彼の方が格上だった。

 彼の母親はすでに他界し、後妻として迎え入れたのはウィリアムの母だった。歳の離れた兄の奇妙な噂を知ったのは、まだ幼い頃だ。

『殿下は気狂いを起こし、自分の目を抉った』

『子供らしさがなく、まるで人形のようだ』

 実際、アルフレッドは幼い頃に自分の目を抉り義眼を入れている。ウィリアムの幼い記憶の中で、彼が笑ったところは見たことがない。

『奇怪な行動をする殿下を王位につけさせるな』

 そう言って、ウィリアムについた者もいた。

 しかし、そんな変わった兄も好きな女性がいた。

「それが、リヴィル令嬢?」

 クロノスの言葉に、ウィリアムは首を横に振った。

「そう、思うでしょう? でも違う。兄上が思いを寄せていたとはいえ、それを伝えなかった相手です。名前を言えませんが、その女性を諦めてリヴィル令嬢を選んだんです」

「へぇ…………」

 興味なさそうに頷くクロノス。その横にいたアメリアは静かに言った。

「諦めちゃったんですか…………?」

「相手も複雑な立場で、というか…………私も二人の様子を見たことがあるのですが……まるで死体のように相手に脈はなかったです」

「死体だったんじゃねぇの……痛っ!」

 ぼそっと言ったクロノスの背をトーマスが小突き、アメリアがつねった。反論しようと二人を見やると、二人の視線が突き刺さった。

 聞こえたらどうするんだっ! そう目で訴えているのが分かり、クロノスは黙った。

 幸い、ウィリアムには聞こえなかったようで二人は安心する。

 アメリアはフローディアとの会話を思い出した。

『彼は私と誰かを間違えたんです』

(そっか………………それが、その人なんだ)

 アメリアはスカートを握りしめ、下を向いた。クロノスはそれを見て、トンとアメリアの背を叩いた。

 クロノスを見ると、「顔を上げろ」と目で訴えていた。なぜかわからないが、アメリアは顔を上げる。前にはウィリアムの複雑そうな顔が、横にはトーマスの真剣な顔があった。

「それで……アルフレッド殿下の部屋に行って、祝いの言葉を?」

「ええ、『結婚おめでとう、お幸せに』ってね………………けど、それがいけなかった」

「いけなかった?」

 クロノスもアメリアも首を傾げた。

「…………それの何がいけなかったんですか?」

 アメリアがそう言うと、彼は苦笑した後に言った。

「『それは嫌味か?』って怒らせてしまったんです。私は兄上の好きな相手も知っていたので、余計ですね」

「それで、なんでドラゴンになったのでしょうか?」

 人の恋路なんて知ったことかと言わんばかりにクロノスが言い、周囲からの視線が突き刺さる。さすがのアメリアもクロノスの後ろに隠れた。

「兄上はヴェルゼ侯爵の影響で少し魔法をかじっていたんです。それで兄上は私にドラゴンになる魔法をかけようとして、自分にかかってしまった。それがことの顛末てんまつです。ドラゴンに変わった兄上を見た時は夢だと思いました」

 やはりという言葉は、そこから出たものらしい。トーマスは苦々しく口を開いた。

「それでは、捜索の打ち切りというのは…………アルフレッド殿下が魔法を使って、ウィリアム殿下を消しかけたから……?」

 ウィリアムは静かに頷いた。

「それに加えて、先王ほどではないとはいえ、陛下も魔法嫌いでしたからね」

「なるほど…………」

 クロノスは周りの兵士たちに目をやってから、ため息をついた。

「それで、リヴィル令嬢はドラゴンになった殿下に誘拐されたわけか…………」

「私たちは、これから彼女を必ず連れ戻します。そもそも、城に戻ってくる彼女が心配で迎えにきたので。トーマス、彼らは民間人だろう。騎士として、その二人はヴェルゼに送り戻すべきだと思うが?」

 確かに、クロノスとアメリアは民間人でトーマスに依頼されて護衛をしていた。城の近衛騎士たちがいるなら二人は用済みであろう。

 アメリアがクロノスを見上げると、彼もトーマスの反応を待っているようだった。トーマスは少し考えてから、顔を上げた。

「少し、彼らと話をさせてください。こちらで依頼したのもあるので、契約の話を見直したいのです」

「わかった。私たちは野営の準備をする。ゆっくり話すといい。アグロ、行くぞ」

「はっ!」

 野営をするために、ウィリアムたちがクロノス達から離れていく。

 ウィリアムたちの姿が見えなくなったのを確認して、クロノスはポケットから魔力を込めた石を地面に投げつけた。石は砕け散ると、三人の周りに透明な膜のようなものが張られる。

「何これ?」

「簡易結界だ。変に聞き耳立てられたら困るからな」

 クロノスはそういうと、腕組をしてトーマスを見た。

「トーマス、さっきの話を聞いてどう思う?」

「どう思うも何も、おかしいでしょう! なぜ、殿下が弟君を殺すために…………! 私は信じませんよ!」

 彼はウィリアムの話を聞いている間、ずっと表情を崩さずにいた。しかし、押し殺していた感情も徐々に抑えきれなくなっていたようだった。

「第一、彼女が実家に帰ったのは一か月も前ですよ! その間に殿下が行方不明になって、なぜこちらに連絡の一つもないのです! 王子が失踪となれば、彼女との婚約も何もかも見直しになるでしょう。陛下がすぐに捜索を打ち切ったという話も信じられません」

