クロノスとアメリア~沈まない月と傾国の歌姫~

こふる

序章

01


 波の音に紛れて歌声が聞こえてきた。

(…………歌が…………聞こえる)

 目を開けると、ぼやけた視界には霞がかった月と真っ黒な海が見え、ひどくゆがんだ世界の光景に溜息をつく。

(あの歌声はどこから聞こえたのだろう)

 再び目を閉じて耳を澄ませる。すると、波の音とともにあの歌声が聞こえてきた。

(…………綺麗だ)

 透き通るような綺麗な声は心に響く。しかし、そんな綺麗な歌声で歌われているのは、とても悲しい歌だった。


――嗚呼、この海でどうして私は独りなのだろう……


(……誰だろう。一体、誰が歌っているんだろう)

 初めは海を眺めに足を運んでいたはずが、今ではこの声を聴きにやってきてしまっていた。

 今日も、あの歌声が波に紛れて聞こえてくる。


――けれど、貴方もいずれは消えてしまうのでしょう……


 何故、そんなにも悲しい歌を歌うんだろう。


――嗚呼、月だけが……貴方だけが私の歌を聴いてくれる。


 波に掻き消されてしまいそうな儚い声で。


――でも、貴方は私の傍にいてくれない。貴方は私を置いていくの。


 今にでも泣き出しそうな声で、誰かを待っている。


――孤独の海に身を投げ捨てれば、貴方の傍に逝けるでしょうか。


 どこだろう。そんな悲しい歌を歌う人はどこにいるのだろう。


――でも、それは許されない。私はただ、歌を歌うだけ。


 嗚呼、もっと聴かせて欲しい。


――でも、聴かないで。私の歌は甘い蜜を持った毒の花。


 もっと、傍でその声を聴いていたい。


――いずれ、この毒は貴方をむしばんで殺してしまう。


 それでも構わない。その声を聴かせてくれ。


――来ないで。私の下に来ないで。


 今、行くから。待ってて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます