第122話 精霊

―――――――


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- - - - -


(…)


(…ここは…何処だ)


朦朧とする意識の中から

徐々に自己を認識したゼロスは、ゆっくりと瞼を開く


灰色にぼやけた景色は、すぐにピントが合い、視界がハッキリとしてくる


(…)


その景色を認識したゼロスは、声無く、ただ一度ゆっくりと息を吐く


見慣れた暗雲広がる黒い空、灰色の雨、そして見渡す限りの瓦礫の山


何処に行くとも無く、1歩、また一歩の歩みを進める


ゼロスが1歩進む度、湿った瓦礫を踏み砕く音が雨音に交じる


――――…―…――


「...っ!」


そんな中、か細い声の様な物が聞こえた気がした


ゼロスは慌ててその方向へと顔を向け、つぶさに見渡す


すると間もなく少し離れた瓦礫の隙間から、小さな手が覗かせていた


弾かれる様にゼロスがその手の元へと駆け寄ると

両膝を濡れた地面に叩きつけ

周囲の瓦礫を投げ飛ばして行く


そしてその手の主に多い被さる最後の瓦礫を取り除いた時


「ッ!!」


その手の持主の頭部は、高熱に晒されたのであろう

完全に焼け焦げており、衣服から幼い少女である事が伺えた

ゼロスの紅い瞳が大きく見開かれて震えたその時


少女の口だっただろう場所が僅かに動き、そして


「どう…して…」


(!!!)


何故かゼロスは声が出なかった


「ガー…ディアン…来てくれるって…

 ずっと…待ってたのに…」


少女の胸元には、焼け焦げた人形がもう片方の腕でしっかり握られていた

それはプロバカンダ、士気高揚も兼ね子供達に支給される

ガーディアンズの人形だった

子供達は皆、化け物ADESなんか怖くない、必ず

人類の希望、ガーディアンズが化け物をやっつけて

戦争を終わらせてくれると信じて育つ

この少女もきっと最後の瞬間までそう信じていたに違いない


ゼロスが震える手でその少女に手を伸ばそうとしたその時


「どうして…」


「ッ!!」


その声に慌てて顔を上げると、周囲には数えきれない程の

顔を失った子供達がゼロスを取り囲んでいた

皆その胸元には人形を抱えている

少女と同じく焼け焦げ、まるで自分のアーマーの様に真っ黒になった人形を...

そして子供達が一斉に口を開く


「なんでたすけにきてくれなかったの…?」

「しんじてたのに…」

「ずっとたすけてっていってたのに」

「こわかったよ」

「くるしかったよ」

「どうしてがーでぃあんずはこなかったの?」

「ねぇどうして?」

「ねぇ」


―――――――


「っ…!!!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」


目を大きく見開き、ゼロスは息を切らせる


直ぐに周囲を見渡すと、月明りに照らされた草原

その中央の貫かれた道を、馬車の手綱を握り

御者席に坐する自分が居るだけだった


「――…夢…か…?」


状況を整理し、先事までの出来事が夢であった事を確認する

しかしゼロスにとっては夢であり、背負うべき西暦の時代の回想でもあった


「……ふぅ...」


ゼロスが大きく息を吐いたその時


『随分と君は精霊と不器用な付き合い方をしてるんだね』


頭上から声が掛けられた、すぐに声の方向に首を向けると

幌の上に腰をかけ、脚をゆっくりパタ付かせる少女が一人


満月に照らされ、顔が影になるが、そこにハッキリ光る

二つの金色の瞳、そして頭から狐の耳の様に飛び出す銀髪

フレイアの内に宿るもう一人、フレアだ


『夢は人と精霊が対話する大事な時間なんだ

 それを君は今まで戦う為に抑えて来たようだけど

 今、その枷が外れてどう対話していいのか、分からないんだね』


ゼロスにとってフレアの言動は非常に抽象的であり

雲をつかむ様な、掴みどころがない物であった

精霊とはなんだと聞いても、恐らく先日の繰り返しの問答になるだろう


「...大事な時間ならば、君は眠らなくていいのか?」


『僕は普段彼女フレイアの中でずっと寝ている様な物だからね』


「...ふむ、ではフレイアは今は寝ている

 という事なのだろうが、いいのか?」


『うん、ちゃんと起きてる内に許可は貰ったよ

 月を見てると落ち着くんだよね』


「そうか」


『君は随分と落ち着かない様子だったけどね』


先程まで夢を見ていた際、何か不審な行動を取って居たのだろうか

と、改めて体を確認するが、今の姿勢から特に動いた記録は無い


『ああ、直接うなされてた訳じゃないよ』


察した様にフレアが答えた


「...思考が読めるのか?」


『読める、なんて大したもんじゃ無いよ、何と無く分かるだけ

 親しい間柄で何となく言わなくても分かる、って事ないかな?

 あれの延長線上見たいな物だよ』


「俺と君とはそこまで親しい間柄ではないと思うが」


『はは、言葉通りに取られちゃうと困っちゃうなぁ~

 まぁ比喩見たいな物だよ』


「そうか」


『そそ、それ位で受け取って貰えれば、あともう一つだけ』


そう言うと、フレアは頭上からゆっくりとゼロスに顔を近づける


『今君は初めて精霊と向き合おうとしている

 だから今はまだ歪んだ伝わり方しか出来ないけれど

 もっと良く精霊の声に耳を澄ましてごらんよ

 そうすればきっと、彼等の声がちゃんと正しく聞こえる筈だよ』


夢の事を言っているのだろうか

フレアはゼロス達がこの時代に至る経緯を

今の世界の在り方の真実を、具体的では無くとも

大筋把握している節がある、何とも不思議な少女だ


「眠る事が精霊との対話だと言ったな

 であれば彼女達も皆、精霊と対話出来るのか?」


後の荷台で眠る、セルヴィ達に視線を送りゼロスが尋ねる


『うん、精霊は誰もが本来対話出来る物なんだよ

 ただ今の人達はその声を聞く力が大分弱まってるけどね

 驚いたのは、あの機械の少女や、星の船の子まで

 精霊と繋がってる事だね』


アリスとプロメの事だろう、詳しい技術的な話はしてないはずだが

フレアの口ぶりからするにその本質を把握している様子だった


「アンドロイドや...AIにも...か?」


『うん、稀にだけど人の強い想いを集めたモノにも

 精霊が好んで棲み付く事があるんだけど

 僕も近くで見るまで分からなかったのだけど

 彼女達の場合は、そうじゃない、内に宿しているみたいだね』


「それは珍しい事なのか?」


『少なくとも僕は初めて見るケースだよ』


「そうか」


精霊と言う物が具体的にどの様な物かは未だに良く掴めないが

魔法と同じく、何かしらのエネルギーの一種なのだろうと

ゼロスは考え納得する事にした

それ以上考えても答えを得られそうに無いからだ


『どう?少しは落ち着いた?』


言われると既に先程までの胸のざわつきは消えていた

元々精神を安定させる機能の全て停止した訳ではない

当然の結果とも取れるが、フレアには何か根拠があるらしい


「ん、ああ、大丈夫だ、配慮感謝する」


『多分、精霊達も君と突然話せる様になって

 焦ってしまったんだね~』


「その精霊と言うのは、多数いるのか?」


『そうだよ、種類に寄っては個とも言えるし、全とも言える

 ただ根本的な種類は分かれているよ』


「種類?」


『うん、これは僕が勝手につけてる呼び方なんだけど

 主に今の時代の人達が無意識に力を引き出したり

 僕らが主に力を借りてるのが同位精霊』


「僕ら、と言うのは例の君と戦った英雄とやらの事か?」


『そそ、非常に僕らに近い存在で対話が容易なんだ

 元々亜人は人間よりその資質が高かった見たいでね

 その中で特に恵まれたのが偶々僕達だったって訳さ』


「精霊と対話とやらが出来る事で、君や炎の男の様に

 常人以上の威力の魔法を行使出来る、という訳か」


『厳密にはちょっと違うんだけど~…まぁ

 君達の解釈なら、それで間違ってないよ』


「ふむ、その中で特に力の強かったから、君は勇者と呼ばれたのか?」


『概ね正解、僕が力が強かったのは

 もう一つ種類の精霊と少しだけ対話する事が出来るからなんだ』


「もう一つ?」


『うん、僕は原初の精霊と呼んでる

 彼等はとても強い力を持つ精霊で、ずっと昔からこの世界に居るんだ

 だけど彼等は同位精霊とは違って、対話が凄く難しくてね

 僕もほんの少ししか通じ合う事は出来ないんだ』


「ふむ...その少しの対話が可能な事で

 他の亜人を凌駕する力が発揮出来る...と

 魔法やその力を利用した機械、魔具と良い

 この時代...世界はつくづく解せない事ばかりだな」


『でも君は否定はしてないよね』


「事象として確認しているからな

 原理は理解出来なくとも、事実として観測する事は出来る」


『それでいいと思うよ、見た物を素直に受け入れる

 それが難しい人は結構多いからね』


「そういう物か」


『そういう物だよ、そしてどういう訳か

 君は原初の精霊達に好かれてるみたいだ』


「ふむ、俺が君の様な不思議な力が使えるなら

 それは有意義な事なのかもしれないが

 だとしても残念ながら宝の持ち腐れだな」


『そう決めつけるのは早いと思うよ?っと

 夜風に当たり過ぎるのも彼女に悪いかな

 そろそろ彼女に体を返す事にするよ

 君も余り詰め過ぎない様にね~』


そう言うと彼女は頭の耳を引っ込めるとフレイアの神官帽をかぶり

そのまま幌の淵に手を掛け、器用にクルリと荷台の中へと音も無く入って行った


今のゼロスの心境を昔の言葉で狐につままれた様な、というらしい。


そうして馬車は月明りの夜道を走り続ける

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エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~ ロクマルJ @katuyori20

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