04

 海でも眺めて心を落ち着かせようと思った。

 人払いを頼み、バルコニーに足を運んだ自分は目を見開いた。

 先客がいたのだ。

 月に照らされた海の色が反射し、紫色の髪が綺麗だ。必要以上に肌の露出ろしゅつと装飾を控えたドレス。そして、その後ろ姿に見覚えがあった。

 彼女はバルコニーから見える月と海を眺めながら、自分もよく知る歌を歌っていた。

「―――――」

 聞こえてくる歌声は美しく、思わず聴き入ってしまう。

 その相手は歌に集中しているせいか、こちらに気付いていなかった。

 少しばかり驚かせてやろうと、子どものような悪戯心で後ろから声を掛けてしまった。

「月に照らされた海を背景に歌っていると、一段と映えるな……とても綺麗だ」

 自分の声を聞いて、その人物は驚いたようにこちらを振り向いた。

「……え?」

 思わず、声を漏らした。

 振り向いたのは自分が知る人物ではなく、まったく知らない少女だった。





「え、明日休みなのか?」

 常連の客が明日、店が休みと聞いて驚いた声を上げた。

 よほどの事がない限り臨時休業はしていなかったこともあり、今回の臨時休業には驚いたようだった。

「ありゃー……珍しく連日でクロノスもいると思ったら、どっか出掛けんのか?」

「ちょっとクロノスとアメリアに都の方へお使いを頼んだのよ。明日はその準備も兼てお休みなの」

 ジェシカは酒を注ぎながら答えると、相手はそれに礼を言い、酒を口に運ぶ。

「都まで? 馬車か?」

「いえ、徒歩」

 ゴホッと常連が飲んでいた酒をむせ込んだ。

「ゴホゴホゴホ! と、徒歩⁉」

 驚きもするだろう。ジェシカも徒歩で向かうと聞いた時は、顔には出さなかったが驚いた。しかし、クロノスが出した判断は妥当だったと思う。

「ええ、アメリアもこの街からあまり出てないから、ゆっくりできてちょうどいいんじゃないかしら?」

 ジェシカはそう言いながらサービスに同じ酒を注ぐ。

 おいおいとぼやきながら常連は、給仕きゅうじをしているクロノスとアメリアを見やった。

「けどよ、ジェシカ。若い男女が二人きりって心配じゃねーのかよ? クロノスってアメリアちゃんのこと好きなんだろ……?」

 常連から見てもそれはありありと分かるのだろう。

 酔っ払いの客がアメリアに絡もうとしていると、それをこっそり阻止している。その姿を見てニヤニヤしている客も少なくなかった。実際、彼もそれを肴に酒を呷るタイプだ。

 ジェシカは呆れた風に答える。

「何言ってるのよ、あのクロノスよ?」

 都に向かう理由が理由だが、そうでなくたって彼がアメリアに手を出すならとっくに手を出しているだろう。心配にならない理由は、二年経った今の現状が根拠だった。

 常連はその考えに妙に納得がいった。

「それもそうか!」

「あ? オレがなんだって?」

 なんとなく自分の話をしているのが聞こえ、空になったトレーで肩を叩きながらクロノスがやってくる。

 ジェシカは頬を杖をついて意味深な笑みを浮かべた。

「アンタが、送り狼になるような男じゃないって話よ?」

 しかし、彼は話の要領を得られず、顔をしかめた。

「は……? 何の話だ……」

「クロノスくーん、アメリアちゃーん! ちょっとお願いしますー!」

 厨房ちゅうぼうにいたレイシーの声にさえぎられ、クロノスは適当に返事をする。ジェシカが「早く行きなさい」と手で払うような仕草をし、クロノスは変に思いながらも厨房へ向かった。

 厨房にはレイシーのエプロンを付けて皿を洗うトーマスの姿があった。

「お、トーマス。厨房の方はどうだ?」

 タダで泊めてもらうわけにはいかないと、トーマスがレイシーの助手として厨房を手伝っていたのだ。フローディアも手伝いたいと店の仕事に興味津々だったが、彼女には手伝いをさせられないと二階の住居スペースにいる。

「簡単な盛り付けと皿洗いだけさせてもらってます。料理なんて滅多にしないので」

 腕まくりをして皿を洗うトーマスの動作に粗雑な感じはしなかった。どちらかというと丁寧な印象が強い。そういう性分なのだろうかとクロノスはその様子を眺めた。

「そうか、でも騎士様に皿洗いなんてさせて悪いな。皿洗いなんて慣れないだろ?」

 クロノスが意地悪くいうと、トーマスは顔色も変えずに答えた。

「こう見えても実家は貴族に仕えている家だったので、皿洗いなんて子どもの頃からさせられているから平気ですよ」

 少しばかり意外だと思ったクロノスは、彼を改めて見つめる。

 育ちの良さそうな感じから、彼もどこかの貴族の出だと思っていた。しかし、そう言われてみれば、その手慣れた様子は素直に頷けた。

「へー、そりゃ意外だ。城の騎士って貴族の坊ちゃんばかりだと思ってたぜ……そういえば、レイシーは?」

「レイシーさんならちょっと食材を取りに行きました」

「ふーん……」

 クロノスは簡単なつまみの準備をし始めると、慌ただしい足音が聞こえてきた。

「遅れてごめん! レイシー、お酒のおかわり瓶で欲しいって……あれ?」

 厨房にやってきたアメリアがきょとんとしてトーマスとクロノスを見ていた。

 呼ばれたのにクロノスとトーマスしかいないことに、首を傾げた。

「レイシーは?」

「食料取りに行ったってさ」

 クロノスも少しばかり遅いと感じ始めると、トーマスが皿を洗う手を止める。

「私もレイシーさんの手伝いをしてきますね」

 トーマスが手を拭いて厨房から出て行ったのを見て、クロノスが「なんの酒を探してるんだ?」と二人で注文の酒を用意し始めた。

 クロノスはアメリアが頼まれていた酒の瓶を取り出していると、ラジオから流れていた曲が変わった。

 物語調の歌詞がどこかで聞き覚えがあり、アメリアは顔を上げる。

「これ、何の歌なの?」

 ラジオから女性が何か台詞のような歌詞を歌っている。そして、男が応えるように歌う。

「ああ、これか」

 クロノスは戸棚から瓶を取り出して答えた。

「…………ドラゴンスレイヤーだな」

「ドラゴンスレイヤー……?」

「ああ、お前はこの国の出身じゃないから知らねぇのか。神話をオマージュしたオペラだ」

 竜殺しの名を付けられた曲は、異国の神話をオマージュした作品だった。

 英雄、アルフレッドが女神、ヴィーリアの神託しんたくを受けてドラゴンを倒しに行く。そして、彼はドラゴンを倒し、ドラゴンの生き血を浴びて不死身となり国の王となるというのがあらすじだ。

「今の場面は英雄アルフレッドが、女神からの祝福を受け、ドラゴンの弱点を聞いているところだ」

「ドラゴンに弱点なんてあるの?」

 ドラゴンは百年以上生きる生き物だ。彼らは人の言葉を理解し、魔法も扱う。そして、人間よりも知能が優れている。国によってはそのドラゴンを国のシンボルにしている国もあれば、ドラゴンの恩恵を受けて建国した国もある。それほど、ドラゴンは崇高な存在だ。アメリアの故郷の神話では天と地を裂き、破滅を導く存在ともされているのだ。アメリアはそんなドラゴンに弱点があるなんて驚きだった。

