05

「クロ、次はどっち?」

「次の角を曲がって商店街に入る。そしたら、まっすぐ行って、パン屋の隣」

 クロノスの指示を聞きながら台車を押していると、冷たい風がアメリアの頬を撫でた。日差しが暖かいので寒さはそれなりに緩和されているが、まだまだ寒い。フードの中にいる彼も「寒い」と呟きながら、もぞもぞと動いていた。

「もうすぐ春だっていうのに、こんなに寒いのかよ……」

「昨日と比べたらまだ暖かい方だよ?」

「どっちにしたって寒いことには変わりないだろうよ」

 クロノスは気持ち良さそうに、フードの中でゴロゴロと喉を鳴らしていた。元々、このフードはクロノスが中に入ることを想定して仕立ててもらったマントだ。アメリアが出かける時はもちろん、クロノスが昼寝をしたい時はコート掛けにあるマントに、ちゃっかり入り込んでいることだってある。クロノス曰く、布団に包まれている気分で寝心地がいいらしい。アメリアも入ってみたいが、人間の自分が惜しい。

「あー、ぬくぬくい。極楽だわ~」

 しみじみいう彼にアメリアは呆れる。

「もう、本当にデブ猫になっちゃうよ?」

「オレがデブになっても可愛がってくれるだろ?」

 アメリアの肩にあごを乗せてゴロゴロと喉を鳴らした。彼のひげが首に当たってこそばゆい。

「やだよ! クロがデブ猫になったら、もうフードに入れてあげない! 仕立て屋さんに頼んでこのフードを取ってもらうもんね」

「それは困るわ……じゃあ、夜遊びする時間増やそうかなぁ~」

「む……」

 時折、クロノスは夜に出かけることがある。昼間は猫の姿というのもあってか、人の姿になるとどこか出かけてしまうのだ。アメリアはそれについて行ったことがない。店を閉める頃に帰ってくることもあれば、朝まで帰ってこないこともあるのだ。それに、彼はどこに行ったかを教えてくれない。

「それは……やだ」

「じゃあ、全然太ってないし、太る様子もないし、このままでフードにいていいよなぁ?」

「もう、クロの意地悪!」

 クロノスはフードの中で再び居場所を作った後、今度こそ動かなくなる。アメリアは頬を膨らませて台車を押すのだった。

 商店街は一番街にあり、少し遠い区画にある。このヴェルゼには全部で十二番街まであり、時計塔を中心に時計回りで区切られている。昔はこの時計塔とこの街の区画が日時計の役割もしていたようだ。

 一番街に行くには、中央の時計塔の広場を通れば、あっという間につくことができる。

 クロノスがフードに入っているおかげで、背中が温かい。フードの中にいる彼はきっと布団に包まれている気分なのだろう。少し羨ましく思いながらアメリアは時計台を目指した。

 昼間の時計台の広場では子どもたちが今日はどこで遊ぶのか、昨日は何をしたなどの会話が聞こえてくる。

「ねー、ねー、王子様って結婚するんでしょ?」

「?」

 ふと、広場で集まっている子どもたちの楽しげな会話が聞こえてきて、アメリアは足を止めた。

「王子様の結婚式見てみたーい!」

「都で祭りもやるらしいよ!」

「いいなぁ!」

 そう、楽しげに話しながら、子どもたちは住居区へ走っていく。アメリアはそれを眺め、内心で呟く。

(おまつり…………?)

「どうした、アメリア?」

 クロノスはアメリアが立ち止まったことに気付いて、フードの中から小声で話しかける。

「ねぇ、王子が結婚したら、都でお祭りをするの?」

 アメリアがそういうと、クロノスは「なんだ、そんなことか」と金色の目を細めた。

「王族が結婚するんだ。王族が結婚する時は城下で盛大に祭りを開くんだよ。まあ、なんていうか、その祭りは城下の住人が企画してやる祭りなんだけどな」

「へぇ、そうなんだ」

「王族の結婚式なんて滅多にないからな。観光にくる人も多いからそれに合わせて祭りをするんだよ。その時は都に行くか?」

「え? 大丈夫なの?」

 彼と一緒にお祭りに行けるのは嬉しいが、彼は昼間ずっと猫の姿なのだ。都に行くまできっと大変だろうとアメリアが思っていると、彼の返事は軽いものだった。

「おう、ヴェルゼから都まで馬車で半日だ。きっとジェシカもレイシーの奴も行きたがるだろうしな。結婚式の祭りは朝から夜まで続くんだ。昼間は猫の姿でも、夜の祭りは人間の姿で参加できるって」

 なんでも王族の結婚式の時は結婚式の前夜、結婚式の日、結婚式の後日の三日間、朝から晩まで祭りが続く。都の人々が総出で祝い、さらに国内外から人がたくさんやってくるらしい。

「すごいねぇ」

「まあ。王族の結婚式だからな」

 アメリアの故郷では、王族の結婚は内密に行われる。そもそも、アメリアの国の王族は、国民に姿を見せることがほとんどないのだ。姿を見せる時は成人を迎える時と国王の交代の時のみ。国王は神聖な存在とされているため、国王の子どもたちが姿を見せることはない。国王の結婚や婚約だって国民に知らせることがないのだ。

「結婚か…………」

 結婚。それは男女が婚姻関係を結び、家庭を持つことや、子どもを持つことなど幅広い意味を持つ。アメリアにとって結婚というのは抽象的なものでしかない。身近の人が結婚したわけでもないし、結婚した夫婦がどういったものなのかもよくわからない。アメリアはもう結婚できる歳ではあるが、自分が結婚する像が思い浮かばない。そもそも結婚したい相手がいないので、なんとも言えないのが本音である。

 クロノス曰く、アメリアくらいの歳の女性は、もうコイビトという存在がいてもおかしくない時期らしい。早ければ結婚して子どもがいる年だそうだ。それを聞いた時は気後れしそうになった。

 特に貴族と呼ばれるお金持ちの家の女の子は、貴族が集まる社交界というパーティで、相手に選んでもらうようにするらしい。

 いつだか、この国について教えてもらった際にたまたま恋愛の話になった。

『今のご時世、恋愛での結婚なんてあまりないからな。大方、許嫁いいなずけとか親同士の手引きが主流だ。まあ、平民は恋愛結婚もいるだろうが、貴族はまずないな。貴族にとって、娘は地位を獲得する為の道具にしか思っていない。そもそも、女が政治に関与するなんてない。子どもは財産なんて言葉があるが、その通り財産、物扱いだ。特に女は子どもを産むための道具みたいなものだしな。もし女が政治に関与するとなると貴族の中でもさらに格式の高い公爵家の子どもくらいだ。まぁ、それも例外に近いけど』

 それを聞いた時、余計アメリアの中で結婚について考えが大きく変わったと同時に、貴族の子どもでなくてよかったと思った。

 お金があれば裕福な生活ができるが、女性にとってそれが本当にいいものなのか。

(貴族ってなんだかつまらなそう。貴族の女の人ってどんな生活をしているんだろう?)

「…………お…………い……おーい! アメリア!」

 耳元でクロノスに呼び掛けられ、アメリアは我に返った。

「え?」

「早く行こうぜ。フードの中でも風が吹くと寒いんだ」

 小さなくしゃみをして、クロノスは前足で顔を洗う。

 そんな彼の頭を撫でて、アメリアはフードの襟を直した。

「ごめんね、行こうか」

「おう」

 ずずっと鼻をすするクロノスを見て、何故か安堵を覚えたアメリアは台車を押した。

 一番街の看板が掛けられたゲートをくぐり、商店が立ち並んでいる。辺りは一気に活気づいて賑やかになった。商店街は入り口から一番奥まで緩く登り坂になっており、花屋はここからそう遠くない距離にある。帰りは下り坂なのでそれほど苦にはならないだろう。

 『アン・フルール』それがジェシカの知り合いのお店だ。店の先には色とりどりの花が並んでいる。そこに一人の女性が花の手入れをしていて、近くに来たアメリアに気付いてニコリと微笑んだ。

「あら、いらっしゃいませ。どんなお花をお探しですか?」

 アメリアを迎えてくれたのは、プラチナブロンドの女性。髪は長く、左耳の後ろで、前に流すように乳白の石がついた髪留め一つでまとめている。毛先にウェーブがかかった髪は光沢が増して、とても綺麗だ。ジェシカも髪にウェーブがかかっているが、彼女とはまた違ったウェーブのかかり方だ。さらに瞳は空のような水色で、目尻の下がった目は柔らかい印象を与える。

 初対面の相手に人見知りのアメリアは、なぜか背筋を正してしまう。

「こ、こんにちは、はじめまして! バー黒猫の者です! ジェシカのお使いできました!」

 緊張で思わず早口になってしまったアメリアに彼女は「あらあら」と微笑んだ。

「もしかして、あなたがアメリアちゃん? 彼女から話は聞いているわ。本当にかわいい子ね」

 そういわれてアメリアは顔を赤くして照れる。

「初めまして。私はリリィ。ここまで遠かったでしょう?」

 彼女が、『アン・フルール』の女店主、リリィ。ジェシカとは女優時代からの知り合いで、彼女はジェシカのファンだったらしい。

 たしかにジェシカは同性のアメリアから見ても見惚れてしまうほど綺麗だが、リリィはジェシカとはまた違った美人だ。ジェシカは派手なイメージが強いバラやダリアなら、リリィは清楚せいそなスズランやユリと言ったところだろう。

「えーっと、今日は花の苗と、生け花よね。結構重いけど大丈夫?」

「は、はい! ジェシカが台車をくれたので、だ、大丈夫です!」

「そう? じゃあ、これと、これね」

 リリィが奥から苗が入った箱と花束を持ってきて、台車に乗せる。小さな苗はまだ背丈は小さいが、小さなつぼみをつけているものもある。

「御代はちゃんともらっているから…………あら?」

「ニャー」

 いつの間にかフードからクロノスが顔を出していた。

 猫の声を真似た後、前足をアメリアの肩に置いて喉を鳴らしながら愛嬌あいきょうをふりまいている。

(クロってば、あざとい…………)

 アメリアはクロノスを横目で見ていると、リリィは嬉しそうに目を見開いた。

「あらあら、クロ君じゃない!」

「え⁉」

 猫の姿をしている彼の名前を呼んだことに驚愕きょうがくした。

 彼が昼間は猫だという事を知っているのは、バー黒猫の従業員だけのはずだ。しかし、彼女はジェシカが女優時代の頃からの付き合いだったらしいので、クロノスの事を知っていてもおかしくはないだろう。

「久しぶりね」

「ニャー」

 リリィはクロノスに手を伸ばすと、彼は喉を撫でろと言わんばかりに喉を差し出す。

 しかし、彼は普段猫扱いされることを嫌がっているはずが、彼女の前ではやけに猫を(実際に猫の姿だが)被っている。こうやって、甘えている姿を見るのは初めてだ。

「あ、あの……リリィさん」

「なぁに、アメリアちゃん」

 困惑しているアメリアに彼女は笑顔で返事をする。

「あ、あの…………クロのこと知っているんですか?」

 アメリアは少し言葉を濁しながら尋ねると、変わらない笑顔で彼女は頷く。

「ええ、知っているわ。いつもお店に来て挨拶してくれているもの。ね?」

「ニャー!」

「ええええええええええええ⁉」

 アメリアが声を上げると、クロノスが呆れた様子でこちらを見ながら『何、驚いてんだよ?』と尻尾でアメリアの後頭部を叩いた。

 猫扱いを許すほど、クロノスが甘える相手がいるなんて、アメリアは思ってもいなかった。しかも、毎日会いに行っているとは誰が思うだろうか。

 呆然としているアメリアに、リリィは不思議そうに首を傾げた。

「あら? アメリアちゃんはクロノスくんから聞いてないの? この子、クロノスくんの猫なんでしょう?」

「え?」

 彼女は頬を赤く染めて、恥ずかしそうに話した。

「私、猫が好きで好きで……この子が通りかかった時に、いつもおやつをあげてて」

 なんでも、彼女は猫が好きらしく、彼が通りかかるたびに魚をあげていたらしい。すると、いつの間にかクロノスが店に顔を出すようになり、店に来ては一回鳴いてどこかに行ってしまうらしい。たまにお菓子やお魚をもらっていたようで、クロノスが元の姿に戻って会いに行き、自分の飼い猫と方便をついたようだ。

「この間、クロノスくんにお礼ってお土産までいただいちゃって。この髪飾りをもらったのよ」

 彼女がつけている髪飾りには乳白の色をした石がついている。その石にはユリの意匠が施されて、とても彼女に似合っている。

「とても綺麗で気に入っているの。クロノスくんによろしく言っておいてね」

「は、はい……」

「ニャー」

 聞いてるよーと言わんばかりにクロノスは猫の鳴きマネをして、また彼女に喉を撫でてもらう。

「あらあら、偉い猫ちゃんね。でも、猫に自分と似た名前を付けるなんて、クロノスくんも変わっているわね」

 いや、それが本人ですからなんて口が裂けても言えない。

「そ、そうですね。あはは……」

 アメリアも空笑いしか出ない。

 この猫がクロノス本人だと知ったら、彼女はどんな顏をするのだろう。大惨事にはならないにしろ、彼にいいことがないのは確かだろう。

「じゃあ、アメリアちゃん。ジェシカにもレイシーくんにもよろしくね。今度、お店に行くわ」

「あ、はい!」

 クロノスはアメリアの肩に前足を乗せたまま、挨拶代わりに猫の鳴き真似をする。アメリアもリリィにお礼を言って店を出た。

「クロったら普段猫扱いされると怒るくせに、綺麗なお姉さんだとデレデレなんだ……」

 人の様子をうかがいながら肩にいるクロノスに意地悪く言うと、クロノスは「は?」と言ってアメリアの顔を見ていた。

 その顔を見ると、明らかに呆れた顔をしている。

「何言ってんだ、お前?」

「だって、リリィさんの前だと猫の真似してるじゃない。毎日会いに行ったり、喉触らせたり……」

 バー黒猫の従業員の一人、レイシーも大の猫好きだ。クロノスが猫の姿でいると、構いたくて仕方ないらしく彼にちょっかいを出している。それをいつも小言は言うものの、クロノスはレイシーをひっかいたり噛みついたりせずに、逃げ回っていた。

 なんでもクロノスは、昔から低身長のせいで子ども扱いされることが多かったようだ。今も彼は決して大きいといえる高さではないが、見た目だけで見下ろされるのが不愉快で仕方ないらしい。

 アメリアも彼を猫扱いすると怒ることも、背があまり高くないことを気にして、毎朝飲めないミルクを目の前に置いたまま頭を抱えている姿を知っている。猫の姿の彼を抱っこしたり膝に乗せてたりしているが、喉を撫でたりしたことは一度もない。そんな彼が猫のふりをして媚びを振っているのを見たのは意外であったし、そんな彼を見て内心複雑な気分だ。その感情は怒りにも似ている。

「なんで、怒ってんだよ」

 クロノスが呆れた声でそう言い、尻尾でアメリアの後頭部を叩く。

「お、怒ってないよ!」

 内心を見透かされたみたいで思わず強い口調で返すと、彼は目を細めてこちらを見ている。

「怒ってるだろう……」

 アメリアの肩に顎を乗せて、大きく尻尾を振った。

「言っておくが、リリィには好きな奴がいるからオレには眼中ねぇし、オレもあれには興味ないからな」

「あれって…………」

 女性に対してその言い方はないだろうと思い半目になるが、クロノスの話を聞いてなぜか安堵を覚えた。

 そんなアメリアを見て、クロノスは大きなため息を吐く。

「なんだよ、やっぱりオレがリリィを好きだと思ってたのかよ…………」

「だって、クロがあんなデレデレしているの見たことないもん」

「あのなぁ…………」

 彼は何か言いたげにしていたが、小さく首を振ってフードの中に入る。

「……クロ?」

 アメリアがフードの方を向くと、彼は小さな手でアメリアの頬を押して前を向かせた。彼の体が温まっているのか柔らかい肉球が熱く感じた。

「……安心しろって、オレは誰の所にもいかねーからよ」

 どこか恥ずかしそうに彼は言うと、居場所を作るためにもぞもぞとフードの中を動いた後、丸くなったのを背中で感じた。

「わかったら、さっさと帰るぞ」

 とん、とマント越しに背中を叩いた。

「……うん」

 アメリアは少し嬉しそうに頷き、台車を押した。

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