04

 アメリアはフローディアの話を聞いて、胸にぽっかり穴が開いたような気分だった。

 二人が高台に戻ると、クロノスが軽く手を振る。

「機嫌直ったか?」

「……」

 彼は普段と変わらない口調でそう言い、ぼんやりと彼を見つめる。それにクロノスは怪訝な顔をした。

「どうした?」

 黙っていたアメリアは、ハッとして首を横に振る。

「な、なんでもない! やっぱり私、フローディアと寝る!」

「まだいうか! お前は個室だ、バカ!」

「バカじゃないもん! バカって言った方がバカなんだからね!」

 そう言い返すアメリアに、クロノスは地を這うような深いため息をついた。

「よく考えてみろ、アメリア」

 クロノスが真剣な顔をして言い、アメリアはその表情に顔を硬くした。

「オレが寝ているフローディアを起こす必要があるとする」

「うん」

「けど、王子の婚約者の寝所に野郎が入っていいか? よくないよな?」

「う……うん」

 そもそも婚約者がいるのに、他の異性と過ごすことは正直ありえないことだと思う。ましてや寝所に入るなど許されるはずがない。

「けど、お前は女だから入れる。それにアメリアのテントだったらオレが入っても問題ないし、問題も起きない。どうだ?」

「なんだろう……すごい失礼なこと言われてる気がするけど、理屈はわかるよ」

「というわけで、お前はフローディアと別!」

「……はーい」

 アメリアもフローディアも残念な顔をして返事をしたのだった。





 二人がテントに入って眠りについたあと、クロノスがトーマスに声を掛けた。

「お前も休め。テントはないけど、寝袋はあるぞ」

「…………」

 クロノスの言葉に応えず、トーマスはまるで問い詰めるような目でこちらを見ており、クロノスはため息をついた。

「なんか、聞きたいことでもあんの?」

 そう言うと、トーマスはどこか言いづらそうに口を開く。

「…………なんで隠すんですか?」

「何を?」

 クロノスがしらばっくれて聞き返すと、トーマスが呆れたように言う。

「貴方が、昼間は猫であることですよ」

「……なんだよ。気づいてたのか」

 特に驚きもせずにクロノスはそう言い、トーマスはジト目でクロノスを見た。

「あんな頭の良い猫なんているわけないでしょう」

 トーマスは、自分の体に毛布を巻き付けた。

「それに貴方は都で噂になった、あの黒猫なんでしょう?」

「…………」

 そう言った時、クロノスの金色の瞳が鋭く光った。

「どこまで知っている?」

 殺気さっきにも似た何かが含んだ視線にトーマスは言葉を詰まらせるが、目を逸らさなかった。

「…………噂程度です。高額賞金首の魔物の周囲に現れ、その討伐現場に居合わせた同業者も死ぬ。死を呼ぶ掃除屋だと聞きました。ドラゴンの生き血を浴びたことがあるとか、その首を持ち帰ったことがあったとか……?」