「まあな。一応、ドラゴンも生き物だしな。人間と同じで弱点も急所もある」

「神話では、ドラゴンのひげが弱点だそうですよ」

 クロノスの言葉に続くように会話に入ってきたの、食材が入った箱を重そうに抱えたレイシーだった。

「トーマスは?」

「トーマスくんは食材の箱をもうひと箱持ってきてもらうように頼んできました」

 レイシーはそういうと、箱に入った食材を取り出していく。

 アメリアは話の続きが気になり、首を傾げた。

「ひげ?」

「そう、ドラゴンはひげを切られると、力を失ってしまうそうです。英雄アルフレッドはドラゴンのひげを切り、止めを刺すんですよ」

 箱から取り出し終えると、彼はつまみ用のクルミを棚から取り出しながら続ける。

「そして、ドラゴンの血を浴びて不死身となり、女神のヴィーリアをめとって国王になります」

「女神と結婚するの?」

 英雄と女神が結婚することに意外に思いながら聞くと彼は頷く。

「ええ、ヴィーリアは人間になり英雄とのちぎりを交わすんですが、ここで反逆が起きて英雄アルフレッドが亡くなります」

「え、なんで⁉」

 不死身と言っていたのになんで死んでしまったのか、アメリアには見当もつかない。

「ねぇ、レイシーなんで! なんで!」

 アメリアが急かせるようにいうと、レイシーはなぜが嬉しそうな顔をしている。

 普段、アメリアの勉強を教えてくれるのはクロノスだ。こうして他の人に教えてもらうのはどこか新鮮だ。

「それはですね……」

 レイシーが説明をしようすると、ドンと床を突く音が聞こえ、二人がその方向を向く。

 その先には首の後ろを掻いていたクロノスが「おう、わりぃ」と軽く詫びた後、アメリアとレイシーの会話に割り込むように入る。

「そのヴィーリアっつーのは、戦の女神なんだ」

 クロノスは「クルミくれ」と言い、レイシーの手からクルミの袋を取り、その中からクルミの実を二つ取る。そしてその実を割って、ぼりぼりと食べ始めた。

 レイシーはさっきほどのクロノスの行動に少し驚いた顔をしているが、アメリアは特に気にすることなく首を傾げた。

「戦の女神?」

「そう。その戦の女神は優秀な兵士を天界に連れて行くことが仕事なんだ。そこで、ヴィーリアがアルフレッドの弱点を国の軍師に伝え、反逆を起こす。反逆を起こして兵士が死んで天界に兵士をつれていく作戦だったんだ」

「え?!」

 戦の女神と聞くと、戦争で戦士に加護を授けたり、戦士達を先導し、士気を奮い立てるイメージが強かった。

 なぜ、戦争を起こしてまで兵士の魂を連れていくのか。 

「天界に連れて行ってどうするの?」

「神々が住む城があって、その城の番をさせるんだ。ヴィーリアは最高神の命により兵士を集めていたんだ。だから、ヴィーリアは反逆で兵士が死んでも、アルフレッドが死んでも、どちらに転がっても美味しいわけだ」

 クルミをたいらげ、クロノスは口元を拭いた。

「まぁ、最終的にアルフレッドは死んで、軍師が国王になる。ヴィーリアは天界に戻り、永遠にアルフレッドと結ばれる」

「なんか……変な話なんだね」

 死んでから永遠に結ばれるなんて。それなら生きている間に交わしたものは一体なんだったのだろうか。

 耳に入ってくる旋律は、その聞いた内容に反して綺麗なものだ。

「いい曲だな……」

 悲しげな曲だが、その中で勇ましさがある曲だ。どこかで聞いたことがあるフレーズに思わず口ずさむと、クロノスが両手で耳をふさいだ。

「な、何よ、耳を塞いじゃって!」

「だって、お前の歌クッソ下手なんだから耳塞いでんだよ。今のフレーズだってガッタガタだぜ?」

「ひどい!」

 確かに、アメリアは自分でも歌が上手いとは思っていない。クロノスには『有害超音波』と言われているが、そんな鼻歌で大げさに耳を塞ぐほどではないはずだ。

「ボクはアメリアちゃんの鼻歌は上手だと思いますけどね」

 レイシーがそっとフォローを入れるが、クロノスは顔をしかめた。

「おいおい、お前マジで言ってんの? オレなんかアイツの鼻歌聞くだけで頭がグラグラするぞ?」

 クロノスは大げさに体をくらくら揺らした後、吐く真似までする。ここまでいう事ないだろう。

「クロノスくん、さすがに失礼ですよ…………」

「お前は知らねぇだけだって。コイツの歌一度聞いてみろ。死ぬぞ、冗談抜きで。なんたって有害超音波だからな。ガラスをひっかく音なんてめじゃないって」

 クロノスが爪でひっかく仕草をすると、さすがのレイシーも苦笑いだ。

「ひどい! 昔は褒めてくれてたのに!」

 パンパンに膨らませたアメリアの頬をクロノスは風船をいじるように指で突いて遊ぶ。

「お世辞せじっていうんだよ。お、せ、じ」

「クロのバカ!」

「二人とも、落ち着いて」

 二人を宥めていると、店内からジェシカの声が聞こえてきた。

「アメリアー、クロノスー、レイシー。おつまみの追加早くね」

 彼女の声を聞いて、アメリアは頬を膨らませたままトレーにおつまみとジョッキを乗せた。

「先にいってきますっ!」

 大股で歩いて客席に向かうアメリアの背を見送り、レイシーは苦笑しながらクロノスを見つめた。

「あまり意地悪言うと、嫌われますよ?」

「ないない。そんなの絶対ないから」

 一体、どこからそんな自信が出てくるのか分からないが、彼は別のジョッキを持ってアメリアに続いていった。

 もちろん、アメリアの様子を見て、ジェシカだけでなく他の客に呼び止められからかわれたのは言うまでもなかった。

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