03

(もう、夕暮れか……)

 窓から西日が射し込み、エンドシェールの国王、ジークフリートがその眩しさに目を細める。

 鮮やかなオレンジ色の光は自室を明るく染め、窓からは冷たい風が吹き込んでくる。一瞬の寒さに体を震わせると、かたわらにひかえていた女性は、無言で窓を閉め、彼にひざ掛けを差し出した。

 彼女の紫色の髪は長くうなじ辺りで一つにまとめられている。前髪は目元まで伸びているせいで、瞳は見えない。おかげで表情は読みにくいが、彼女と同い年の自分の息子よりも気心が知れている仲だ。

「ありがとう、ベル」

 そう言うと、彼女、ベルは固く引き締められた唇をゆるめた。

勿体もったいないお言葉です、陛下」

 凛とした声でベルは応えると、ジークフリートは頷いた。

「しかし、もう少し風に当たりたい。開けておいてくれないか?」

「では、温かい飲み物をご用意致します」

「頼む。私は読書でもしている」

「はい」

 ジークフリートは今、息子の式の準備に追われている。式の企画書や準備で必要なものリストを宰相から受け取り、その処理や招待状のサイン、さらに通常の書類まである。それについさっきまで視察に出かけていたのだ。息抜きも必要であろう。

 彼女はジークフリートが読書をする時、決まってメイドに用意させず、自分で用意をする。昼間、執務などで重役がそばにいることが多い為、一人でいる時間が極端に少ない。側近であり、護衛役でもある彼女はそれを知って、自分が紅茶を淹れることでジークフリートの時間を作っていた。

 彼女は窓を少し開けて一礼をした後、ジーフリートに背を向けた時だった。彼女は扉を見つめたまま動かかなくなる。

「どうした、ベル」

 彼女は耳が良い。おそらく扉の向こうから何か聞こえてくるのだろう。

「ラケルがこちらに」

「何?」

 彼はアルフレッドの近衛騎士団の団長だ。息子のアルフレッド、ベルとは旧知の仲である。アルフレッドだけでなく、ベルも彼の事を一目置いている。

「ラケルか……」

 普段、ラケルはアルフレッドといることが多い。近衛でありながら彼とアルフレッドの距離は近く、彼の部下も招いてカードゲームをしているとよく聞いている。

謁見えっけんの申告書をお渡しして参ります」

「よい。そのまま通してくれ」

 謁見を申請する前にまっすぐ向かってくるという事は、よほどのことがあったのだろう。ベルもいつもより表情が固い。それはことの深刻さを現しているのだろう。

 通常なら有り得ないが入室を許可すると、彼女は一礼する。

御意ぎょい

 彼女がそういうと、騒がしい足音が近くまで聞こえ、扉の近くで止まる。扉の外では、番をしている兵士が驚きの声を上げていた。彼女は音もなく扉へ移動し、無言で扉を開けた。

 応答もなく扉が開けられたので、外にいた者が目を剥いて彼女を見る。

「陛下のご厚意により、この場での謁見を許可されました。どうぞ、お入りください」

 ベルは一礼をし、ラケルを中に入れる。

 燃えるように赤い髪をした青年が、緊張した面持おももちで入ってきた。彼の目は切れ長で相手を睨みつけるような印象を与えるが、華奢きゃしゃな体格は優男やさおとこのようにも見える。アルフレッドやベルと同い年だが、実年齢よりも幼く、少年のような風貌ふうぼうだ。

「国王陛下、このような非礼をお許しください」

「構わん、何があった」

 青年は片膝をついて非礼の言葉を述べると、ジークフリートは単刀直入に言った。

 ラケルは言いづらそうに口を開閉させたあと、顔を上げジークフリートの目を見て答える。

「アルフレッド殿下が…………姿を眩ませました」

「…………何?」

 傍らにいたベルも予想していなかった事態のようで、驚いているのが分かる。

「お姿がお見えにならないとメイドから連絡があり、城内を捜索しました。しかし、それでも見つからず……」

 それを聞いたジークフリートは眉間に皺を寄せた。

「あのやんちゃ坊主め。式の前だというのにまだ脱走癖が抜けぬのか」

 昔から息子の脱走癖があり、城下まで逃げ出してしまったことがある。その脱走の多さに、一体どこにそんな抜け道があるのかと思うほどだ。

「城下でも見つからないのか」

「申し訳ございません。私が至らないばかりに」

「構わん。そのまま、捜索を続けろ。リヴィル男爵令嬢はどうした?」

 息子の婚約者は気が弱く、穏やかな少女だ。このことを知れば、結婚に不安を覚えてしまうだろう。

「令嬢は、一度ご実家に戻られております。しばらくはご実家で過ごされると」

「ならよい。下がれ」

「はっ! 失礼します」

 ラケルが部屋を出ていくと、ジークフリートはベルがいるのにも構わず、大きなため息を漏らす。

「あの愚息ぐそくにはいつも頭を悩まされる」

 頭を抱えるジークフリートに、ベルは穏やかに微笑んだ。

「はい、彼はいつも自由に振る舞っておいででした」

 アルフレッドにとって腹違いの弟であるウィリアムよりもベルの方が長く接してきた。そのせいか、アルフレッドとはフランクな関係だ。物言いもはっきりしている。

 ジークフリートは丸まった背を正し、彼女に目を向ける。

「ベル、この件に関してどう思う?」

「…………アルフレッド殿下はお忍びで城下に足をお運びになる時は、必ずラケルを同行させます。ラケルを同行させずに城外へ、ましてや姿を消すとは本来有り得ません」

「ああ、私もそう思う」

 息子はラケルを気に入っており、ラケルを同行させ身分を隠して城下に出かけることがしばしばある。しかし、必ず夕食前に何食わぬ顔して戻ってくるのだ。ベルの耳のおかげで彼らの動向は筒抜けである。今回はベルを連れて長期の視察に出かけてしまっていた為、彼らの動きは分からなかった。

 ジークフリートは一点を見つめて考え込んだ後、深いため息をついて口の前で両手を組んだ。

「ベル、長期の視察への同行を感謝する」

 ジークフリートが唐突にそう言うと、彼女は怪訝けげんな顔をし、それをすぐに掻き消して一礼をする。

「勿体ないお言葉です、陛下」

「いや……君は私にいつも尽くしてくれている。特別に今日からいとまをやろう。十分に休むといい」

 その言葉の意図を汲んだ彼女は、口端を持ち上げた。

「……はい。では、マティアス将軍に引き継ぎをしてまいります」

「ああ……あの男は少々喧しいからな……なるべく早く帰って来てくれ」

おおせのままに」



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