02

「よう、早かったな」

 沿岸で大きく開かれた高台、そこがアリア岬。まだ夕暮れだが、クロノスは人の姿をして待っていた。

 そこにはテントが二つと、たき火の準備がされていて野宿の準備はほぼ整っていた。

 アメリアはクロノスの姿を見つけた途端、ムッとした顔をする。

「クロ────っ‼」

「ん? うわっ、なんだよ⁉」

 アメリアはクロノスに駆け寄り、ぽかぽかとクロノスの胸を叩く。

「いてぇよ! なんだよ!」

「クロのバカ! 意地悪! 本当に耳栓を渡すなんてひどい‼」

 ずっと茶化されていたことだったが、まさか二人に耳栓まで配るとは思わなかった。それを聞いて、彼は呆れた顔をする。

「あ? なんだよ、そんなことかよ……? つか、お前喋ったの?」

 クロノスがトーマスを見ると、彼は静かに頷いた。

「ええ、まあ。まさか本当にあんなに響くとは思いませんでした……」

「すごい大声でしたね、木に止まっていた鳥が一斉に飛んでいきましたわ」

 アメリアの怒号で木に止まっていた鳥が一斉に飛び立ち、トーマスも小動物が慌てて逃げ出す姿を見たという。あれがアメリアから発せられた物だったとは思わず、トーマスも戻ってきてから事実確認をするほどだった。

「だから言っただろう、こいつの声は響くって……てか、トーマス。アメリアの荷物までもってもらって悪かったな」

 トーマスからアメリアのショルダーを受け取る。クロノスはショルダーから釣り竿を取り出すと、腕まくりをする。

「さて、オレは釣りに行ってくるわ。アメリア、何匹食う? 五匹?」

「クロ‼」

 怒って彼の名を呼ぶと、クロノスはニシシッと笑ってアメリアをなだめる。

「冗談だよ。お前もやるか? お前でも釣れると思うぞ?」

 クロノスを見上げると、彼の顔色が少し悪い。日没までまだ時間があるので、無理に人の姿に戻しているのだろう。

「…………やる」

 クロノスが心配なのもあり、むくれっ面のままアメリアがそう答え、クロノスは頷いた。

「じゃあ、トーマスは火を起こして、お湯沸かしておいてくれ。そこに鍋とかあるから」

「どうやってもってきたんですか、これ……」

 テントの前に並べられた鍋とカップを見て驚くトーマスに、クロノスはしれっと答える。

「頑張って持ってきたんだよ。フローディアはどうする? 魚釣りに行くか?」

「え、いいんですか?」

 どこかそわそわした様子のフローディアにクロノスが頷いた。

「おう、釣りに一人や二人増えたところで越したことはない」

 クロノスがそういうと、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「は、はい! では、ご一緒したいです!」

「じゃあ、来い。ここの魚はバカみたいに釣れるから面白いぞ」

 アメリアとフローディアを連れて、クロノスはとある場所に案内した。

 その場所にアメリアは目を見開く。

 そこはテントが張ってある高台の真下だった。岬の真下は広い空間になっていて、洞窟どうくつまである。

 海を覗くと、浅瀬になっていて海底が透けて見える。色とりどりの魚が気持ち良さそうに泳いでいた。

「お前らはこれな」

 クロノスが二人に渡したのは、釣り針がついた糸だった。

「なにこれ?」

 アメリアも見たことないものに、フローディアはそれを見てパッと顔が明るくなる。

「知っています、これをそのまま垂らして釣るんですよね?」

 まさか彼女が知っているとは思わず、クロノスもぎょっとした。

「お、おう、そうだ。初心者向けだけど、ここはバカが多いからよく釣れるんだ。まあ、小さいヤツばかりだけど、お前らにはちょうどいいだろ」

 彼はそう言って、自分の釣り竿で釣りを始め、二人も糸を海に垂らした。

 釣りを始めてしばらく経った。クロノスは二人の釣りの成果に呆れる。

「おい、アメリア。フローディアが釣れてんのに、なんでお前は釣れないんだよ」

 フローディアが小魚を釣っては海に返し、釣っては返しと繰り返しているのに対して、アメリアの成果はゼロ。

「まさか、馬鹿な魚も釣れないほどとは……」

「うう……」

「まあ、こればかりは運もあるからな。よっと!」

 彼が魚を釣り上げて、釣り針から外す。

「さて、結構釣れたし、そろそろ帰るぞ」

 魚を持ち帰ると、トーマスとクロノスが魚を木の枝に刺して焼いてくれた。

 魚の丸焼きを食べるのはフローディアも初めてだろう。目を丸くさせながら遠慮えんりょがちに食べていた。

「味付けもないですが、美味しいです。なんのお魚ですか?」

「さぁ? とにかく食える魚だ」

 クロノスは適当に答え、フローディアも苦笑する。

 釣りをしているクロノスは釣り上げた魚を見て、「食えない」「食える」と呟きながら、魚を選別していた。おそらく、彼は釣ることだけを楽しんでいて、魚そのものには興味がないのだろう。実際、焼いている魚は種類様々だ。ヴェルゼの魚屋でも見たことがない魚もあった。

「まあ、毒があったり不味い魚は除外してるから食って問題ねぇよ。とりあえず、明日の話」

 クロノスはそう言って、コップに入ったスープを飲んだ。

「明日も一日歩くことになるけど、この調子だったら夕方には都につけるだろう。城にはすぐに入城できそうか?」

「たぶん、大丈夫だと思います。本来の予定より遅れていますが、事前にヴェルゼから手紙を送っているので」

 トーマスが言い、クロノスは頷いた。

「じゃあ、都に着いたらお別れだな。都についたら安全だろ」

「クロノスさんは、明日も先に出るのですか?」

「ああ、安全確保と、先に行って泊まる宿を探す」

「事前に連絡してあるので、城の部屋を用意してくれていると思いますよ?」

 トーマスはそういうが、クロノスは首を横に振る。

「オレは城には入らない。魔法使いの証もないし」

「あ……でも、魔法を使わなければ……」

 フローディアの言葉にクロノスは呆れる。

「お前……嫁ぎ先の親父くらい性格を把握した方がいいぞ。あのジークフリート国王陛下様にこんな小細工は利かねぇよ。あのおっさんの魔法嫌いは筋金入りだからな」

 アメリアに目を向けてクロノスは言った。

「都に着いたら解散。お前らは城へ、オレらは宿に泊まって、翌日ヴェルゼに帰る。アメリアもいいな?」

「……うん」

 アメリアがしぶしぶ頷くと、クロノスがくしゃっとアメリアの頭を撫でた。

「まあ、何かあったらこいつの大声で駆けつける。結構な声量だっただろ、こいつ」

「クロ……?」

 じと、とアメリアがクロノスを見ると、彼は意地悪く笑った。

「冗談だよ。でも、駆けつけるのは本当だ。後はドラゴンがこないことを祈るばかりだな」

 クロノスがそう言うと、フローディアはうつむいた。

「あのドラゴンはなんなのでしょうか……」

「さあ……気まぐれで襲ってきたと思いたいですね」

 トーマスの言葉を聞いて、全員が頷いた。

 食事を終えて、用意されたテントの話を聞いて、アメリアは目をいた。

「え、クロ。テントで寝ないの⁉」

「当たり前だろ……オレは護衛だぞ? 昼間はお前が、夜はオレが仕事すんの」

「だって、クロが凍え死んじゃうよ‼」

「死なねぇよ!」

 テントは二つ用意されているが、このテントはアメリアとフローディアがそれぞれ使うことになり、トーマスとクロノスは交代で見張りをするのだ。それもテントの外で。

「いくら春が近くても寒いし、潮風が冷たいし……私、フローディア様に頼んで一緒のテントで寝るから!」

「はぁ? なんのためにテントを二つ用意したと思ってんだよ?」

「へ?」

 クロノスの言葉を聞いて、アメリアが首を傾げると、クロノスが容赦なく言った。

「お前のいびきでフローディアが寝れねぇだろ」

「私、いびきなんてかかないよ!」

 なんて失礼なことを言うのだ。横でトーマスもフローディアも複雑な顔をしている。

「かいてんだよ! 毎晩、お前の部屋から地鳴りみてぇな轟音ごうおんが聞こえてくるんだよ!」

「ひどい! いくら本当でもそこまで言わなくてもいいじゃない! あ、まさか毎晩夜遊びしてる理由って……!」

 アメリアがそこまで言いかけると、さっとクロノスが顔を逸らした。

「……ウソでしょ?」

「………………」

「ね、クロ?」

「………………」

 クロノスが口を開いた。

「世の中、知らなくてもいい事ってあるぞ?」

「~~~~~~‼」

 アメリアは頬をパンパンに膨らませて、クロノスを睨みつけた。

「クロのバカ! 寒さで手足がしもやけになっても知らない!」

「そこまで心配されるほど子どもじゃねぇよ! オレをなんだと思ってんだよ!」

「ふんっ! 私、下に行ってくる!」

 アメリアはそういうと、釣りをしていた場所に行った。

「あ、アメリア!」

 フローディアもアメリアを追いかけた。

「いいんですか?」

 トーマスが呆れながら言い、クロノスがため息をついた。

「いいんだよ、本当のことだしな。お前も夜になればわかる」



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