二章 騎士と令嬢

01

 店の中から外の様子をうかがっていたアメリアは、ドラゴンが去って行くのが見え、ほっと安堵を漏らした。裏庭のドアが開く音を聞いて、弾かれたように顔を上げた。

「ただいまー」

「クローーーーーー‼」

 クロノスが戻ったと同時にアメリアは彼に駆け寄り、抱き着いた。

 アメリアに飛びつかれたクロノスは金色の目を大きく見開いた。

「アメリア……!」

「大丈夫⁉ 怪我はない⁉」

 アメリアは彼の両腕を掴んで、怪我がないか確認する。いくら元掃除屋とはいえ、あんな魔物相手に怪我をしないわけがない。それに彼は普段怪我をしても平気そうな顔をしている。自分には無頓着むとんちゃくすぎるクロノスに変わってアメリアが心配していた。

「あ、ああ……」

 アメリアの剣幕けんまく気圧けおされて、思わずクロノスは後退あとずさりをする。

「本当⁉ 本当に怪我ない⁉」

「だーかーらー! ないって……!」

 クロノスは鬱陶うっとうしそうにアメリアの腕を払った。ジェシカとレイシーも遅れてやってきた。 

「よかった、怪我はないのね?」

 ジェシカもレイシーもクロノスが無事だと分かると安心した顔をしている。

「おう、まあな。それよりもこっちだ。入ってきてくれ」

 素っ気なく返事をした後、裏庭の扉を指差す。

 中に入ってきたのは執事のような格好をした青年。彼は厳しい顏つきでこちらを警戒しているようにも見える。

(なんだろう……なんか怖い)

 彼はクロノスよりもはるかに背が高く、思わず見上げてしまうほどだ。おまけに相手は眉を吊り上げ、口元は硬く結ばれており、こちらを睨みつけているようにも見えるのだ。視線を下に逸らすと、彼の腰には服装に不似合いな長剣が吊るされている。何か言えばその剣で切られてしまうのでないのかと嫌な考えが頭をよぎった。思わず、クロノスの背中に隠れそうになると、背後に誰かいるのが分かった。

「あれ?」

 青年の後ろに隠れて顔を出す少女がいた。

(うわぁ! 可愛い!)

 少女はアメリアよりも年下であろう。柔らかい絹糸のようなプラチナブロンドの髪、雪のように白い肌をした少女。まるで人形のように可愛らしい少女だ。少女をよく見るとドレスの装飾は簡素なものだが、アメリアから見てもいい素材のものを使っているのが分かる。クロノスがいう『いいところのお嬢さん』という人だろうか。そもそも『いいところのお嬢さん』というのをアメリアは見たとこがない。一応、このヴェルゼにも貴族はいるらしいが、街で見たことはなかった。

(一体どこからきたんだろう)

 アメリアが二人を見ていると、ジェシカが前に出た。

「貴方たちは?」

 そう尋ねると、青年が一歩前へ出る。女性相手でも警戒心が薄れる様子はなく、それを見越したのか、ジェシカはいつもの笑顔を見せる。

「名乗るのを忘れていたわね。私はジェシカ。この店のオーナーよ。それで、そこにいるのがうちのシェフのレイシー。それと看板娘のアメリアと、その真っ黒いのがクロノスよ」

 簡単にジェシカが紹介し、レイシーはにこやかに手を振り、アメリアは上ずった声で「こ、こんにちは」と挨拶をする。

 クロノスにいたっては素っ気なく「どうも」と一言だ。

「レイシー、お茶をお願い。それとクロノス、アメリア」

 ちょいちょいとジェシカが二人に手招きをする。

 小さな声で二人に言う。

「アメリアはレイシーと一緒にお茶の準備を、その後は厨房ちゅうぼうに下がってていいわ。クロノス……本当は同席して欲しいんだけど、厨房に下がって。疲れているのでしょう?」

 アメリアは彼の顔を見ると、確かに彼の顏には疲労が見えていた。人間の姿を保ち、さらにドラゴンを退けさせたのだ。疲れないはずがない。

「すまん、ありがとうジェシカ」

 クロノスは足早に厨房に行き、アメリアはクロノスの後に続いた。

 ジェシカはクロノス達が厨房に行くと青年と少女に席を勧める。アメリアはレイシーと一緒にお茶の準備を手伝う。

 レイシーはお茶を運び終え厨房に戻ると、奥から毛布も持ってきてクロノスに渡す。

「クロノスくん、どうぞ」

「おう、サンキュ」

 クロノスはマントのように毛布を羽織ったあと、アメリアに椅子に座れと手招きをする。言われた通りにすると、彼は人間の姿でアメリアの膝の上に座る。

 アメリアがぎょっと目をいた瞬間、毛布に包まれたまま猫の姿に戻り、アメリアの膝に落ち着く。相当疲れたのだろう。クロノスの重みが膝にずっしり伝わってくる。前足で頭を抱え込みながら丸くなる姿は愛らしいが、クロノス自身はどこか辛そうに見えた。

「クロ、大丈夫?」

 毛布の上から優しくお腹を撫でながらアメリアは言うと、クロノスは喉を短く鳴らして答える。

「気分が悪くなったら言ってね」

「ああ、大丈夫だ。一応、奥の話もここで聞かないとな……」

 クロノスがいい、レイシーとアメリアは厨房からジェシカたちの方を向く。向こうの席で座っていると、こちらは死角になるが、こちらからは店内を見渡せる作りになっている。

 青年はこちらを警戒しつつ、口を開く。

「私は、トーマス。都で近衛を務める者です。そして、こちらがリヴィル令嬢です」

 青年、トーマスはそう名乗り、隣に座る少女が上品にほほ笑む。

「フローディアと申します。先ほどはクロノス様に助けていただき、なんとお礼を申したらいいか」

 フローディアは深々と頭を下げる姿が厨房から見える。

「ねえ、レイシー」

「はい、なんでしょう?」

 レイシーは首を傾げながらこちらを向く。

「近衛ってなに?」

 トーマスがいう近衛というのはアメリアが知っている衛士と同じだろうか。

「近衛っていうのは、城を守る騎士の中でも王族の警護を務める人のことですよ」

「じゃあ、すごい人なの?」

「そうですね。とても名誉ある地位です」

「そうなんだ。あと、レイシー……」

 もう一つ気になることがある。

「どうして、あの子に名前が二つあるの?」

「二つ?」

 レイシーはアメリアの言葉に顏をしかめると、話を聞いていたクロノスが理解したのか「ああ」と空気が漏れるような声出した。

「リヴィルっていうのは名前じゃなくて、肩書みたいなものだ」

「ファミリーネームとは違うの?」

 アメリアの故郷にはファミリーネームというものがある。元々はクロノス達のように名前だけだったが、船や馬が発達してきたころに他の村で名前だけでは個人が判別しにくい為にこれができたのだ。それは単純に木の下に家があるからアンダーウッドと名付けるなど、安直なものが多い。アメリアにはガーデニアというファミリーネームがあり、アメリア・ガーデニアというのがフルネームだ。クロノス曰く、この文化はアメリアの故郷独特なものらしい。

「この国ではファミリーネームそのものはない。貴族って言うのは国王が所有する土地を代わりに管理してるって教えただろう?」

 そう、国王は国を所有し、さらに土地を治める為に貴族を派遣させて税金などの管理を任せている。それはアメリアの故郷と同じ制度だ。

「うん、それで偉い人は都の近くや要所に置くんでしょ?」

 貴族の中でも公爵は都の近くや、交易が盛んな場所に配置させると聞く。それは国交や政治を行いやすくするためだ。

「そう、この国では、土地を治める貴族にその土地の名前を位につけるんだ。この街にいるのは侯爵。だから、ヴェルゼ侯爵ってわけ」

 クロノスはふぅーと息を吐きながら言う。

「アイツの位は知らんが、令嬢っていうのはリヴィルっつー場所を治めている貴族のお嬢さんってこと」

「へぇー、そうなんだ。偉い人の娘さんなんだ」

 確かに国外出身のアメリアから見ても周りと来ている服の質は違うし、しっかり教育もされているのだろう。都で舞台女優をしていたジェシカとはまた違った上品さがある。きっととても良い所の出なのかもしれない。しかし、クロノスが最後に呟いた言葉はアメリアが予想もしていなかった。

「いや、実はそうでもない」

「え?」

「トーマスくん……でいいかしら?」

 ジェシカの声が聞こえて、全員が口を閉じる。

「はい。近衛このえといってもしたの中でさらに下っ端ですから気を遣わなくても結構です」

 彼の声は見た目に反して若い。下っ端の下っ端ということは、彼は近衛に入ったばかりなのだろう。

「そう……トーマスくんとフローディアさんはリヴィルから都に向かっていたのね」

「はい、その途中で先ほどのドラゴンに襲われてクロノスさんに助けていただきました」

「でも、どうして今都へ? 城の近衛が他所のお嬢様を連れて都に行くなんて。普通では有り得ないと思うのだけれど?」

 そうジェシカがいうと、トーマスは顔をくもらせた。

(なんか怪しいな……)

 その様子からアメリアはトーマスが彼女をどこからか連れてきたのではないのかと思う。

(もしかして、駆け落ちとか? クロが貴族の女の子は良い所に嫁がされるって言ってたし、それが気に入らなくて一緒に都に逃げてきたとか!)

 前に駆け落ちした二人が国外で幸せになったという童話を見たことがある。まさか本当に駆け落ちだったらなんだかロマンチックだな、とアメリアが思っているとクロノスが顔を上げた。

「クロ?」

「…………まさか、アイツら……あれか?」

 ぼそっとクロが呟いた。

 それを聞いたレイシーは半目になった。

「まさかクロノスくん。彼らが駆け落ちの仲とか言うんじゃないでしょうね?」

「え⁉」

「ばーか、そうじゃねーよ」

 クロノスは呆れた様子で言い、前足に顎を乗せる。

「アイツらはな……」

「ジェシカさん、今から私が話すことを口外しないと約束をして欲しいのです」

 クロノスが言いかけた時、トーマスが話す声がし、レイシーとアメリアはジェシカの方を向く。

 紅茶を飲んでいたジェシカは怪訝けげんな顔でカップを口から離した。

「口外? ドラゴンに追われるような人達が何か一般市民に秘密にしないといけないことでもあるのかしら?」

「……そうですね。確かにドラゴンに追われているような私たちが秘密にして欲しいと言われても困りますね。しかし……」

 トーマスが話すのをフローディアが制した。

「いいんです。トーマス。いずれ公表されるんですから問題ありません」

(公表?)

「あ」

 フローディアの言葉にレイシーが何か気付いたのか声を上げ、クロノスはそれに頷く。

「半年前、アルフレッド王子が婚約したのは御存じですか?」

「ええ、新聞で発表があったわね」

「私はアルフレッド王子と婚約したんです。トーマスは王子の近衛で、私の護衛として王子がつけてくれました」

「ああ……なるほど」

 フローディアの話を聞いて、ジェシカが納得したように頷き、トーマスも小さく頷いた。厨房にいるレイシーもクロノスも「うんうん」と何故か頷く。

「そういうことだったんですね」

「おう、多分お忍びってやつだろ?」

 レイシーとクロノスは分かっているようだが、アメリアにはさっぱり分からない。

 アメリアなりにまとめる。

(トーマスさんは王子の近衛をしてて、フローディアさんは王子と結婚する為に都にきてて、王子の近衛をしていたトーマスさんはフローディアさんを都まで護衛してたんだよね? あれ? でも、なんで秘密にしてほしいなんて言ったんだろう。あれ? えーっと……つまり……え?)

 自分なりにまとめていたはずが、余計な深読みでアメリアの頭はこんがらがってしまった。それを見透かしたようにクロノスはため息を吐いて、アメリアの腕を小突く。

「フローディアと王子の婚約はおおやけには伏せられてるんだよ」

「伏せられてる?」

「そう、新聞には貴族を婚約したってなってただろう。正確にはどこの貴族と婚約したかを伏せられてるんだ」

「なんで?」

 何故、伏せる必要があるのだろうか。アメリアには理解ができない。

 クロノスは昨日、王族の結婚式は盛大に祭りが行われると言っていた。アメリアの国では祭りというものは祭事、つまり神様をまつることを意味する。しかし、この国では祝い事をする時に行うと聞いたので、王族に嫁いだことに娘を歓迎するという祭りではないかと思っていた。

「伏せる意味なんてないでしょう? 嫁ぐってことは歓迎されてるんでしょう?」

 そういうと、レイシーもクロノスも苦い顔をする。

 どう説明したらいいのやらと二人とも考えている様子だ。クロノスはごろごろ言いながら顎を置く前足を交換し、口を開いた。

「えーっとな、アメリア。この国で貴族の結婚っていうのは、ほとんどが政略結婚なんだ。つまり、貴族がいいとこの地位に立つ為に息子や娘を結婚させるんだ」

「でも、それって喜ばしいことじゃないの?」

 王族は王子が結婚し、跡継ぎが生まれる。フローディアの家は地位が高くなる。それは良いことではないか。

 アメリアがそういうとレイシーもクロノスも一斉に頭を抱え出した。

 何かまずいことでも言ったのだろうかとアメリアは首を傾げると、レイシーが苦笑いでこちらを向いた。

「あのですね、今回どうして伏せられているかっていうと、彼女のご実家が問題なんです」

「え? なんで?」

「リヴィルは田舎で、特に特産物もなにもないし、交易もできるような場所もなく、小さな土地なんです。歴史上、あの地域に配属される貴族っていうのは左遷された落ちこぼれ貴族なんです。その左遷させんされた落ちこぼれ貴族の娘が王子と結婚すると、いいところの貴族が面白くないんです」

「面白く?」

「つまりだ」

 まだアメリアが理解していないと踏んだクロノスが咳払いをしてレイシーの後に言う。

「簡単に言うと『なんでうちの娘が選ばれずにド田舎の芋娘が選ばれたんだ、納得いかねー』って話だよ。それで他の貴族から恨みを買って暗殺されるっていう話もないとはいえない」

「⁉」

 王族の結婚というのはそう言うものなのかとアメリアは絶句する。

「だから、公表されず結婚式までお披露目されなかったわけ」

「血生臭いですからね、王族って……おそらく、安全な実家にひっそり帰り、そろそろ結婚の準備を始めるために、お忍びでお城に招かれたのでしょうね」

 店でジェシカはフローディアの結婚に祝福の言葉をかけ、フローディアは恥ずかしそうな顏をしている。

「でも、ならどうしてまたドラゴンに襲われていたの?」

 ジェシカの言葉に、トーマスもフローディアも表情を硬くした。

 二人とも顔を見合わせ、トーマスは露骨に眉間に皺を寄せた。

「それが、私たちにも分からないんです」

 トーマスもため息を吐いて話し出した。

「私は王子の命を受けて、彼女を都まで護衛していました。しかし、ヴェルゼの近くに来た時、突然ドラゴンが襲ってきたんです。それで馬が暴れて、ジェシカさんの裏庭に……」

「私の実家もドラゴンに恨まれるようなことは一切していません。むしろ、ドラゴンを見たのは初めてです」

「それもそうよね、私も見たことがないもの。うちのクロノスは元掃除屋だったのだけれど、それでも追っ払ったのは奇跡に近いはずよ」

 ジェシカはしみじみいうと紅茶を口に運んだ。

 レイシーとアメリアがクロノスを見ると、クロノスは「なんだよ」と半目で二人を見返す。確かに元掃除屋でもドラゴンを追っ払ったことはすごいことだと思う。ドラゴンは史実上最強の生き物だと言われていた。ハンデを負いながらもクロノスが追っ払えたことはすごいことだ。

 しかし、トーマスからとんでもない一言が出た。

「たとえ、奇跡でもクロノスさんにお願いがあります」

「お願い?」

「ドラゴンを退却させた腕を見込んで、クロノスさんに都までの護衛を依頼したいのです」



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