三章 アリア岬

01

「おーい、アメリア」

 アメリアたちがしばらく沿岸を歩き続けた頃、クロノスがアメリアの髪でじゃれる。

「何、クロ?」

「そろそろアリア岬につく。オレは先に行ってテント作っておく」

 アメリアはそれを聞いて空を見上げた。だんだん陽が傾いてきているが、まだ日没まで時間がある。

「大丈夫?」

 日没前に人の姿を維持するのは、彼にとって負担になる。

「大丈夫だよ。ちょちょいと作ったら、日没までダラダラ過ごしてる」

 クロノスはそういうが、アメリアは心配でしょうがなかった。

 しかし、彼は心配するアメリアはよそに、こつんと自分の額をアメリアの頬にくっつける。

「んじゃ、あとは頑張れよ」

「うん……」

 仕方なく返事をすると、クロノスはフードから出て、茂みに潜って行ってしまった。

(大丈夫かな…………)

 数分間だけ人間の姿に戻っていただけで、彼の顔色がひどくなっていた。彼の呪いがどれだけ体に影響があるのかアメリアには分からない。なるべく負担はかけたくなかった。

「アメリア……アメリア!」

「…………え?」

 不意に名前を呼ばれて顔を上げると、フローディアがこちらを不思議そうな顔をして覗き込んでいた。

「大丈夫ですか? どこか具合が悪いですか?」

「え?」

 なぜそんなことを聞かれるのか分からず、きょとんとしていると、トーマスまでも申し訳なく無さそうにアメリアの顔を覗く。

「すみません、アメリアさん。もしかして疲れていましたか? 少し休憩しましょうか?」

 アメリアはその理由がようやく分かり、はっとする。

「だ、大丈夫です! 疲れてないですよ!」

「でも、顔色がよろしくないです」

「そうですよ、昼食を摂った後からずっと歩いていましたし、一度休みましょう」

 トーマスの言葉にフローディアも頷き、アメリアは大人しく休憩をすることにした。

(私が休憩したいんじゃなくて……クロが心配だっただけなんだけど……でも、そんなに顔に出てかな……?)

 思っていた以上に自分が顔に出やすいことに気付き、アメリアはため息をついた。

 そんなアメリアの肩をフローディアが叩いた。

「アメリア、チョコレート食べませんか?」

 フローディアがアメリアに差し出したのは、砕かれた状態のチョコが箱に入れられているものだった。

 それをフローディアは美味しそうに頬張っていた。

「あ、ありがとうございます」

 アメリアはチョコを受け取り、それを口に放り込んだ。

 チョコがじんわりと解けていき、口の中に甘い味が広がっていく。角張っていたものがとれ、どんどん丸みを帯びていくとともに、心もホッとした気持ちになる。

「おいしいです……」

「ふふっ……よかったです。甘いものは疲れに効くといいますもの」

 フローディアはそう言って笑うと、トーマスにも箱を差し出す。

「トーマスもどうですか?」

「私はいいです」

 トーマスはすっぱりと断り、フローディアは苦笑する。

「でも、トーマスは夜もあまり寝ていないでしょう? 疲れていないはずがないわ」

「私は近衛です。そのくらいでは疲れませんよ。むしろ、貴女こそ大丈夫ですか? 靴擦れとか……されていませんか?」

 そういえば、彼女は今、アメリアの靴を履いている。慣れていない靴で長時間歩いているのだ。最悪、靴擦れを起こしていてもおかしくはない。

 しかし、彼女はふふんと胸を張って自慢げに言った。

「大丈夫です。窮屈なヒールを履いている方が疲れますから」

「…………そうですか」

 さすがですね、というトーマスにアメリアは首を傾げたが、そんな疑問はすぐに消えてしまった。

「そういえば、クロノスさんはよく森に遊びに来ていると言っていましたね、アメリアもこの森に来ているんですか?」

「え⁉」

 唐突な質問に驚いたアメリアは、挙動不審になりながらも首を横に振った。

「え……あ、いえ、私は連れて行ってもらえないんです。クロが森に行く時は夜なので」

 トーマスが「夜に?」と呟くように言った。。

「夜に出歩くなんて感心しませんね。何をしてるんですか?」

「夜釣りだそうです」

「夜釣り……こんなところで?」

 昨日、クロノスが言った事をそのまま答えるが、さらに怪訝な顔をする。そんな彼にフローディアが言った。

「トーマス。人の趣味をとやかくいう理由はありませんよ」

「そりゃ、そうですけど……」

「トーマスだって、趣味の一つや二つありますでしょう?」

「……まあ、ありますけど」

「何をしてるんですか?」

 アメリアがそういうと、じっとトーマスがアメリアに目を向けた。その眼の鋭さにびくっと身を震わせる。

「あ……別にその、あの! 言いたくないものなら全然!」

 慌てるアメリアを見て、トーマスがため息をついた。

「失礼……人には言えない趣味ではありませんよ。私は本を読むのが好きなんです」

「本……?」

 彼は静かに頷いた。

「ええ、主に創作、空想物語ファンタジーです。神話や童話も読みます。今はもう本を読む時間もありませんが……」

「あ、じゃあ、クロと同じですね!」

「え?」

 クロノスの部屋には魔法の本だけでなく、小説や絵本といった幅広いジャンルの本が置いてある。字の勉強をするアメリアの為にクロノスが買ってきたものもあるが、ほとんどは彼の趣味だ。

「クロも本を読むのが好きなんです。神話も詳しいんですよ」

「あら、トーマスと同じですね」

「意外ですね、読書が好きそうには見えなそうでしたが」

 目を丸くしていうトーマスの言葉をクロノスが聞いたら「お前もな!」と言い返しているだろう。

「確かに、クロの様子からだと意外ですね」

 破天荒というか自由気ままな彼だ。彼のことを知らないと意外な一面だろう。

「フローディア様は何か好きなことってありますか?」

「好きなこと……」

 フローディアが悩みながら言った。

「歌も好きですが……それか……」

「……?」

「やっぱり歌でしょうか……褒められたことは歌ぐらいですし……」

 フローディアはそう言って微笑んだ時、トーマスは立ち上がった。

「アメリアさん、気分はどうですか?」

「あ、はい。大丈夫です」

 元々気分が悪かったわけではない。アメリアがそう答えると、トーマスは頷いた。

「もう少ししたら出ます。私は用を足してきます。何かあったら大声を上げてくださいね。アメリアさんの声は頭が痛くなるほど、よく響くとクロノスさんが言ってましたが」

 クロ、そんな余計な事まで言って!

 この場に彼がいたら、即座にフードから追い出していただろう。アメリアが内心で、頬を膨らませた。

 トーマスが茂みの向こうに消えようとした時、彼はぼそっと言った。

「でも、さすがにあれは大袈裟ですね」

「…………へ?」

 トーマスがいなくなり、何となく嫌な予感がしたアメリアはフローディアの方を向いた。彼女は苦笑をしてアメリアの方を見ていた。

「フローディア様…………もしかしてクロは余計なことまで言ってませんでした?」

 アメリアがそう言うと、彼女は申し訳なさそうにポケットから耳栓を取り出した。

「……いらないって言ったのですが、クロノスさんが……これを」

「~~~~‼」

 アメリアが耳まで顔を真っ赤にし、先に行ったクロノスに聞こえるよう、大きく息を吸い込んだ。

「クロの……バカぁあああああああああああああああああっ‼」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます