06

「おい、アメリア。アメリア!」

 体をゆすられて、アメリアは目を開けた。

 そこにはこちらの顔をのぞくクロノスの姿が見えた。

「クロ……?」

 彼はまだ人の姿だ。カーテンを開けると、まだ日が昇っていないが、空が白み始めていた。

「ほら、渡すもんがあるって言ったろ」

「え……うん?」

 そういえば、そんなことを言っていたような気がする。ぼんやりとした頭で頷くと、クロノスは頬をかいた。

「寝ぼけてんな……夜が明ける前に着替えてくれ。部屋の外で待ってっから」

「わ、わかった……」

 アメリアが素早く着替えを済ませ、クロノスを呼ぶ。部屋に入ってきたクロノスはアメリアに椅子に座らせた。

 まだ寝癖がついたアメリアの髪にクロノスが触れ、アメリアは驚いて体を硬くした。

「え、クロ⁉」

 彼は丁寧な手つきで、くしでアメリアの髪をいていく。

 まさか髪に触れられるとは思わず、顔を上げようとすると、動くアメリアの頭をクロノスがしっかり押さえた。

「いいからじっとしてろ」 

 彼は櫛で絡まった髪も丁寧に直していく。

 髪を整えると、櫛を使いながら髪を集めていく。時折、耳やうなじに手が触れるのが恥ずかしくなる。しかし、その手さばきは感動を覚えるほど丁寧で、髪に触れられて気持ちがいい。

「クロ、すごい丁寧だね……」

 アメリアがそう言うと、クロノスは手を動かしながらも答えた。

「ジェシカが舞台に立ってた頃は、髪のセットを手伝ってたからな。あれやれこれやれってうるせぇのなんのって……」

「そうだったの?」

 ジェシカは舞台女優だったのは知っているが、彼が手伝っていたのは初耳だ。ましてや、彼が髪のセットをするなんて誰が想像するだろうか。

「おい、今、想像出来ないと思っただろう?」

 バレた。そこまで表情に出してもいないし、口にしてないのに。

「だって、クロ雑なんだもん」

「誰が雑だよ」

「それに、ジェシカは人気女優だったんでしょ? お手伝いさんいたんじゃないの?」

「アイツがまだ見習いだった頃は、自分でセットしてたんだよ。あいつ髪長いし、時間がかかってたから手伝ってたんだ。ほら、できた」

 かちっと何かで髪を留められる。鏡をみると、アメリアが知らない花の意匠いしょうほどこされた綺麗な髪留めだった。鈴がついていて、揺れる度にちりんと響く音が聞いていて心地いい。

「綺麗……このお花なに?」

山梔子くちなしだ」

「クチナシ……?」

「ああ、お前の国ではガーデリアって言うらしいぞ?」

「私の名前と同じだ……」

 自分のファミリーネームと同じ名前の花があるとは驚きだった。鏡越しで見える山梔子の花はとても綺麗だ。花弁は幾重もあり花の開き方は薔薇ばらにも似ている。

 アメリアの真剣に髪飾りを見る目にクロノスは少し呆れたような顔をした後、悪巧みを考えたような顔に変わる。

「まあ、この花には特別な意味がある」

 にやりと笑って言ったクロノスの言葉に、何が嫌な含みがある。

「……意味? どんな?」

「死人にクチナシ」

「へ⁉」

 ぎょっと声を上げるアメリアを見て、クロノスは声を抑えて笑った。

「もう、またからかったんでしょ!」

「悪い悪い。まさかそこまで驚くとは……」

 クロノスはアメリアの頭に手を置いた。

「まあ、この髪飾りは旅のお守りだ。大切なものだから絶対にくすなよ? いいか、絶対にだぞ?」

 クロノスが念を押していうと、アメリアは頷いた。

 もちろん、失くすつもりはないが、そこまで念を押されてしまうと、戸惑ってしまう。

「もし、失くたら?」

「んー……そうだな。絶交だな」

「絶交⁉」

 あまりにもあっさり言った言葉は、遥かに重みのあるものだった。

「おう、絶交だ。今度は冗談じゃねぇぞ」

「絶交……絶交」

 まさかクロノスからそんな言葉が飛び出るなんて思わず、アメリアは言葉の重みを心に刻むように何度も呟いた。

「か、髪から外すのは?」

「寝る時は許す。それ以外は肌身離さずつけてろ」

「うっす……」

 アメリアは頷いて振り返ると、そこにクロノスの姿はなかった。

「あれ?」

 足元に黒猫の姿のクロノスがいて、アメリアの肩に飛び乗った。

「なーに、失くさなきゃいいんだよ。そんな気にすんな」

 そういうと、アメリアの頬を肉球で押した。

「んじゃ、下に行こうぜ。レイシーが朝食作ってると思うぜ」

「う、うん……」

 アメリアはそういうと、肩にクロノスを乗せたまま下に降りた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます