03

「アメリア! アメリア!」

 フローディアはアメリアの背を追いかけて、高台の下までやってきた。

 アメリアが海岸で両膝を抱えて、夜の海を眺めているのを見つける。追いかけてきたフローディアに気付いた彼女は、激しく気落ちした目をフローディアに向けていた。思わず、フローディアも足を止めた。

「フローディア様……」

 沈んだアメリアは声を低くして言った。

「昨夜の私……いびきがひどかったですか? 眠れませんでした?」

 まさか彼が夜遊びする理由が自分だとは思わなかったのだろう。フローディアもそんなことを言われたら傷ついていたと思う。それを人前で暴露ばくろされたならなおさらだ。今も彼女は「穴があったら入りたい」と消えそうな声でぼやいていた。

「そんなことありませんよ! 私、昨日はぐっすり寝ていましたから……」

「いいんですよ、気にせず言ってください! 私のいびき、うるさかったですよね!」

「アメリア、落ち着いてください!」

 やけくそになっているアメリアの手を握り、フローディアは優しく微笑んだ。

「大丈夫です。アメリアはいびきなんてかいてません!」

「本当ですか……?」

 フローディアは力強く頷いた。

「今夜は一緒に寝ましょう! お泊りみたいできっと楽しいです」

 そういうと、彼女はまるで眩しいものを見るような目をこちらに向けていた。

「……フローディア様、ありがとうございます」

 彼女はとても素直な女の子だ。そうフローディアは思っていた。

 喜怒哀楽がはっきりしていて、喜ぶことも落ち込むことにも全力だ。そんな彼女の方が、フローディアは眩しく見えた。

「…………ねぇ、アメリア」

 フローディアが呼ぶと、彼女はきょとんとした顔をこちらに向けた。

「はい?」

「様付けはやめせんか?」

 彼女と普通の友達になりたい。そうフローディアは思っていた。実家にいた頃は友達といえるほどの人はいなかった。

「私たち、お友達なんですし、敬語もやめましょう!」

 思い切ってフローディアがそういうと、彼女はぎょっとした目をする。

「え、でも……フローディア様は王子様と結婚される方ですし……」

「いいんです! だって私は…………」

 フローディアは、これからのことを思い出し、言いたい言葉を失くした。

 これから自分は望んで城に戻るのだ。それなのに、こんなことを口にしてしまっていいのだろうか。

 心の奥にある罪悪感がフローディアを制止させる。しかし、この思いはもうすでに行き場がなくなってしまっていた。

「私は……王子に見初められるような娘じゃないんです…………」

 ぽろっと出た本音が、アメリアを驚かせていた。握っていたアメリアの手を強く握りしめた。

「アメリア、私の話。聞いてもらえませんか?」

 アメリアは静かに頷いて、その場に座った。

 高台の下は海に反射した月明かりが辺りを明るく照らしていた。隣に座るアメリアが、心配そうにこちらを見ているのがはっきりとわかる。

「あのね、アメリア。私……本当は結婚したくないんです」

「え……?」

 意外だと思ったのだろう。アメリアは小さく声を上げていたのを見て、フローディアは笑う。

「なんで……?」

「うちは……貧乏貴族で、貴族らしい生活もしてなくて……小さなころは、年の近い男の子と、森に遊びに行ったり、釣りもしたりしました。でも、それでもよかったんです」

 リヴィルは左遷された貴族が行く場所。家を継ぐ男もおらず、貴族の生活も父の代で終わるはずだった。

「私は今まで屋敷に仕えてくれた家に嫁いで、普通の暮らしをするはずだったんです。今までの暮らしとそれほど大差もなかった。でも……」

 王子と出会った社交界。あの社交界に参加した理由は、他の娘の引き立て役として呼ばれたのだ。父の顔見知りが、田舎娘の隣だったらうちの娘がさらに輝くだろうと言ってきたのだ。

 父は断ってもいいと言ったが、どうせ誰にも相手はされないと言って参加したのだ。

「で、でも王子に告白されて……」

 そう、確かに王子に結婚を申し込まれた。

 フローディアは静かに首を横に振った。

「きっと、王子も私のことが好きではありません」

「!」

 目を見開くアメリアがフローディアは少しおかしくて笑ってしまう。本当におかしいのは自分なのに。

「王子は私と誰かを間違えたんです」

 あの時、彼がフローディアにかけた言葉は、明らかに知っている人に語り掛けたものだった。

 その証拠に、振り向いたフローディアに驚いた顔をしていた。

「でも、一目惚れって可能性も……」

 フローディアは静かに首を横に振った。

「知ってしまったんです。王子が誰と間違えたのか…………」

 城で一度だけ見たことがある。彼女は王子と昔馴染みで、貴族の出ではないらしい。しかし、彼女に向ける彼の目は、明らかなものだった。

「妥協だったのかもしれません。でも、王子はお前なら愛せるって言ってくれました」

「…………結婚するんですか? 結婚したくないのに?」

「もし、私が結婚すれば、父は裕福な生活ができます……仕えてくれた家も、そのまま仕事ができます」

 自分が我慢をすれば家族は今まで通りに、いや今まで以上に裕福な暮らしができる。家族や仕えてくれていた人達と自分を天秤にかけた時、フローディアの心は大きく揺れた。しかし、フローディアは我慢することを選んだ。

「トーマスは、私の家に仕えてくれていて、彼と結婚する予定だったんですよ?」

「⁉」

 フローディアは、しっと指を口に当てた。

「私と結婚するために、家に仕える仕事ではなく、別の仕事を探して騎士になったんです…………でも、王子と結婚が決まって」

 それでもフローディアは真っすぐにアメリアを見つめる。

「実家に帰る時に彼をつけてくれたのも、うちの使用人だったから。信頼してつけてくれたんです。皮肉ですよね?」

「…………フローディア様はつらくないんですか?」

 言いにくそうにアメリアがそういうと、フローディアは心中で唇を噛みしめた。

「…………いいんです。それが貴族の娘なんですから」

 フローディアはそう言って、微笑んで見せた。

「だから、アメリアがクロノスさんと喧嘩しているのを見て、少し羨ましかった…………」

 普通の暮らしをして、年の近い子と笑い合ったり、喧嘩をする。そんなことはフローディアに許されない。

「なんてね!」

 フローディアはにっと笑う。

「トーマスにも、クロノスさんにも内緒ですよ?」


 



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