 トーマスがぎゅっと拳を握りしめた。クロノスも静かに頷いた。

「オレも同意だ。いくらなんでもでき過ぎてる」

「でしょう! 兄君の婚約者である彼女を王子自ら迎えに行きます? 行かないですよね? それに、なぜ彼女と二人きりになる必要があったんです……?」

 静かに怒りを露わにするトーマスに、アメリアは少し怯える。彼はフローディアと結婚の約束をしていたのだ。この一か月、彼なりに思いを内に留めていたものもあったのだろう。クロノスは彼の様子を見て同情するように「全くだ」と頷いた。

「でも、そんなに兄弟仲は悪かったのか? それも兄がキレるほど?」

 トーマスは考えてから首を横に振った。

「いえ、それはないでしょうね……」

「断言できるか?」

「ええ。たしかに、殿下にはウィリアム殿下が言うように、目を抉ったとか人形のように笑わないという噂は付きまとっていました。それに、殿下自身が己の笑い話としておっしゃっていましたからね」

 トーマス曰く、近衛騎士団の中では有名な話だったようだ。

 幼い頃に、陛下に構ってもらえないことで目を抉った。

 現副将軍や近衛騎士団長と共に身分を隠して城下を駆けまわっていた。

 学校では廊下の雑巾がけ競争で副将軍と勝負して完敗した。

 近衛騎士団長と好きな女の子をめぐって喧嘩して、どっちも破局した。

 どの話も武勇伝というより、笑い話として飲みの席では鉄板のネタだったらしい。

「あの方は血筋とか、身分とか、体裁とか全く気にしない方でしたよ? ウィリアム殿下に怒りをあらわにするほど険悪だった印象もありません。まあ、私の見た印象での話ですが」

「…………じゃあ、ウィリアム殿下が?」

 アメリアは恐る恐るいうと、クロノスは首を横に振った。

「さぁ? どっちが本当かはわからんが、警戒した方がいい。それでトーマス」

 クロノスの呼びかけに、彼の表情が硬くなる。

「なんでしょう?」

「オレとしては、このままアメリアを連れてヴェルゼに帰りたい」

「…………はい、わかっています」

 トーマスがクロノスのそういうとわかっていたのか、複雑な顔をして頷いた。

 しかし、アメリア自身は驚きが隠せなかった。

「え……………なんで?」

 このまま二人を放っておいてヴェルゼに帰るなんてアメリアにはできない。フローディアも攫われてしまい、むしろ緊急事態とも言っていい状況なのだ。

 クロノスは金色の瞳を暗く光らせた。

「なんでって……いいか? まず、オレが魔法を使えることがバレていないうちに帰る。その理由はわかるだろ?」

「うん」

 この国は魔法使いと認められていないと法で罰せられる。クロノスも周囲にそれを知られないように気を使っていた。

「もう一つ、今、オレたちは国の、それも王族の内部事情に巻き込まれかけてるんだ」

「内部事情……? 結婚とか……ってこと?」

 よくわかっていないアメリアに、クロノスとトーマスが露骨ろこつに呆れた顔をする。

「悪いな、トーマス。こいつは異国育ちでよくわかってないんだ」

「いえ、大丈夫です。アメリアさんは天然なところもあるなと察してはいたので」

 トーマスが申し訳なさそうにいい、クロノスはため息をついた。

「王位継承順位がひっくり返るかもしれない。ここで深入りしたら巻き込まれる」

 巻き込まれる。それが一体どういうことか、アメリアには分からなかった。しかし、脳裏で彼女の姿が浮かんだ。

「で、でも! フローディアは⁉ フローディアは放っておくの?」

 彼女はドラゴンになってしまった殿下に連れ去られてしまった。そんな彼女を放っておくわけにはいかない。

「殿下のドラゴンの姿だって、クロならなんとかできるでしょ? それに殿下たちが喧嘩したなら、仲直りしてあとで戻してもらえればいいんじゃない? ねぇ、クロ……」

「オレはお前の身も危ないって言ってんだよ!」

 クロノスはアメリアを怒鳴りつけた後、ハッとしたような顔をして、首の後ろを掻いた。

「とにかく…………本音はヴェルゼに帰りたい。でも……容易には帰してくれないだろうな……」

 ふと、クロノスが結界の外に目をやり、二人もそちらに目をやった。茂みに隠れた兵士がこちらを見張っているのが見えた。

 一瞬、顔を強張らせたトーマスにクロノスは言う。

「結界を張っているから、外からは別の会話をしているように聞こえてるはずだ」

「なんで……見張ってるの?」

「警戒しているんでしょうね…………私たちがよからぬことを考えていると思っているかも」

「そ、そんな!」

 なぜ、自分たちが、とアメリアが言いかけると、クロノスは「仕方ない」と呟いた。

「アメリア、トーマス。オレたちは…………」

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