02



 八時を過ぎると客も多くなり、席も埋まってにぎわっていた。

 酒や料理、タバコの臭いが漂い、アメリアは換気の為に窓を開ける。

「アメリアちゃーんっ! ビール追加ねぇ~」

「はーい!」

「お~い、クロノス~! こっちはおつまみ追加ー!」

「へいへーい。ちょっと待ってろーっ!」

 料理の注文が増えてきて、クロノスもアメリアも忙しく動く。

 店内はラジオから音楽が流れていて、さらに賑やかな雰囲気になる。いい感じに酔いが回って陽気に歌を歌ったり踊ったり、それを見てジェシカもアメリアも他の客も笑っていた。

 客にからかわれて、酔っ払いに絡まれ、それに怒りながらもしっかり接客するクロノスと、せっせと給仕きゅうじをするアメリアを見て、カウンターに座っていた嬉しそうに笑っている客がいた。

「どうしたんですか?」

 ジェシカが声を掛けると、その客は懐かしむように目を細めた。

「いやぁ……二人とも明るくなったなぁ……ってね」

 この客はジェシカが店を開いた当時からの常連だ。クロノスも開店当時から居候をしているため、彼にとっても馴染み深い存在だ。

 彼は当時の2人を思い出しながら酒を呷る。

「クロノスなんか滅多に顔を出さなかったし、アメリアちゃんはおどおどして泣いてばっかでクロノスに引っ付いて歩いていたしね」

 そう、開店当時クロノスはほとんど店にはいなかった。ふらふらとどこかに行っては帰ってきての繰り返しの日々。一か月帰ってこないなんてざらだった。外出が少なくなったのはアメリアが来てからだ。アメリアが来てからクロノスは家にいるようになり、店の給仕を手伝うことになった。アメリアが初めて来た日、まるで親鳥を追いかける雛鳥のようにずっとクロノスの後ろを付いて回っていた。何をするにもおどおどして、クロノスがいなくなると、ピーピー泣いていた。今でこそ笑っていることが多いが、本当に物静かで大人しい子だった。

「ホント、ここ二年で人間って変わるもんだねぇ……」

 しみじみ言いながら客は空になったグラスを置くと、氷が涼しげな音を立てた。

「そうね、あの二人は本当に変わったわよね」

 ジェシカは酒が無くなったグラスに酒を注ぐ。

 そう、ここ二年でこんなに変わるとはジェシカも思ってもなかった。

「ジェシカさーん、カルパッチョもう品切れですー!」

 レイシーが厨房から顔を出して言った。

「はーい、クロノスとアメリアにも伝えておくわね。あと、おつまみ追加よろしく」

「お願いしまーす! おつまみは今持っていきますね」

 レイシーは再び厨房に引っ込むと、今度はこちらを見てニヤニヤと笑う。

「……なんですか?」

「いやー、お前らはいつ付き合うのかなー……とね」

「彼とはそういう仲ではないです」

 ジェシカがきっぱり言い、客はブーイングを飛ばす。

「なんだよ、お前らは成長しないなぁ」

「だって彼とは本当に何もないんですから、成長も何もないわ」

「そうですよ、僕たちは何もありませんから」

 いつの間にか彼は厨房から出てきており、追加のおつまみを出した。

「それに、ジェシカさんには他に待っている男性がいますから」

 さらりとレイシーが爆弾を投下し、ジェシカは「なっ!」と声を上げた。

「なんだ、そうなのかよー」

「はい、彼女は健気けなげな方ですから。口には出さないですけど、寂しがり屋なんですよ。他にも……」

「ちょっとレイシー!」

 ジェシカが顔を真っ赤にしてレイシーの口を塞ぐ。

「アンタはもう厨房に戻って!」

「はいはい」

 レイシーは嬉しそうに笑って厨房に戻っていった。

「まったく、余計なことまでしゃべって!」

「ははははっ! いいこと聞いたなぁ、ほんと!」

(なんの話をしてるんだろう)

 アメリアはジェシカ達の様子を見ていた。店内は騒がしく、彼らの会話はここまで耳に届かない。レイシーもいたので、きっと彼がジェシカを茶化したのだろう。それにしても、ジェシカが顔を赤くするのはあまり見ない。

「アメリアちゃん、おつまみまだー?」

「あ、はーい! 今持っていきます!」

 アメリアは急いでおつまみを持っていく。

「お待たせしましたー!」

「おう、ありがとう」

 客のテーブルに皿を置き、食べ終わった皿とグラスを下げていく。その席の客は、相席している人と一緒に新聞を見ていた。

「何を見てるんですか?」

「国の第一王子が行方不明なんだとよ」

「え、行方不明⁉」

 この国の第一王子は婚約が決まり、来月に結婚を控えていたはずだ。

 おまけになかなか結婚しないと有名だったもので、今回の婚約は「婚期を逃しかけた息子がようやく嫁を見つけた!」と城下の人たちが大喜びして異例のお祭り騒ぎだったという。

「かわいそう……お嫁さんも王子の家族も悲しんでますね」

「バーカ、悲しんでるわけねぇだろ」

 クロノスがボトルでおかわりを持ってきて、テーブルにドカッと置いた。

「え?」

「王位継承の第一位がいなくなったんだ。むしろ、嬉しいに決まってんだろ」

 彼はそう言いながらあくびをして、トレーで自分の肩を叩く。

「どういうこと?」

 アメリアは異国出身で、この国の王族の仕組みをあまり理解していない。それに家族がいないと嬉しいという感情もわからなかった。

 彼は客の新聞を覗き込みながら言った。

「王子や王女には次の王になるための権利が与えられるんだよ。それは知っているよな?」

「うん」

 それは以前、クロノスから教えてももらった。王の子どもは次の王になるために権利が与えられている。今、王位継承権を持つのは王の三人の子どもだ。

「王位継承の順位は血筋、生まれた順によって決まる。王位についた子どもの母親の家系は権力を持てるからな。貴族の出の娘なら、どうしても子供に王位について欲しい。今の王が即位した時は兄弟みんな、王位継承権を放棄したからいざこざはなかった。今の側室の二人は権力を欲している貴族の出だからな。死に物狂いで手に入れたいわけだ」

「でも、なんで王様の兄弟はみんな放棄しちゃったの?」

「王様の兄弟はみんな同じ母親だ。今の王の親父、先王は今の王以外に継がせる気はなかったから、無駄な争いにならないように放棄させたんだ。先王は自分の兄弟に暗殺されかけたりして大変だったからな」

「あ、暗殺⁉」

 そんな物騒な話に、思わず声が裏返った。

「そう。そんな時代を生き抜いた先王に息子たちは逆らえなかったのさ。それに今の王様と兄弟は仲が良かったしな」

 彼がニヒルに笑う。

「今回、第一王子の母親は候爵の娘。よほどのことがない限り、王位は揺るがない。残りの二人の子どもは第二夫人、第三夫人の子どもだからな。順位が繰り上がるには本人がその権利を放棄するか、死ぬかだから今回の王子の失踪は好都合なんだ」

「そんな……兄弟なのに」

 家族のいないアメリアにとって、家族っていうのは一番羨ましいものだ。血のつながった一つの物をどうして自分で壊して喜ぶのだろう。

「王族と一般家庭は違うんだ。時には王族は兄妹さえも切り捨てるんだよ」

「クロノスー! 肉、追加な!」

 遠くの席から呼ぶ声が聞こえ、クロノスは適当に返事をして注文を取りにいった。

「家族が消えて嬉しいわけがないじゃない……」

 アメリアが頬を膨らませていうと、客がアメリアをなだめる。

「まぁまぁ、アメリアちゃんの言うこともわかるが、クロノスの言う通り、王族は色々複雑で一般家庭とは違うんだよ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものさ。そうだ、お酒のつまみ、追加で」

「はい、わかりました!」

 アメリアは重くなったトレーを持って厨房に行く間、クロノスに言われたことを考えていた。

 家族を蹴落としてまで得るものなんて、嬉しいのだろうか。

 厨房へ行くと、おつまみの盛り合わせをレイシーが作っていた。

「あ、アメリアちゃん。これ、あとで運んでね」

 レイシーはつまみを作り会えると、使い終わった皿をアメリアから受け取る。

「……あ、はい」

 アメリアが考えごとをしてしたせいで、返事が遅れると、彼はアメリアの顔を覗き込んだ。

「どうしたの? クロノスくんに何か言われた?」

「え?」

「なんか悲しい顔をしているよ」

「え!?」

 アメリアはそう言って顔を押さえる。

 確かに顔に出やすい方であるが、そんなに露骨に出ていただろうか。

 彼は悪戯っ子のように、にこっと笑う。

「当たった? 当てずっぽうに言ったつもりだったんだけど」

「もう! びっくりしたよ!」

 彼は恐ろしいほど勘がいい。適当に言っていても的を射てしまう所が本当に驚いてしまう。クロノスは彼のそういうところが苦手のようだ。アメリアは優しくお兄さんのようなレイシーが大好きだ。彼が作るご飯もおやつも大好きだ。

 それをクロノスに言うと「お前、それは完全に胃袋を掴まれてるぞ」と呆れられたが本当のことなので仕方がない。

「レイシーは勘でも当るんだから本当にびっくりするよ!」

「ごめんごめん、でも、元気がない顔をしてるなって思ったのは本当だよ?」

 レイシーはそういうと、棚から箱を出してその中からクッキーを取り出す。そして、頬を膨らませているアメリアに渡した。アメリアはクッキーを一枚受け取り、食べるとふくれっ面が笑顔に変わった。この光景を見たらクロノスはきっと「また餌付けされて」と怒っているだろう。

「それで、クロノスくんに何を言われたの?」

「実は…………」

 レイシーにさっきの話を放すと、彼は「あぁ」と頷いた。

「そうだね。王族と一般家庭は違うよ。やっぱり、人間は欲に目が眩んで目の前が何も見えなくなるからね」

「目が見えなくなるの?」

「うーん、視覚的に見えなくなるじゃなくて道理が見えなくなるんだよ。人がしていい事の良し悪しが分からなくなるんだ。貴族はそういう人が多いんだよ」

 彼は悲しそうな目でアメリアを見つめた。

「僕もアメリアちゃんと一緒で家族がいないから権力の欲しさで兄弟を殺すなんて考えは理解できないよ。でも、人間は欲張りだからね。他の人にはない物を欲しがるんだ。それで幸せと思えるんだから」

 悲しいことだよねと、彼は慰めるようにアメリアの頭を撫でた。

 目が眩んでしまうくらい欲しいものを手に入れるために、人は何も見えなくなる。人を殺してまでそれを手に入れて本当に幸せになれるのか、アメリアは疑問だ。

「レイシーも目が眩んじゃうくらい欲しい物ある?」

 アメリアの言葉に、虚を疲れたような顔をすると、彼は低く唸って考える。

「うーーーーーーん……あるといえばあるけど、違う意味で目が眩んでるからなぁ……」

 彼はひとしきり悩んだ後にやっと答えが出た。

「でもやっぱり人を殺してまで欲しいとは思わないかな? それに人を殺してもそう簡単に手に入るものでもないしね」

 彼の欲しい物は権力よりも手に入れるのが難しいようだ。

「アメリアちゃんはある?」

「私? んー………」

 家族だろうか。いや、クロノスやジェシカ、レイシーたちがもう家族のようなものだ。それに血のつながった家族も羨ましいと思うが欲しいわけではない。クロノスは時々意地悪だが、ジェシカもレイシーも優しいし、レイシーが作るご飯もおいしい。生活に不自由しているわけでもない。権力が欲しいとも思わない。

「……ない、かな?」

 レイシーがその言葉を聞くと、アメリアに優しく微笑んだ。

「それが一番だよ」

「?」

「アメリアちゃーん! つまみまだー?」

 厨房の外から声が聞こえ、アメリアは「あっ」と声を上げる。

「はーい! レイシー、聞いてくれてありがとう。」

 アメリアはつまみの追加を持って厨房を出た。

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