 クロノスは静かにそれを聞いていた。

「…………それで?」

「本当なんですか?」

 真っ直ぐに見つめられたクロノスは、しばし沈黙した。しかし、その沈黙は後ろ暗い事を隠すものではなかった。

「…………さあな? もし、噂が本当だとしたらどうする?」

 挑発めいた笑みを浮かべるクロノスに、トーマスは首を横に振った。

「本物なら好都合です。その腕を見込んでお願いしたのですから…………」

「そりゃ、どうも…………」

 クロノスは安堵を漏らすと、鍋に入っているお湯をマグに入れた。

「お前、ブラック飲める?」

「ええ」

「夜は長いからな、お前も飲め」

 別のマグにコーヒーの粉末とお湯を入れて、トーマスに渡す。

 彼はマグを受け取ると、揺らぐ水面を眺めた。

「今は、掃除屋はしていないんですか?」

「ああ、二年前を機に。もうする必要がなくなったからな」

 コーヒーではなくお湯の入ったマグで手を温めているクロノスはそういうと、あくびをした。

「お前こそ、元々は貴族の使用人だったんだろ? なんで騎士になったんだよ? 汗臭い仕事より全然いいだろ」

 クロノスの言葉に、トーマスは苦い顔をする。

「仕えていた家がなくなる予定だったんです。それで別の食い扶持ぶちを探すために、ツテで騎士の道を選んだんですよ」

「ふーん、それで王子の婚約者の護衛とはね…………」

「あり得ない話でしょう? 本当に皮肉なもんですよ」

 トーマスは湯気の出るコーヒーを口に運んだ。

「皮肉?」

「こっちの話…………」

 トーマスがそういった時だった。

「うぅ…………う……………」

「!」

 声が聞こえた。

 唸り声のような、泣いている声のような。それが女性のものだとすぐに分かる。

「な、なんですか?」

 その声を聞いてトーマスは慌てて立ち上がるが、クロノスは落ち着いていた。

 クロノスはぬるくなったお湯を飲み干し、マグを下に置いた。

「ローレライかねぇ……」

 意地悪く笑って言うクロノスをトーマスは睨んだ。

「貴方、ローレライはいないって言ったじゃないですか!」

「はっはっはっはっはっはっは! 冗談だよ、なんつー顔してんだ」

 トーマスの顔を見て大笑いしたクロノスは、テントの方を指さす。

「う……うう…………」

 その声はテント、それもアメリアのテントから聞こえてくる。

「これがアメリアとフローディアのテントを分けた理由だよ」

 クロノスは立ち上がって、テントのカーテンを上げようとした。その躊躇いもない行動にトーマスは慌てて止めた。

「ちょっと! 女性の寝所に男が入るなんて、何考えているのですか‼」

「大丈夫だよ。それより、中で唸ってる奴に何かあったらどうすんだよ?」

「そ、それは……」

 もし、テントの中で彼女に何もない保証はない。トーマスが答えを出しあぐねている隙に、テントのボタンに手を掛ける。

「つーわけで…………」

「ちょっ!」

 クロノスはカーテンを開けて、躊躇ちゅうちょなく中に入った。そして寝ているアメリアを抱えて、入り口に戻ってくる。

「うう……うう……」

 クロノスに抱えられたアメリアは苦悶くもんの表情を浮かべている。そんな彼女の背をクロノスは優しく撫でた。

「アメリアはいつも魘されるんだ。どんな夢を見てるか知らないけどな」

 酷くうなされたアメリアの首には掻きむしった痕が残っており、額には冷や汗が滲んでいた。

「いつも……?」

「そう…………」

 クロノスはそう言って、いつも通り悪夢払いのまじないを口ずさみ、アメリアの額にキスをしようとした時、トーマスは思わずクロノスの頭に手刀を入れた。

「痛っ!」

 もろに受けたクロノスは頭を抑えた。

「何すんだよ……アメリアが起きたらどうすんだよ」

「それはこっちのセリフです。しれっと寝ている女性に何してるんですか……!」

 声を抑えていうトーマスの額には青筋が浮いていた。紳士すぎるというか、生真面目すぎる彼にクロノスは半目になる。

「母親が寝る前の子どもにするだろう……それと同じだよ」

 そういってアメリアの額にキスをすると、唸っていたアメリアが徐々に穏やかな顔になる。クロノスはそれを見てほっとすると、彼女を寝かせてカーテンを閉めた。

「あり得ない、寝ている女性に手を出すなんて……」

 見せつけられたとも言えなくないトーマスがそういって睨むが、クロノスは待て待てとなだめる。

「その言い方には語弊ごへいがある……それに、アメリアはこのことを知ってる。一度、それで起こしたことあったしな」

「でも、貴方たちは恋仲ではないでしょう?」

「まあな」

 クロノスはマグに新しくお湯を入れた。

 しばらく沈黙が流れ、トーマスは湯気が立たなくなったコーヒーをじっと眺めていた。

「そういえば、お前は王子の騎士だろ? なんで王子はフローディアを選んだんだ?」

 会話が途切れ、暇になったクロノスが唐突にそう言った。

 彼は少し驚きつつも、言いづらそうに答えた。

「……歌声が綺麗だったと聞いています」

「ふーん、歌声ね。アメリアとは大違いだわ。さぞかし、綺麗な声なんだろうな……」

 王子を射止めた美声を是非、聴いてみたいものだと冗談めかしに口にする。

 クロノスはてっきりトーマスが怒るかと思ったが、彼はただコーヒーを見つめていた。

「ええ、確かに彼女歌声は綺麗でした」

 トーマスは冷めたコーヒーを口につけた。

「殿下と出会った場所がヴェルゼだったのもあり、彼女は陰でローレライって呼ばれていましたよ」

「ローレライ? なんで?」

「きっと魔法で王子をまどわせた。出なければ王子が芋娘なんかに恋に落ちるはずがないってね。ただのひがみですよ」

 トーマスは飲み干したマグに新しいお湯を入れて、手を温めた。

「でも、国王は婚約を認めてるんだろう?」

「ええ、もちろん。ようやく彼が選んだ花嫁です。家をおどして連れてきていましたよ」

「脅す?」

 物騒な言葉に、クロノスは怪訝けげんな顔をした。

「潰れかけていた貴族です。男爵だんしゃくが断ろうが、受け入れようが彼女を花嫁として迎えるつもりだったようですよ、国王は」

「相変わらず、おっかねぇな……ん?」

「?」

 がさっ

 茂みの奥から音がし、トーマスとクロノスは構えた。

「そこにいるのは誰だ?」

「警戒をさせてすまない、旅の者」

 クロノスが問うと、茂みから金髪の少年が顔を出した。

 キラキラと輝く金色の髪、青い瞳に白い肌をした少年は、鎧をまとった大柄な男を二人連れていた。トーマスはその少年を見て目を瞠る。

「ウィリアム殿下……?」

「は?」

 クロノスはトーマスの言葉を聞いてぎょっとした。

 ウィリアムと呼ばれた少年はにっこりと笑った。

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